第三十九話〜巫女2~
私が、黒猫の真実を知ったのは、ある事件を調べたからだ。この事件を調べたのがきっかけだったと言える。
20××年1月18日、鈴木豊、四十歳が自宅で死んでいるのが発見された。鈴木豊の遺体は、リビングで血の海の中にあったという。周りの状況から、自らの胸に包丁を刺しての自殺と断定された。鈴木豊が亡くなった時刻には、家族は留守だったという。警察の見解では、他殺の可能性はきわめて低いが、不可解な点もあるため、捜査は継続中との事。
また、鈴木豊の自殺の動機については、家族、友人などの聴き取り調査をしたが、わかっていない。これが、事件の概要である。警察が自殺と断定できない不可解な理由とは、自らの胸を刺しているところだという。司法解剖の結果、胸に突き刺した包丁は、胸骨を貫通して心臓に届いていた。通常、自分の胸を刺した場合、胸骨を貫通させる程の力を出す事は不可能に近い。これについては、未だに結論は出ていない。
「すいません、お時間を作っていただいて」
私は、少し緊張している目の前の人物に声をかけた。彼の名前は、鈴木光輝。
自殺した鈴木豊の息子である。年齢は十六歳だ。事件当時は十五歳だったはずである。
「いえ、父の事件の事を調べてるそうですね」
彼が住むこの家は、祖母の家だそうである。
その家の居間に通してくれた彼は、落ち着かない表情で私を見ていた。
今日は、この家には彼しかいないそうで、慣れない手つきでお茶を用意してくれた。
「はい、失礼だとは思ったのですが、お話をお聞かせいただけますか」
私は、彼にそう言った。彼にとっては、父親が亡くなって一年程しかたっていないのだ。
まして、自殺という亡くなり方だ。話をするのが平気なわけない。
不謹慎だとは思ったが、話を聞かせてくれるという事なので、お言葉に甘えさせてもらう事にした。
「いえ、僕にとっても何かの手掛かりになるかもしれないので」
「手掛かり、お父様の事件についてですか」
私は、彼の父親である鈴木豊が、なぜ自殺をしたのかを知りたがっているのだと思った。
「はい、それもなんですが、防ぐ方法が見つかればと思って……」
「防ぐ方法」
私は、彼に聞き返していた。
彼は、父親である鈴木豊が、生前に話した内容を私にも教えてくれた。
彼の一族の鈴木家は、昔からこの地域に住む地主の家系だったらしい。明治時代の頃、この辺りが大干ばつになったそうだ。まだ明治時代のこの辺りは、田舎で小さな村だったそうだ。その時代のこの地域では、干ばつなどの災害の時、村にある神社の巫女さんが儀式をして、土地の神様を鎮めるという事をしていたそうである。
4この干ばつの時も、雨乞いの儀式をしたそうだ。
しかし、雨はいっこうに降らず、怒った村人は巫女さんを、村の皆んなで殺したそうである。干ばつで、それだけ村人は追い詰められていたのだろう。時代もあったとはいえ、本当にひどい話である。そして、当時、鈴木家が中心になって、巫女さんを殺したという。それ以来、村には災いが続いた。そのため、巫女さんの霊を鎮めるために神社が新設され、供養がされた。村の災いは少なくなっていったが続いたそうだ。そして、鈴木家を含む、いくつかの家系には、呪いにも思える災いが続いたらしい。いや、現代にもそれは続いている。
鈴木家は、四十歳になる男は、皆決まって血だらけになって死ぬのだという。実際、鈴木豊は四十歳になってすぐに、血だらけで自殺している。また、豊の父親であり、鈴木光輝の祖父にあたる人物も、自分で喉を掻き切って死んだそうだ。鈴木家の男性が、亡くなる前に共通して見えるものがあるという。死ぬ少し前から、血だらけの巫女さんが現れるというのだ。そして、亡くなる直前の鈴木豊にも、その巫女の姿が見えていたそうである。
「父が、あそこに血だらけの巫女さんが立ってるって、指をさしてた事があるんです。でも、僕にはそれは見えなくって……」
