第十三話〜電話の相手2~
私は、マンションに来ていた。何の変哲もない普通のマンションだ。
入口には、オートロックがあるわけではないが、それ程家賃が安い物件でもないだろう。
半年以上前、このマンションで事件がおきた。それは、惨殺事件と言って良い内容だった。
そして、この事件にも不可解な部分がある。下記が、事件の概要である。
20XX年10月14日深夜2時頃、303号室に住む池田久は、隣の住人の声で目を覚ました。隣の302号室の住人、北原拓也が何かを叫んでいるようだった。夜中に近所迷惑だと思っていたが、下手に注意をしてトラブルになるのを避けた池田久は、そのまま就寝する事にしたという。
その後、また隣の部屋から叫び声が聞こえた後、凄い音がマンション中に鳴り響いた。まるで、ガス爆発でもおきたような音だったという。実際、近隣に住む人間は、302号室でガス爆発がおきたと思ったようである。恐る恐る、隣の部屋を確認した池田久が見た光景は、信じがたいものだったという。
それは、302号室の扉が完全に外れた状態だった。その扉もくの字に曲がった状態だったという。池田久はすぐに警察に通報した。警察が部屋の中を確認したところ、胸をめった刺しにされて死んでいた北原拓也を発見した。現在も捜索中のため一般への発表はないが、犯人は見つかってないようである。
これが事件の概要である。状況だけを聞くと、犯人が北原拓也を殺害した後、ガス爆発をおこしたように思うが、実際は爆発や火事の痕跡は一切なかったという。また、くの字に曲がった状態で、部屋から外れていた扉は、凄い力で引き剥がされたようなのである。
普通では考えられない事だ。犯人が北原拓也を殺害した事は理解できる。殺害方法や動機などはともかく、残忍な殺人事件だと言えるだろう。しかし、マンションの扉を引き剥がす理由がわからない。また、どのような方法で、このような頑丈な扉を外したのかもわかっていないようだ。
ピンポ〜ン
私は、前もって約束をしていた池田久の部屋の呼び鈴を鳴らした。
事件現場の隣の303号室に住む住人である。今日は、部屋の前で少しなら話をして貰えるという事であった。
「はい!」
そう言って部屋から出て来たのは、30歳前後の男性だった。
「ご連絡させていただいた、ライターの山寺美里と申します」
私は、そんな風に名刺を渡しながら自己紹介をした。
「ああ、ご連絡いただいた記者さんですね」
男性は、そう言って部屋から出てきた。今日は仕事が休みなのか、ラフな格好だった。
「早速なのですが、302号室でおきた事件について、お話を聞かせていただけますか?」
私は、池田久に取材をはじめた。マンションの通路での取材だったが、他に通路を行き来する人はいないようであった。
「あの日、夜中に隣の人が何か叫んでいたんです」
「叫んでいた?」
私は、池田久の説明に相槌を打っていた。
「ええ、隣の部屋の声なので、はっきりと何を言っていたのかは解らなかったのですが、どうも電話で誰かと話しているようでした」
「電話ですか?相手が誰かとかはわかりますか?」
私は、池田久に尋ねた。
「そこまでは、わからないですね。それに電話で話しているみたいに聞こえただけですからね」
「電話だと思ったのは何故ですか?」
私は、疑問に思った事を質問してみた。
「誰かと話してるみたいだったんですが、相手の声が全く聞こえなかったので」
「なるほど、だから電話で誰かと話してると思ったのですね」
池田久の答えは、納得できる答えだった。
「そんな話し声が何度かあったんです。夜中だったので、迷惑だなっと思ってたのですが、いきなり何かが爆発したような音がして、飛び起きたんです!」
「その後、池田さんはどうされたのですか?」
私が調べた記録では、池田久は部屋を出て警察に通報しているはずだ。
一応、本人の口から事実確認をしたいと思っていた。
「恐る恐るドアの隙間から隣の部屋を見たら、隣の部屋のドアが吹き飛んでて…」
「隣の部屋のドアが吹き飛んでいたのですか?」
私は、池田久の口から詳しい状況を知るために質問した。
「ええ、ドアがくの字に曲がった状態で、通路を挟んだ前の壁にめり込んでいたんです」
私は、隣の302号室の方を見た。部屋の前のコンクリートの壁には、ドアがめり込んだ跡が残っていた。
「このマンションのドアって、金属製ですよね?これがくの字に曲がっていたのですか?」
