第九話〜不倫と托卵と制裁2~
私は、カフェで、ある人物を待っていた。この町ではあまり見る事のない、屋外に客席があるカフェだ。
せっかくなので屋外の席に座る事にした。
「すいません!遅くなってしまって」
そう言いながら近づいて来たのは、荒木誠司という男性だった。
彼は、私と同じライターをしている。社会派の事件からオカルトにいたるまで、幅広く記事を書いている変り者だ。
「いえ、すいません!こちらこそ無理を言ってしまって」
彼と会う約束をした理由は、半年程前の事件について聞くためだった。
自己紹介などを簡単に済ませた私達は、早速本題に入った。
「この事件なんですけど、不可解なところがあって、よくわからないんですよね」
開口一番、荒木が口にしたのは、こんなセリフだった。
「不可解なところですか?」
「ええ、事件の内容はこんな感じです」
そう言って、荒木は話し始めた。
20XX年の11月23日の20時頃、二人の人間が殺された。川崎由香里、三十一歳と、石崎晋也、四十六歳である。彼等は同じ会社に勤める同僚だった。部下と上司の関係だったようだ。彼等は、全く別の場所で殺されたが、殺された時間は全く同じだった。
また、殺されかたが二人とも同じ手口で、包丁のような物でめった刺しにされて殺された。石崎晋也が殺された際、悲鳴を聞いた人間が駆けつけた時には、すでに無残な状態だったという。もう一人の被害者、川崎由香里については、目撃者の供述に不審な点があった。また、彼女は殺害当時、妊娠していた。
「まあ、事件の内容はこんな感じですね」
荒木がそう言って、解説を締めくくった。
「この目撃者の供述の不審点っていうのは、どういう事なんですか?」
「それが、この事件をオカルティックにしている点の一つなんですよ」
「というと?」
「目撃者の証言では、被害者の川崎由香里は、路上で倒れた状態だったみたいなんです」
私は、荒木の話す内容を真剣に聞き入っていた。
「目撃者が、悲鳴を聞いて現場に到着した時、川崎由香里は腹部から大量の出血をしてたみたいなんですよ」
「腹部をめった刺しにされたんですよね?なら、大量に出血をしててもおかしくないんじゃないですか?」
「それがね、彼女以外誰もいないにもかかわらず、刃物で刺されている最中のように、血が飛び散っていたみたいなんです」
私は、目を見開いていた。
「目撃者の証言では、まるで透明人間か何か、目に見えない物が、川崎由香里に馬乗りになっていて、めった刺しにしている最中だったみたいだった、と証言しているんです」
私は言葉を失っていた。映画などならともかく、現実でそれも目撃者がいる前でそんな事がおきるなんて。
「目撃者が現場に来た時、川崎由香里には、まだ意識があって、助けを求めていたそうです」
私は、ここまで話を聞いて、おぞましい事件だと思っていた。
「おかしな事は、それだけではないんですよ」
「まだあるんですか?十分おかしな状況ですけど」
「ええ、最近の自動販売機って防犯カメラが内蔵されている機種があるのを知っていますか?」
聞いた事がある。機種によって防犯のためにカメラが内蔵されている物があると。
「その防犯カメラに映ってたらしいんですよ」
「何がですか?」
「犯人が川崎由香里に馬乗りになって、めった刺しにしているところが」
私はそれを聞いて驚いていた。
「え?犯人が映ってたんですか!でも、たしか犯人は捕まっていないんですよね」
「そこなんですよ!不可解なのは。まず、犯人が被害者をめった刺しにしている瞬間に、映ってたみたいなんです」
「何がですか?」
「その目撃者がですよ」
言ってる意味が、よくわからなかった。
「つまり、防犯カメラでは、目撃者が来た時には犯人は被害者を刺してる最中だったんです」
私は息を呑んでいた。
「でも、目撃者は誰も見てないんですよね?」
「ええ!だから考えられるのは、目の前で被害者は刺されていたが、目撃者にはその犯人は見えなかった!でも、防犯カメラは、その光景を映し出していた」
私は寒気がして、震えだしていた。
「まあ、目撃者の証言を信じるなら、ですけどね」
荒木がそう付け足した。
