第二十九話〜笑う子供2~
あれから数日が過ぎた。まだ、遥香とは連絡がついていない。
何度も電話をしているが電話をとらない。LINEも何度か送ったが、既読にすらならなかった。
どうしても直ぐに連絡を取りたいのに、全く音沙汰がない。遥香も黒猫について調べると言っていた。
もしかしたら、何かあったのだろうか。今まで私達は、黒猫は怪異や事件を引き寄せるような存在だと考えていた。
しかし、タクシーの事件で、積極的に行動する一面がある事を知った。
もしかしたら、私達にも黒猫は牙を剥くかもしれない。
いや、猫だから爪なのか?私は、途中でよくわからない方向に、思考が向いているのに気付いて頭を振った。
とりあえず、今の私にできる事は、取材を進める事だけだ。
そして、今日これから会う人間も、あの街の怪異に触れた人だ。
そんな事を考えながら、目的地の貸し会議室の前に来た。
トントン!
私は、会議室のドアをノックした。
「はい、どうぞ」
ドアの奥から男性の声がした。
「失礼します」
私は、そう言いながら会議室に入っていった。会議室には、先に来ていた男性が座っていた。
「すいません、こんな所にお呼びだてしてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ」
そんな事を言い合いながら、私達は名刺交換と自己紹介をしていた。
男性の名前は、藤巻健一、見た目から年齢は三十代前半だと思われた。
たしか、どこかの制作会社の元ADだと聞いている。
「荒木さんに紹介していただいて、あの街の事を調べている、山寺さんの事を知ったんですよ」
藤巻はそう言った。荒木とは、荒木誠司の事だ。
私と同じライターで、手広く色々な記事を書いている。前に、仕事を手伝ってもらった経緯がある。
「ええ、荒木からお話しは聞いています。何か私に見てもらいたい物があると、お聞きしましたが」
ここに来る前に、荒木誠司から話は聞いていた。あの街に関わる映像があるのだそうだ。
「はい、この映像を見て貰うために、このような場所を借りました」
「はあ」
私は、思わず気の無い返事をしていた。
「ちゃんとした画面で見ていただきたかったのと、他の場所で見るには、ちょっと問題がある映像なので……」
藤巻はそう言って、会議室に備え付けのテレビの電源をつけた。すでにセッティングは終わってあるらしい。
「とりあえず、この映像を見てください」
そう言って、藤巻はテレビに映像を流し始めた。
「この映像なのですが、私が前にいた制作会社で扱ったB級のホラー映画なんです」
藤巻は、そんな風に簡単に説明した。
映像に映っているのは、子供が笑いながら公園やコンビニなどに入っていく映像だった。
「なんですか、これ……」
私は、よくわからない映像を見て、藤巻に質問していた。
「映画のワンシーンで、狂った子供が笑いながら街中を走り回るシーンです」
「ああ、なるほど」
私は理解した。映画全体で、完成した場合がどう仕上がるかはわからないが、こういう異様なシーンがあるのだろう。
いかにもB級ホラーといった感じだった。
「この撮影地って……」
私は、何となく見覚えのある景色を見つけていた。
「そうです、あの街です」
私は、あの街で撮影された映画のワンシーンを見ながら、何か異様な雰囲気を感じていた。
これは、あの街で撮影したと知ったからではない。その前から感じていた。
「この後のシーンからなんです」
藤巻が、やや興奮気味にそう言った。
私はテレビの画面から目が離せなくなっていた。
ドン
そうしていると、笑いながら走っていた子供は、車にぶつかった。
よくホラー映画である、交通事故のシーンだ。
「この部分、CGとか特撮とかではないんです。スタントでもありません。本当に事故にあったんです」
私は、初め藤巻が言っている意味が理解できなかった。
そして、藤巻の言葉を理解して恐怖を感じた。
「あ、見て下さい」
藤巻がそう言ったので、私は画面に視線を戻した。
「アハハ」
と、画面からは子供の笑う声が聞こえていた。
「ひっ」
