第三十三話〜スピーチ2~
下記は、ある結婚式で、新婦が新郎に書いた手紙である。結婚式の途中で、本人の前で読むという演出がされた。
私なんかと結婚してくれて、ありがとう!
あなたと出会ったのは、まだ肌寒い季節でしたね。私はあなたの優しそうな表情を覚えています。
でも、その時、私には好きな人がいました!コウジくんです。
でも、何度も会っていくうちに、あなたの事も好きになっていきました。
あなたが告白してくれて、私達は付き合いはじめました。
そして、少ししてプロポーズをしてくれましたね。
でも、その時には、私のおなかの中には、コウジくんとの赤ちゃんがいました。
私は、コウジくんと結婚しようと考えていました。
でも、コウジくんは結婚してくれませんでした。
私は辛くて、でも優しくしてくれた、あなたがいたから、立ち直れたんだと思います。
私は、もうコウジくんとは会わないと誓いました!
今日、結婚式を挙げられて、私達は本当の家族になれたと思います。
集まっていただいた、皆さんのおかげでもあります。
これからも、家族3人で困難に立ち向かっていこうと思います。
不束者ですが、一緒にこれからの人生を歩いて下さい。
この手紙が、結婚式でスピーチのように読まれたそうだ。このスピーチの後、結婚式は中止となった。そして、その後事件がおこる。下記が事件の概要である。
20××年6月12日、木村秀明、梓の結婚式が執り行われた。途中までの式は和やかなものだったという。式の後半に、新婦から新郎に手紙を読むという、サプライズ演出がなされた。前述のスピーチが、式内で読まれた手紙の内容である。これにより、結婚式は中止となり、結婚も白紙にもどされた。新郎の木村秀明は、新婦の梓との結婚を取り止めただけでなく、結婚費用や慰謝料を請求する事を、新婦の梓とその両親に告げた。
木村秀明は、仕事の関係者を多数招待していた事から、慰謝料の請求も行う予定だったようだ。これに対して、新婦の梓は、慰謝料はもちろん、結婚を取り止める事も拒否した。式場の控え室で揉めたという。この時、新婦の梓は、本当に結婚を取り止める理由が理解できていなかったようであったという。そして、新婦の梓は、最終的に逆上し、木村秀明を近くにあったハサミで刺した。このハサミが刺さった場所が悪く、病院に搬送されたが死亡した。
この事件の記録を見て、私は新婦の梓の思考が理解できなかった。なぜ他の男性の子供を身籠ったのか。そうだったとして、なぜ許されると思ったのか。そして、なによりも、なぜ結婚式の関係者の前で話したのか。
「今日は、お時間を作っていただいて、ありがとうございます」
私は、都内のカフェでその人物と会う約束をしていた。
この事件で木村秀明を殺害した新婦の梓の友達である。
「はじめまして、日下百合と申します」
私達は、そんな風に自己紹介をし合って、話をはじめた。
「梓って、昔から天然なところがあって、よくわからない部分があったんです」
「天然なところですか?」
女性の中にたまにいる、不思議なタイプだろうか。
「はい、そういうタイプって男性からはモテたりするので人気はありました」
日下百合は、思い出すようや仕草をしながら言った。
「でも、今思うと天然というより、世間知らずで変だったんでしょうね」
「世間知らず、ですか」
私は、言葉の真意を知りたくて、そう聞いていた。
「彼女、一人娘なので、甘やかされて育ったんだと思います」
話を聞くと、そういう行動が普段から目立ったのだそうだ。
「梓が結婚式で呼んだ手紙ですよね」
私が一番聞きたかったのは、あの結婚式で呼んだ手紙の真意だった。
「たぶん、梓は自分が悪いと思ってなかったと思います。だから、なぜ結婚式が中止になったのかも理解していなかったのだと思います」
「え、理解をしてない……」
確かに、普通の人間ならば、結婚式の最中に、あのような内容の手紙を読む事はない。
「梓の中では、自分はこんな悲劇を乗り越えて、幸せになりました。っていう事のアピールだったのだと思います」
「しかし、本人はそう思えても、まわりはそう思わないのではないですか」
普通は、そう考えるだろう。
「あの子、自分の事しか見えてなくて、他の人の事とか考えてないんです」
言葉の端々から、日下百合自身の感情が感じられた。
おそらく、彼女もそんな梓から被害を受けた事があるのだろう。
「だから、結婚式を滅茶苦茶にしたのは自分なのに、新郎の木村さんは、結婚を中止するひどい人って思ったんだと思います」
「だから刺した」
私は、日下百合の話の後を継いだ。
「はい、結婚を中止して、慰謝料を請求して、自分の幸せを奪う人って思ったんじゃないですかね」
私は、そんな自分勝手な理屈をする人間に会った事がなかった。私には理解できない思考である。
「だから衝動的に刺した」
日下百合がさらに言った。そのような考え方をする人間が、後先考えて行動するわけがない。
衝動に突き動かされて事件をおこしたのだろう。
「本日は、ありがとうございました」
私は、日下百合に取材に応じてくれた事にお礼を言った。
「あの、なぜ梓の事を調べてるのですか。そんなに話題になった事件でもないですよね」
日下百合は、ずっと疑問に思っていたのだろう。確かに、この事件はそれ程話題になったわけではない。
一般にはあまり知られていない事件だ。それも、一年近く前の事件でもある。
今になって、取材を受ける事に疑問を持ったのだろう。
「この、結婚式場に黒猫が現れるらしいんですよ」
私は、この結婚式場の庭に、時々黒猫が現れるという話を聞いたのだ。
「は、はぁ」
日下百合は、よくわからない、といった疑問の顔をしていた。




