第二十四話〜ナースコール2~
私は、坂道を登っていた。私の向かう正面は、右側にカーブしていて目的地が見えない。
坂道を登る直前にエレベーターがあり、坂の上につながっている。
坂を登れない老人や患者のための配慮だろう。私は、あえて坂道を自分で登る事にした。
この町は、勾配が多い地形だった。丘のように高い地域もあれば、谷のように低い地域もある。
ひときわ高い場所に、私の目的地があった。私の目的地は、病院である。
大学が併設されているわけではないが、設備の整った大きな病院だ。
厳密には、この病院の庭園が私の目的地である。この庭園は、入院患者が散歩をしている事が多い。
リハビリを兼ねているのであろう。この病院で、一年程前、看護師が自殺していた。
病院の屋上から飛び降りたのだ。下記が概要である。
20××年6月17日、看護師の保科桃奈が、病院の屋上から飛び降りた。理由について病院や警察などが聴き取り調査をしたが、原因を突き止める事ができなかった。彼女は、自殺する数ヶ月前から、ある先輩の看護師について話していたそうである。ただ、彼女が話していた看護師は、この病院には存在しなかった。
もちろん、話の内容から、他の病院の看護師ではないと思われる。そもそも、彼女が看護師として働いたのは、この病院だけである。周りの看護師達は、あまり気にせず聞き流していたようである。毎日の激務から、ノイローゼになり幻覚を見ていた事が、自殺の原因ではないかと一部で言われたが、断定はされてはいない。
これが、私が得た概要である。病院という事で、詳しい話を同僚などから聞く事はできなかった。また、情報についても、これ以上の内容を得る事ができなかった。ここからの内容については、オカルトの分野である。これは、ここ数ヶ月で噂になった話である。
この病院の庭園に看護師が現れるという。それは、真夜中の時もあれば、昼間の時もあるようだ。
時間は決まっていないらしい。ただ、その看護師は、同じベンチに座り、しばらくすると病棟の方に帰っていくのだという。
患者の一人が話しかけたところ、突然立ち上がり、凄い速さで患者に近づいて来たと思ったら消えていたそうである。
また、この病院には他にも怪談話がある。
病棟内で見知らぬ看護師が歩いているとか、誰もいない部屋からナースコールがなるなどである。
他の二つの怪談話については、よくある内容だ。
この二つについては、実際に見た人間などを見つける事ができなかった。
ただ、この病院の庭園については、複数の目撃証言がある。
そう、看護師の霊が現れるという話だ。その証言の中で、気になる証言をしている人物がいた。
今日は、この庭園で、その人物と会う予定である。
「はじめまして、川西詩織と申します」
「はじめまして、山寺美里です」
川西詩織は、二十代後半くらいの年齢に見えた。
私達は、簡単な自己紹介をした後、話しはじめた。
「私は、数年前に一度この病院に入院していた事があるんです」
川西詩織が、そう言って周りを見渡した。私達は、その病院の庭園の中で話している。
「入院していた時も、よくこの庭園を散歩していたんです」
なんでも、この病院の方針で、なるべく患者には自立で歩く事を推奨しているらしい。
全く歩かず、寝たきりでいれば、体力や筋力が落ちてしまうかららしい。
仮に退院しても、その状態では他の怪我や病気を引き起こす危険性があるためだそうだ。
そのため自立できる患者には、病棟内の廊下や、この庭園などで散歩として歩くという事を勧めている。
まあ、リハビリの一貫なのだろう。
「私、退院した後も月に一回程度通院しているんです」
「退院後の経過観察ですね」
私が、川西詩織に確認する。
「はい、その通院の時に、時々この庭園を散歩するんです」
私は、川西詩織の話をじっと聞いていた。
「その日は、遅い時間の受診で、少し暗くなってきていたんですけど、せっかくなので、庭園を一回りしようと思ったんです」
この病院の庭園は、それ程大きいというわけではない。
普通の健康な人間が一回りするだけならば、十分もかからないだろう。
「そうしたら、庭園の真ん中にあるベンチに看護師さんが座っていたんです」
「それは何時頃でしたか?」
一応、時間を聞いてみた。
「夕方の四時半くらいだったと思います」
夕方の三時くらいからの受診も、この病院では受け付けている。
検査などをしたのなら、それくらいの時間に終わるのも有り得る。
「冬の時期だったので、辺りは薄暗くなってきてたんですけど、不思議に思って」
「不思議にですか?」
私は、川西詩織が何に不思議と思ったのか興味を持った。
「看護師さんの働いている部所にもよると思いまずけど、その時間は忙しい時間だと思ったんです」
川西詩織は、入院していた時期があると言っていた。
病棟看護師の仕事を見て把握していたのだろう。
他の部所であっても、勤務が終わる直前や、夜の勤務の看護師への引き継ぎ作業などがあるだろう。
「なるほど、それで川西さんは、どうされたのですか」
「看護師さんを何となく見たんです」
川西詩織の表情が険しくなっていた。
「そうしたら、入院していた時に、何度か担当してくれた看護師さんだったんです」
「お知り合いだったのですか」
川西詩織は首を縦にふって、頷いた。
「はい、保科桃奈さんという看護師さんで、良くしていただきました」
「その後、どうされましたか」
私は、詳しく聞いてみた。
「少し、世間話をして、すぐに別れました」
「そうですか」
私は、結末を把握していた。だから、彼女の話がどうなるのかを知っていた。
でも、彼女自身から話の結末を聞きたいと思った。
「一月後、また受診した時に、他の看護師さんに保科桃奈さんに会った事を話したら、その半年近く前に亡くなってると聞いて……」
川西詩織は少し震えていた。
「その時に、初めて亡くなっている事を知ったのですね」
「はい、その後、亡くなった原因とかも聞いて、驚きました」
「そうですか。彼女が、あの庭園で他にも目撃されている事は、知っていますか」
川西詩織は、動揺している自分を、落ち着かそうとしているようだった。
「はい、後から聞きました」
「彼女は、なぜ、あの庭園に現れると思いますか」
「わかりません」
川西詩織はそう答えた。確かに、保科桃奈が病院の庭園になぜ現れるのかなんて、わかるわけがない。
「それ以降は、彼女に会ってはいないのですか」
「はい、会っていません」
彼女は、そう言いきった。
「庭園へは、行かれてますか」
私は質問した。そもそも庭園に行っていないのなら会う事はないだろう。
「はい、毎回行ってます。もしかしたら、また会えるかもしれないと思って」
「また、お会いしたいと思っているのですか」
「わかりません」
川西詩織は、少し考えた後に、そう答えた。まあ、当たり前だろう。
幽霊に会いたいと思う人間は、一部を除いて少ない。
でも、知り合いなら少し意味あいが変わってくる。
「保科桃奈さんと会った時、何か変わった事はありましたか」
私はあえて聞いてみた。すでに亡くなっている人間に会っているのだから、すでに変わった事ではあるが。
「そういえば、保科さんがベンチに座っていた時、隣に黒い猫が寝てて、保科さんが撫でてました」
「やっぱり!」
私は思わず呟いていた。ここでも黒猫が関わっているのだとわかったからだ。




