第三十二話〜スピーチ~
私は黒猫である。名前はまだない。私は、小綺麗な建物の庭にいた。
建物の中では、多数の人間達が食事をしているようだ。ここは、結婚式場というらしい。
広い部屋の前の方で、白い服を着た男と女が立っている。
女の着ている服は、たしかウェディングドレスとかいうはずだ。
「そうなんですよ!うちの奥さん天然なんですよ〜」
新郎とかいう男が、ヘラヘラしながら周りの人間に言っていた。
「そんな天然なところが可愛くて〜」
などと言っている。これがのろけ話か、と私は思った。
そんな祝福ムードの中、女のスピーチが始まった。最初は両親に向けてのものらしい。
そして、次に新郎という男にたいして手紙を読むらしい。
普通の結婚式では珍しい事のようだ。
「私なんかと結婚してくれて、ありがとう!」
スピーチが始まり、女は涙を流しながら男にそう言った。
「あなたと出会ったのは、まだ肌寒い季節でしたね。私はあなたの優しそうな表情を覚えています」
そんなスピーチを聞いている男も、涙ぐんでいた。
「でも、その時、私には好きな人がいました!コウジくんです」
会場中がザワつきはじめた。新郎も、聞き間違いか?という表情をしている。
「でも、何度も会っていくうちに、あなたの事も好きになっていきました」
不穏な空気が会場中に広がりはじめた。
「あなたが告白してくれて、私達は付き合いはじめました」
新郎の顔はあおくなっていた。
「そして、少ししてプロポーズをしてくれましたね」
周りの雰囲気には気づかないように、女は話し続けた。
「でも、その時には、私のおなかの中には、コウジくんとの赤ちゃんがいました」
会場の一部で小さな悲鳴が聞こえた。新郎と招待客は、新婦から驚愕のスピーチを聞かされていた。
「私は、コウジくんと結婚しようと考えていました」
女は鼻をすすりながら続ける。
「でも、コウジくんは結婚してくれませんでした」
女は悲しそうな顔をしていた。話を聞いている新郎は、怒りのためなのか、震えはじめていた。
「私は辛くて。でも優しくしてくれた、あなたがいたから、立ち直れたんだと思います」
女は、にこやかに言い放った。周りの招待客は、言葉が出ないようだ。
「私は、もうコウジくんとは会わないと誓いました!」
爽やかな笑顔で宣言する。
「今日、結婚式を挙げられて、私達は本当の家族になれたと思います。集まっていただいた、皆さんのおかげでもあります」
女はニコニコしている。
「これからも、家族3人で困難に立ち向かっていこうと思います」
周りの招待客の顔が、凍りついている事に、女は全く気付いていないようだった。
「不束者ですが、一緒にこれからの人生を歩いて下さい」
そう言って、女は男に頭を下げた。そして、男にニッコリと微笑みかけた。私には、その笑った顔は狂気の表情に見えた。




