第十二話〜電話の相手~
「ちょっと!なんで連絡して来ないのよ!」
「なんだよ?オマエ!」
私が寝ている木の下で、女が電話をかけていた。私は黒猫である。名前はまだない。
猫である私の耳なら、電話の向こうの声を識別する事ができる。
「既読スルーとかありえないんですけど!」
「既読する訳ないだろ!」
電話の向こうで叫んでいるのは、男のようであった。
「すぐに家に行くから!」
「やめろ!来んなよ!」
電話の内容から、痴話喧嘩のようであった。
「待ってなさい!」
女はそう呟いて歩き出した。私は興味にかられて、女の後についていった。
「ちょっと!いい加減にしなさいよ!」
「もうやめろよ!」
女は歩きながら電話をしていた。相手の男が、少し弱気な口調で答えていた。
「今、タバコ屋の前まで来たわよ!」
「オイ!家に来るつもりかよ!」
女は、怒りながら「当たり前でしょ!」と叫んでいた。
「さあ!家の前まで来たわよ!」
女は、また男に電話をかけて言った。ちょうどマンションの部屋の前まで来ていた。
「来ないでくれ!帰ってくれ!」
男はドアの中から叫ぶ。
「何?他に女でもいるわけ?」
女は叫ぶ。
「助けてくれ!」
「なら、ドアを開けなさい!」
女が叫ぶ。
「やめてくれ!メリーさん!」
女の勢いがなくなった。
「メリーさん?私が?」
女は呟いた。
「私、メリーさんなの?」
女の右手には、血まみれの包丁が握られていた。
「私メリーさん!」
そう言った女は、ドアを強引に開けて、部屋の中に入って行った。
「私メリーさん…」
私の耳には、最後にそんな言葉が聞こえた。