「後ですね、まだ不可解な事があるんですよ」
「まだあるんですか?」
「ええ!警察の見解では、被害者二人に使われた凶器は同じ物みたいなんです」
「あれ?たしか同時間に襲われたんじゃありませんでした」
私は荒木の説明を思い出していた。
「そうなんです!同じ時刻に襲われた二人が、同じ凶器で刺されているんです」
ハッキリ言って意味がわからなかった。
「被害者二人が殺された場所は、そこそこ離れてましたよね?」
「車で20分くらいはかかる距離ですね」
本当に意味がわからない。
「つまり、同じ時刻に襲われた被害者は、離れた場所で、同じ凶器で殺害されたという事ですか?」
「その通りなんです!」
荒木は力強く答えた。本当に意味がわからない事件だ。どうやっても不可能だ。
いや、それ以前に理解できない事が多すぎる。私は混乱していた。
「たしかに、はっきり言って意味がわからない状況ですけど、防犯カメラには、犯人が映ってたんですよね?」
「そうなんですがね、それも不可解な部分でして…」
荒木は、少し申し訳なさそうに言う。
「不可解?まだあるんですか?」
「ええ、防犯カメラに映っていた人物なんですが、川崎由香里の夫、川崎明の姉のようなんです」
「え?姉?じゃあ、犯人は特定されてるって事ですか?」
「ただね、その川崎明の姉、川崎朋子というんですが…」
そこまで話して、荒木は一口水を飲んだ。
「朋子は、事件の一年以上前に亡くなっているんです」
「え?亡くなってる?」
さらに私は混乱する事となった。
「元々、川崎由香里の夫、明は父子家庭で育ちました」
荒木が川崎明の生い立ちを話し始めた。
「明には歳の離れた姉がいて、それが朋子です。明にとっては母親代わりだったようですね。ただ、事件がおきた一年程前に事故で亡くなっています。もちろん、偽装とかではないですよ!警察も調べてますし」
私は言葉を失っていた。一年以上も前に死んだ人間が、殺人を犯した事になるからだ。
「一部では、弟を守るために姉が化けて出たんじゃないかって噂になってまして」
荒木がそんな事を言っていた。
「仮に、お姉さんが殺人を犯したとして、何故、弟さんの奥さんを?」
それも疑問の一つであった。
「真意はわからないのですが、どうやら被害者の二人は不倫関係にあったみたいなんです」
「不倫ですか?」
私が荒木の説明に聞き返す。
「はい!事件当時、川崎由香里は妊娠していたみたいなんてすが、もう一人の被害者、石崎晋也の子供だったという証言がありまして…」
「托卵ですか?」
一時期、話題になった言葉だ。
「ええ、それが原因ではないかと…」
私は絶句した。もうわけがわからない。この托卵の証言が真実なら、動機はわかる。
だが、殺害の方法がめちゃくちゃ過ぎる。どう考えても、普通では考えられない状況だった。
「まぁ、今までの証言にウソが一つもなかった場合ですけどね」
荒木は最後にそう言っていた。おそらく、辻褄が合わなさ過ぎて、考えるのを放棄したのだろう。私も同じ気分だった。
「そう言えば、この事件とは直接関係ない事なんですが…」
荒木の話が終わり、一段落した私は、そう言って尋ねた。
「今回の事件の関連で猫の話とかは出てきませんでしたか?黒猫なんてすが」
「いや、そんな話はなかったと思いますよ」
荒木はキッパリとそう言った。少しきたいをしていたのだが、例の黒猫は関係ないようだった。
「あ!そう言えば…」
「なんですか?」
荒木は思い出したように話し出した。
「少し、被害者の旦那の川崎明から話を聞く事ができたんです」
「はあ?」
私は気のない返事をしていた。
「その時に会った喫茶店に黒い猫がいましたね」
「え?どういう事ですか?」
私は不意に黒猫の話が出てきたので乗り出してしまった。
「いや、その喫茶店のマスターが猫好きらしくて、普通なら追い出すんでしょうけど、店に入ってきた猫をそのままにしてたんですよ。たまに餌とかもあげてたらしいです。その猫が黒猫だったと思いますね」
私は驚いていた。全く違った方向から黒猫の情報が入ってきたからだ。
「その喫茶店って、何処にあるんですか?」
私は勢いよく聞いていた。
「ちょっと前に閉店しちゃいましたよ」