10 魔術師の先生
フランは、図書館通いもそろそろ終わりにして別の大陸へ行ってみようか、と考えている。
ここに来てもう半年が過ぎた。狩人の仕事も順調に出来ている。
エステバルは今はココとワチキと三人でパーティーを組んで、何処にでも行っている。
空を飛べるようになって一気に行動範囲が広がった。
普段人が行けないような場所へも行けるので、珍しい素材が集まっている。
その素材を使い、色々試して魔道具を作っているのがこの頃のフランの日常になっていた。
態々自分が行かなくてもワチキの魔法がある。ワチキは努力して、威力を抑えて魔法を使うことが出来る様になった。ココも飛ぶだけではなく風の魔法を放てる様になってきた。
獣人の国は面白いけど、これ以上いても実りはない。
知識が増えたお陰で、鑑定のレベルも上がったが、他の大陸には違う種類の動植物があるだろう。それを調べればもっとレベルが上がるかも知れない。エステバルに相談してみるか。
そんなある日、図書館で魔術師らしき老人と知り合いになった。
何時もフランの直ぐ側まで来て、少し世間話をしてゆく。
今日は何を読んでいるのか。とか、今は何を研究しているのかとか、聞いてくるのだ。
フランも普通に接している。お互い興味の方向が似ているので話も弾む。
「そうじゃ、今日は儂の研究塔に連れて行ってやろうかのう。」
「え?研究塔?そんなところは、僕のような他国のものが入って行ってはだめですよ。」
「はは、そうか。いや、大丈夫じゃ。この国の秘密なんぞは儂の研究塔にはない。儂の研究はこの国には注目されていないからの。昔は総て教えていたものじゃった。それが竜神様の御意思だからの。だが鎖国してしまっての。その様なことをしていては知識の停滞が起こるものじゃ。大いに教え合って、互いの向上に役立てるべきなのじゃ。」
そう言うものだろうか。教えて貰えるのは有り難いが、この老人に迷惑は掛からないのだろうか。
半信半疑で、老人の研究塔まで付いていった。
老人はサルマルという名だ。名前の通り、猿の獣人だ。
しなびた小さな老人で、フランの胸にやっと背が届くくらいの背丈しかなかった。
サルマルの研究は、無属性の魔法だった。
「昔の失われた技術には転移などがあったらしい。今は全く文献がなくなってしまったがな。」
過去のマナ山の噴火で多くの文献が遺失してしまったと言う。それからここまで復活するとは、どれほどの技術があったのだろう。
この研究施設はサルマルの個人のもので、彼しか研究員がいない。誰にも遠慮はいらないと言っていた。
見せてくれた書物には、昔は世界の言葉が皆違っていた。と言う事が書かれていた。
当時の魔術師が無属性の魔法で、言葉を理解する能力を手に入れたと言う事らしい。
言語理解。今では世界中が共通言語になって仕舞って、必要なくなってしまった能力だ。
サルマルも生まれつき言語理解の能力を持っていたが、使えない能力だと馬鹿にされたらしい。
それで、もっと他の無属性は無い物かと研究したのがきっかけだったのだとか。
「残っていた文献には、始まりの人達は世界を巡り転移の魔方陣を設置した。と書いておるがの。今の常識では、それは単なる比喩で、実際は転移の魔術などはない。と言う事が学者共の通説じゃ。だが、儂は、あると思って居る。その方が夢があって面白そうじゃろう?」
確かに夢があって面白そうだ。もし転移が出来たら、世界は繋がって、あっという間に行き来が出来てしまう。空を飛ぶ必要も、船に乗る必要もなくなるのだ。
でも、危険もありそうだ。フランは闇の属性が有るが、影に潜って誰にも知られずに移動出来るのは、敵にとっては驚異だろう。使う人によってはとても恐ろしい使い方ができるのだ。
そんな話をしてサルマルの研究塔を後にした。
サルマルには弟子がいなかった。その為自分の研究を誰にも引き継げないのが残念でならない。フランに自分の研究した書物を受け継いでくれと言って、魔法鞄に一杯の書物を持たせてよこした。
フランはこんなに貰っては心苦しいと自分の持っていた魔法袋を差し出したのだが、彼は受取らなかった。彼はもう寿命が尽きるから、何もいらないというのだった。
それきりサルマルとは会えなくなった。