第十話〜AED~
私は黒猫である。名前はまだない。最近、私が住むこの町にカフェができた。
カフェ自体は珍しくはない。珍しいのは、屋外にも座席があるところだ。
まあ、オシャレなカフェといったところだろう。私は、そのカフェの屋外にある座席の近くで昼寝をしていた。
「ありえないでしょ!」
「ホント!」
女達が話している声が聞こえた。
「AED使う時って、上半身裸にするのよ」
「マジで!やだ!」
「絶対エロい目で見られるよね」
女達は、AEDの話をしているらしい。AEDとは除細動器とも言い、心臓に電気を送り込み、不整脈などの状態を元に戻す医療器具である。
猫である私がこのAEDに詳しいのは、前に救急隊員が使っているのを見た事があるためでしかない。
「男は女性にAED使うの禁止よ!」
「ホントホント!」
女達は、男が女にAEDを使う事について話しているらしい。
「もし、私がおじさんとかにAED使われたら、後で絶対訴えるよね」
「あ~!見たよ!そんな動画アップしてたよね〜!」
女達は話に夢中のようだった。
「じゃーね!」
「またね!」
ひとしきり盛り上がって話した女達は、店を出ていった。
「うっ!えっ?ウソ?」
店を出て数分ほど歩いた女は、そんな言葉を吐きながら倒れた。
「大丈夫ですか?」
三十代くらいだろうか?男が二人通りがかっていた。
「すぐに救急車呼びますね」
そう言って男達は電話をかける。
「はい、確かに近くにAEDはありますけど…」
女が倒れた場所のすぐそこには、ビルがあった。AEDが設置されているステッカーが貼ってある。
「助けて!苦しい」
女がそう言っているのが、私には聞こえた。猫の聴覚でなければ聞き取れない小さな声だ。
「すいません!オレ達には無理です」
男が電話口にそう言っている。たぶん救急センターの人間と話しているのだろう。
「助けて…」
女が小さな声で言う。意識はハッキリしているようだ。
意識がハッキリしている分、苦しみもハッキリ感じているだろう。
まもなくして、女は意識を無くした。それから、少しして救急車が到着した。
女は搬送され、残った男は警察から事情を聴かれていた。
「だって無理ですよ!AEDを使うなんて!」
男が警察官に言う。
「オレ、あの女性の事知ってて!結構有名なインフルエンサーなんですよ!これを見て下さいよ」
そう言って男はスマホを取り出し動画を映し出す。それは、女がもし自分が男性にAEDをされた場合、後で訴えると熱弁している動画だった。
「こんな動画アップしてる人にAEDをできませんよ」
男はそう言っていた。
あの後、偶然聞いた話だが、女は一命を取り留めたらしい。
ただ、大きな障害が残ったようだ。あの時すぐにAEDで処置されていれば、障害が残る事はなかったかもしれないそうだ。