第三十八話〜巫女〜
私は黒猫である。名前はまだない。
私は時々ここに来る。最近ではレトロと言われる、昔ながらの喫茶店だ。
普通、猫である私は店に入る事はできない。
だが、ここのマスターは、何も言わず私を迎え入れ餌までくれる。
私は餌をもらい、少しの時間ここでくつろいでいく。
「昔、巫女さんを殺したらしい」
私がくつろいでいると、少し離れた席に座っていた男が言った。
その席には、中年の男と若い男女が座っていた。おそらく家族だろう。父親と兄弟だろうか。
「はぁ、いきなり何言ってんだよ」
若い男が、中年の男に言った。若い女は驚いた顔で黙っている。
「明治時代の頃らしい」
そう言って、中年の男が話しはじめた。
「この辺りが大干ばつになった」
若い男女は、静かに聞いている。顔が似ているので兄弟だろうか。
「その頃のこの辺りは、まだまだ田舎で小さな村だったらしい。村にある神社の巫女さんが雨乞いの儀式をしたそうだ」
「それで、どうしたの」
若い女が、話の続きをうながす。
「雨はいっこうに降らず、怒った村人は巫女さんを、皆んなで殺したらしい」
「ひどい、巫女さんのせいじゃないのに」
若い女は、そう言って悲しそうな表情をしていた。
「そういう時代だったんだろうが、本当にひどい事をしたと思う」
「それって、もしかして」
若い男が、何かに気がついたらしい。
「そうだ、うちの先祖が中心になって、巫女さんを殺したらしい」
「な、私達の先祖が」
若い女が、驚いた声を出した。
「それ以来な、うちの家系の男は、血だらけで死ぬんだ」
「なんだよ、それ」
若い男が大きな声を出していた。周りの客が彼等家族の方を見た。
「ある年齢になると、うちの男性は死ぬんだよ。お前達の爺さんも自分で喉を掻き切って死んだ」
「そんな……」
若い女が呟いた。
「何かな、死ぬ少し前から、血だらけの巫女さんが現れるらしい」
それを聞いた兄弟は、恐怖していた。
「そんな、巫女さんなんて現れるわけないだろ」
若い男が言った。
「いや、見えるんだよ」
「何が」
「ほら、そこに立っているよ」
男は、喫茶店の角の席を指さした。
そこには、何も無かったが、男の顔は恐怖にゆがんでいた。
確かに、その場所には何も無かったように見えた。
私と男以外には……




