第三十話〜タカシ~
私は黒猫である。名前はまだない。私は、あるマンションのベランダにいた。
別にここが気に入っているわけでも、毎回来ているわけでもない。
もちろん、この部屋の住人に飼われているわけでもない。たまたま来ただけだ。
「どこ!どこにいるの?」
部屋の住人が何か騒いでいた。
「タカシ!タカシ!」
どうやら子供を探しているらしい。女は、リビングに走り、テーブルに置いてあったスマホを手に取る。
「もしもし!子供が!子供が!行方不明になったんです。」
どうやら、警察に電話しているらしい。しばらくして、制服姿の警官が現れた。
「行方不明になっているのは、生後5ヶ月の赤ちゃんなんですね?」
警官が女に確認していた。
「はい!まだハイハイもできないはずなのに!」
女は取り乱したまま言う。
「誰かが、部屋に入って来たりはしてないんですね?」
「はい!部屋には私とタカシだけだったんです」
警官の問いに女が答えた。
「今、応援を呼びましたので考えられる場所を探しましょう!」
そう言って警官は、部屋の中を探してまわる。
「マンションの周りも探しましたが、見つかりません!」
警官の無線に報告が入る。
「奥さん!お風呂場やトイレも見ましたか?」
「はい!探しました!」
女は警官に答える。女は更に部屋の中を探しまわった。普段見る事のないクローゼットの奥や、収納スペースまで探す。
「先程、人員を増やしました。マンションの周りまで範囲を広げて探してみましょう!」
警官が女に言った。
「お願いします!お願いします!」
女は祈るように、すがるように言っていた。
「これは、何かあったのですか?」
「あなた!」
どうやら、女の夫が帰宅したようだった。
「お子さんが行方不明になったようなんです!」
帰宅した夫に、警官が報告する。
「うちに子供はいませんよ!」
夫は訳がわからないという顔をしている。
「はあ?」
警官が呆気に取られた顔をする。
「タカシ!タカシ!タカシ!」
女は、ずっと子供の名前を呼び続けていた。