鈴木光輝が悲しそうに言った。
「豊さんも、巫女さんを目撃していたんですか」
「父は、そう言っていました」
もし言っている事が本当だとしたら、巫女さんの呪いという事なのだろうか。
そうであるならば、この事件に関しては黒猫とは関係がないという事になる。
「この呪いを止める方法はないんでしょうか」
鈴木光輝が、私の目を真っ直ぐ見ながら聞いた。私は答えに困っていた。
正直なところ私には同仕様もない。
「すいません。私はただのライターでしかないので……」
私がそう言うと、鈴木光輝は落胆した様子だった。
「あの、お祓いとか霊能者に見てもらうとかをしてみたらどうですか」
私は、鈴木光輝に提案してみた。ふと、思い付いた事ではあるが、良い考えだと思った。
少し前の私ならば、そんなオカルトじみた事は信じなかったろう。
しかし、黒猫の一連の事件を調べるうちに、そんな事も信じるようになっていた。
「もう、頼みました」
「えっ」
私は、鈴木光輝の答えを、すぐに理解できなかった。
「父が巫女さんの話をした時に、いろんなところに問い合わせました」
「それで、どうなったのですか」
私は、興味に駆られて尋ねた。
「ほとんどの人に断られました。皆んな、私には手に負えないって言って……」
「そんな……」
鈴木光輝が視線を落とし、項垂れていた。
それを見た私は、鈴木光輝の言った言葉に引っ掛かりを覚えて、質問してみる。
「ほとんど、という事は、引き受けてくれた方もいたのですか」
「はい、あるお寺のお坊さんが引き受けてくれたのですが……」
「どうなったのですか」
私は、勢いよく聞いていた。
「約束していた日の前日に、階段から落ちて大怪我をしたんです」
「階段から……」
私は息を飲んだ。
「なんか、血だらけの巫女さんが現れて、突き落とされたって、お坊さんは言ってて……」
「断られたという事ですか」
鈴木光輝は、黙って頷いた。私は恐怖していた。
それ程、強い怨念を持つ霊が彼等一族を狙っているという事に。
「私に何ができるかわからないですが、少し調べてみます」
私は、最後に鈴木光輝にそう言って、彼と別れた。
「もし、巫女さんについて調べるなら◯◯神社に行ってみるといいと思います」
別れ際、鈴木光輝は、私にそう言った。
「例の巫女さんを祀ってる神社です。自分で行くのは怖くて……」
彼は、そう言って顔を歪ませていた。
「わかりました。一度うかがってみます」
私は、その時そう答えていた。
「失礼します」
数日後、私は例の◯◯神社に来ていた。あの後すぐに連絡をとって、約束を取り付けたのだ。
「ご連絡をいただいたライターさんですね」
神社の参道を掃除していた神主さんは、私が声をかけると、笑顔で迎えてくれた。
その後、神主は境内の横にある母屋に通してくれた。
居間のような場所に通された私は、神主に自己紹介をした。
「これが、当神社に伝わっている内容です」
そう言って神主は、古文書と呼べるような冊子を見せてくれた。
書いている内容は、読み取れなかったが、内容は説明してもらった。
概ね、鈴木光輝が話した内容と同じだった。
「鈴木家や他の家系の人間が、不審な死に方をしているのをご存知ですか」
私は、神主に聞いてみた。
「はい、代々鈴木家をはじめとした複数の家系の男性が、不審死をしていると聞いています」
「それを、鈴木家の人間は巫女の呪いだと言っていました」
私は、真っ直ぐ神主の顔を見て言った。
「彼等はそう言っているようですね」
「違うのですか」
「立場上、私の口からは何とも言えないという事です」
私は、神主さんの言いたい事を理解した。
「では、巫女さんの怒りを鎮める事はできますか」
私は、聞き方を変えて質問してみた。
「この神社が建てられた事で、巫女の魂は鎮められています」
「それは、これ以上は何もできないという事ですか」
神主は、私の質問に沈黙していた。いや、それが答えなのだろう。