「はい、なんて言うか…。怪力の人間がドアのノブを力付くで引っ張って、ドアごと引き剥がしたような状況でした」
私は、現場を直接見たわけではない。実際に現場を見た池田久は、そんな感想を持っていたのだと、はじめて知った。
「爆発とかで吹き飛んだのではなく、ドアは力付くで剥がされたって事でしょうか?」
「そうですね、あの時一番に感じた印象は、そんな感じでした。あ〜、あの何となくあの時は、そんな風に感じただけなんですけど」
池田久は、そう口にして、異常な事を自分が言っていると思ったのだろうか。少し、付け加えるように答えた。
「その後、池田さんはどうしましたか?」
「その後、隣の302号室の玄関から室内を覗きました。その時、男性の悲鳴が聞こえて、ヤバいと思って警察に通報したんです」
池田久は、その時の状況を詳細に語ってくれている。
「302号室の前にいたのですか?」
「はい、警察が来るまで302号室の前にいましたが。どうしました?」
池田久は、まだ気付いてないようだ。
「池田さんが302号室を覗いた時に悲鳴が聞こえたという事は、犯人は部屋の中にいて、お隣の北原さんを襲っていた事になります」
「そう言えばそうですね」
池田久は、あえて考えないようにしてきたのかもしれない。
「池田さんは、警察が来るまで302号室の前にいたのですよね?」
「はい、それがどうしました?」
私は確信部分をついた質問をする。
「警察が来た時室内には、なくなった北原さんの遺体しかありませんでした。では、犯人は何処に消えたのでしょう?」
池田久が、目を見開い驚いていた。そこまで考えていなかったのだろう。
「オレは犯人じゃないですよ!」
「大丈夫です、わかっています」
私は、池田久をなだめるように言った。
「つまり、犯人は凄い力でドアを引き剥がし、北原さんを殺害した後、忽然と消えた事になります」
「そんな!あっ、でも窓から逃げたのではないですか?」
「三階から飛び降りたという事でしょうか?」
三階なら飛び降りれなくはないかもしれないが、考え難くい。
「そんな!でも、玄関からは誰も出てきてませんよ!」
「たぶん警察の捜索もその辺りで混乱しているのだと思います」
私は、池田久が動揺しているのを、落ち着かせるように話しかけていた。
まだ、未確認の情報ではあるが、事件現場となった302号室の窓にはカギがかかっていたらしい。
玄関を除いて、密室だったと言える。
警察は最初、池田久が犯人を逃がしたと考えていたようだが、大きな音を聞いた向かいのマンションの住人が、当時の池田久を確認していた。
警察が来るまで一人で302号室の前で立っていて、他の人間は見ていなかった。
「池田さん!何か他に思い出す事はないですか?北原さんが叫んでいた内容とか?」
「いや~、大声で叫んでいたのは確かなんですが、話していた内容まではわからないです」
私は、期待していた答えが聞けなかった事に落胆してしまった。
「そう言えば…」
「何か思い出されましたか?」
私が池田久に尋ねた。
「聞き間違いかもしれないのですが、隣の北原さん、メリーさんって言っていたように思います」
「メリーさんですか?あの都市伝説のですか?」
私の知っているメリーさんという都市伝説は、このような話だ。
ある少女がメリーという名前の人形を捨てた。夜、少女にメリーから電話がかかってくる。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの…」
最初はそのような内容だ。そして、タバコ屋の前、家の前とどんどん近づいてくる。そして、最後には少女の後ろにいるという電話がかかってくる。というような内容の都市伝説だ。
「北原さんは、メリーさんに殺されたという事でしょうか?」
私は、静かに池田久に尋ねた。
「そんな訳ないですよね。そんな都市伝説みたいな事あるわけないですよね」
池田久は、自分で変な事を言っていると思ったのだろう。そう付け加えた。
しかし、私はそうは思っていなかった。この町ならば、あるいは有り得るかもしれないと考えていた。
「そう言えば、全然関係ないと思いますが…」
池田久が、そう前置きして言った。
「302号室の前で警察に通報している時、猫を見ました」
「猫ですか?」
「はい!黒い猫です!」
私は、この言葉を聞いて、やっぱりあの黒猫が関わっているのだと思っていた。