私は、思わず小さな悲鳴をあげてしまっていた。
画面の中の子供は、腕がひしゃげ、脚が曲がったまま走り出したのだ。
そして、まだ、あの狂った笑い声を発している。
「なっ」
私は、言葉にならない声をあげていた。画面の中の子供は、笑いながら走って行く。
「ウソッ」
私は、また思わず呟いていた。
そう、子供は血だらけのまま走り、川の中に入って行ったのだ。
「なっ」
また、私は声を漏らした。子供は川に流されて行った。
その間も子供の笑い声が聞こえたままだった。
「この映像は、何なんですか」
私は、映像が終わって少ししてから尋ねた。
すぐに声を発する事ができなかったのだ。
「さっきも言ったように、映画のワンシーンです」
「本当に、現実におきた事なんですか」
私は、もう一度聞いてみた。
「はい、映画の撮影の中でおきた事故の映像です」
「事故?」
私は、思わず声をあげていた。これは事故と言えるのだろうか。
「この後もおかしいんです」
「この後、まだ映像があるのですか」
藤巻は、青い顔で首を横に振った。
「映像はありません。ただ、この時、私は呆然としてしまって動けなくなっていたんです」
「それは……」
まあ、そうなってもおかしくはない。私は、返す言葉を失っていた。
「おかしいんです。この時、まわりのスタッフは、何もなかったような感じだったんです」
「え、これだけの事故で、子供が川に流されたのにですか」
藤巻は、黙って首を縦に振った。
「警察に通報したりはしたのですか」
まさか、と思って私は聞いた。
「まわりのスタッフは、通報しようとしなかったんですよ」
「そんな、それって大問題ですよ」
私は、思わず大きな声を出していた。
「私もそう言ったんです。でも、まわりのスタッフは、大丈夫大丈夫みたいな感じで、笑っていたんです」
「藤巻さんは通報しなかったのですか」
私は、藤巻に直接聞いてみた。
「すぐにしましたよ」
藤巻は、身体を震わせていた。
「でも、おかしいんです」
「おかしいとは」
私は、藤巻の次の言葉は待っていた。
「警察も、はいはいわかりました、みたいな対応で……」
「警察ですよね、そんなはず……」
私は、驚愕して呟いていた。
「その後、調べてみたのですが、この子供の事故の記録が、何処にもないんです」
「警察にも確認したのですか」
「もちろんです」
理由がわからない事がおきているようだった。
「どうも、子供の存在自体がなかった事になっているようで……」
「そんな、親御さんは何も言ってないのですか」
私は、思い出したように聞いてみた。
「それもないんです。撮影当日も子供は一人だったみたいなんです」
「え、普通これくらいの年齢の子役には親御さんが、ついてきたりするものなのではないのですか」
私は、思わず声を出していた。
「普通はそのはずなんですが、親御さんがいた記憶がないんです」
私は、言葉を失っていた。
「私自身も、その時の記憶が曖昧で、よくわからなくって……」
藤巻は、力無くそう言っていた。
「この子供は何者なんですか」
私は、そう聞いていた。藤巻は首を横にふるだけだった。
「結局、この映像はお蔵入りして、制作会社も倒産しました」
普通、相当な事がない限り、映像などがお蔵入りする事は無い。
役者や機材など、撮影するだけで経費がかかるからだ。
仮に、映画自体の人気がなくても、少なからず経費を回収できるためだ。
「この子供は、映画は、会社は、この映像は何なのでしょう」
藤巻が力無く言った。もちろん、私に答える事はできなかった。
「あと、もう一つ見て下さい」
藤巻が思い出したように言った。映像を巻き戻して見直そうとしているようだ。
「見て下さい、この場面。ここも、この場面にも映っているんです」
私は、恐怖を感じていた。一度見ただけでは気付かなかった。
いや、映像の内容がショッキング過ぎて、そっちに目が行っていた。
「山寺さんは、こいつを探しているのでしょう」
藤巻はそう言って、映像を一時停止した。
それは、川に流される子供を遠くから映したシーンだった。
その映像の端に、確かに映っていたのだ。あの黒猫が……