「私の祖父は、いわゆる霊感が強い人間だったんです」
神主が、そう話しはじめた。
「祖父は、言っていました」
「何をですか」
私は、前のめりになりながら質問した。
「この神社が建立された事で、巫女の怒りの大半は鎮められた、と」
「では、一部は鎮められていないという事ですか」
私は、さらに質問する。
「もし、この神社が建立されてなければ、この辺一帯は呪われていた、と言っていました」
それを聞いて、私は何か符合するものを感じていた。
そして、その思い付きを質問として言葉にしてみる。
「この街では、異常な事が頻発している事をご存知ですか」
神主は、黙って私の顔を見ていた。
「この街でおきる事件は、異常な程多いと言えます」
私は、少し息継ぎをして続けた。
「そして、怪異と言えるような話も異常な程多い」
私がそこまで言うと、神主は少しため息をつくようにして話しはじめた。
「巫女の怒りの一部は、今も色々な形で発現しています」
「色々な形ですか」
神主は、少し息を整えてから話す。
「それは、あなたが言うように呪いと言っていいでしょう」
「呪い……」
「はい、その呪いは一部の人間を死に追いやる」
鈴木家などの事を言っているのだろう。
「そして、それは他の呪いを引き寄せる」
「巫女の呪いが、他の怪異を引き寄せているという事でしょうか」
神主は、静かに頷いた。
「呪いの一部を背負い、他の呪いを引き寄せている者がいます」
そう言って、神主は一枚の掛軸を出してきた。
「これは、さっきお話しした祖父が描いた物です」
そう言って、神主は掛軸をひろげた。
「これは……」
私は、その掛軸を見て、思わず声を漏らしてしまった。
「祖父が描いた巫女の絵です」
そこには、黒い猫を抱いた女性の絵が、描かれていた。
その絵は、恐ろしいという雰囲気はなく、優しく猫を抱いている女性のようにしか見えなかった。
たぶん、本当の巫女さんは、このような人物だったのだろう。
「この黒猫は」
私は、その掛軸を凝視しながら尋ねた。
「祖父が言っていました」
私は、神主の顔に視線を移す。
「この黒猫は、巫女が生前飼っていたようです。そして、巫女の呪いの一部を背負ってしまった」
「この黒猫が呪いを振り撒いている」
私は、自分でもわかる程の形相で神主に質問していた。
「たぶん、この猫は呪いを引き寄せています。でも、この猫自身に自覚はないのでしょう」
「それは、どういう事ですか」
私は、少し呼吸を整えながら聞く。
「この猫は、自分が呪いを背負っている事に気付いていません」
私は、ポカンとしてしまっていた。
「では、この猫は自分でも知らないうちに、呪いを引き寄せているという事ですか」
「あるいは、それが巫女の狙いなのかもしれません」
私は、呆然としていた。黒猫は巫女の呪いを背負っている。
そして、それがこの街の怪異の原因だと言えるだろう。
でも、猫自身に自覚がないのだ。
「逆に言えば、この辺一帯を呪うのが、猫一匹の範囲で収まっているとも言えます」
神主はそう言った。
確かに、街全体に比べれば、範囲は極めて小さく、最小限の被害だと言える。
「本当に、この黒猫は自分が呪いを背負っている事を知らないのでしょうか」
やはり、私には、その部分が信じる事ができなかった。
「祖父の言葉ですが、それが巫女の最後の優しさだったのかもしれない、っと」
それを聞いて、私はなんとなく思った。
もしかしたら、巫女さんは黒猫に呪いを背負わせたくはなかったのかもしれない。
でも、そうせざるを得なかった。あるいは、図らずも、背負わせてしまった。
だから、猫自身には自覚がないようにしたのではないか。
私は、そんな風に考えてしまった。
「巫女さん、優しそうな女性ですね」
私は、掛軸を見てそう言った。
その掛軸に描かれている女性は、黒猫を可愛がっている、普通の女性にしか見えなかった。




