9匹目 七夕 - 運ばれる闇-
7月6日
警視庁───
「け、警視正ーー!!」
大杉が大慌てで走ってきた。
「た、たたた大変です!!」
梅雨のじめじめ感もあり、彼の汗は異常な量だった。
「そんなに慌ててどうした?」
その焦り様に私は少し恐怖を感じた。
「鹿児島発、東京行きの便が……飛行中黒煙を上げながら高度を下げ、海面に衝突し爆破しました! これがその時の乗客リストです!」
皆がいっせいにデスクに集まった。
リストの中にはマーカーで目立たされた名前がある。
「……山埼司、牟田晴美」
私は読み上げた。
沈黙と重い空気がこの場を支配した。
「ただの事故とは思えない、すぐに調べてくれ」
私は椅子に戻りながら言った。
部下達は小さな返事をして重い足取りで持ち場に戻った。
同日───
「乾杯、ドクター」
私は赤ワインを一口飲んだ。
「これが最後の晩餐にならないことを祈るばかりだな」
彼も同じものを飲み、いつものように明るく言った。
「それにしてもどうやってこんな客船のチケットを?」
タイタニックを彷彿させるかのような豪華客船に、凶悪事件の犯人の私達がどうして乗れたのだろう?
「何、簡単さ。チケットを持っている人が熊に襲われ、そのチケットをくすねただけだよ」
彼は普段の白衣とは真逆の黒いスーツを着こなしている。
「ずいぶん酷いことするわね、私達」
赤いドレスに身を包み、髪は束ねず自然と後ろに流している。
「今日は僕らだけじゃなくて、皆集まっているよ」
彼は私の後ろに目をやった。振り返ると男女が1人ずついた。
「アイル姉さん!」
黄色いドレスを着た女の方が私に抱きついてきた。
「来てたのね[フィリス]」
私は妹の頭を撫でた。
「それと、山埼警視長」
私は嫌らしい笑みを浮かべて男を見た。
「おいおい、その呼び方は止めてくれよ」
山埼はタキシードを着ている。
「4人が揃うのは久々ね」
私達はもう一度乾杯した。
「司は大丈夫なの? こんなとこにいて」
私は尋ねた。
「ああ、私は飛行機が墜落して死んだことになっているからね」
「あらあら、ずいぶんとお仲間を悲しませるのね」
「そんなことより、熊達はちゃんと向かっているの?」
フィリスが心配そうな顔をしている。
「大丈夫だよ。だって熊達もこの船に乗っているんだからね」
Yamazakiはワインを飲み干してから言った。
だが待て、今何と?
「乗ってるの……? この船に!?」
フィリスは目が点になっている。私もこれは初耳で驚いた。
「そろそろ起きるかもしれないから、避難しとこう」
司がワイングラスを回しながら歩きだした。私達はその後に着いていく。
船の上で避難ってどこにだろう……?
「これは………!?」
ただの廊下の壁だと思っていたところが実は部屋の扉だった。
ドクターは知っていたようだが、私達3人は目を丸くしている。
「……何か声が聞こえる」
妹が耳元で手を広げる。彼女の特殊能力で、常人には聞き取れない遠くの音や小さな音が聞こえるのだ。
「きっと熊達のパーティーが始まったんだろう」
司の口元が緩む。よくこんなん性格で刑事になれたものだ。
「ところで、熊達は性欲を満たしたら次に何をするか、知っているかい?」
Yamazakiは椅子に腰かけ、足を組んだ。
ワイングラスはテーブルに静かに置かれた。
「いいえ、知らないわ」
私と妹は同時に答えた。
「次は食欲を満たすんだよ。……フフフ」
船は確実に東京に向かって進んでいる。月明かりの下、静かな海を。
この先の悲劇を知ってか知らずか、波の音は規則正しく奏でられていた。
7月7日2時───
日付を越え、真夜中というのに寝付けない私はソファーに座り水を一口飲んだ。
熊事件は解決しないどころか刑事の命が失われていく。どうにかならないものか……。
「私はお前の分まで生きられているか?」
テレビの横に置かれた写真に向かって呟いた。
「警視総監の[中矢温志]は……娘のことが忘れられ……寝よう」
私は[美帆]に別れを告げ、今度こそ寝るぞと意気込んだ。
その結果、寝つくまで20分はかかってしまった。
同日4時───
ふと目が覚めてしまった。
空の漆黒は力を弱め、目覚めの時を待っていた。
「5月22日にあの子がいなくなって今日が7月7日……七夕なのに、あなたはどこにいるの?」
ベランダの笹の葉には短冊が吊されている。
"拓哉が早く帰ってきますように"
「あなたも拓哉がいなくなったこと、知ってるわよね……温志さん」
同日6時───
雀の鳴き声で目が覚めた。
私はリビングで河浦さんに渡された地図に目をやり、もう一度考えてから覚悟を決めた。
「会いに行くわ、聖夜」
私は優太を起こしに寝室に向かった。
同日7時───
雲1つない青空がどこまでも広がる。いつもと同じ1日が、いつもと同じように始まり、いつもと同じように過去になっていく。誰もがそれを疑わない。
この世に永遠がないことを知りながらそれを認めようとはしない。始まりがあるものに終わりは必ずくるのに……。
「西に飛べば夜は来ない」
そう思って翼を広げたあの鳥も、60億のワタシ達も、この星にさえも、終わりはきてしまうんだ。
大切なことは終わりを延ばすことじゃない。終わりを迎えたとき、どう思えるか。どう思えるように過ごすかだ。
「死んだ後はどうなるのか」
そんなこと考えるのは早過ぎる。まずは"人間"を生きなければいけない。
終わりはくる。その事に変わりはない。ワタシ達が生まれたその瞬間から、終わりは始まっている。
参考
UVERworld/コロナ
RADWIMPS/ヒキコモリロリン
from.ルキ