300年
◇◇◇
『魔王』は、機嫌良さそうに6枚の羽を動かし、空に浮かびながらニコニコと笑っている。
「ふふふ、内側からは案外簡単に解除できるんだね。封印」
『魔王』はそう言うと、両手を天に伸ばして気持ちよさそうに背伸びをする。
「ね……ねぇ、シロウ。今イズミが言ったのって、どういう意味?……冗談だよね」
ハクは困惑した様子でシロウに問いかけるが、シロウは口を噤む。
確信はある。
だからこそ、口に出したくはない。
イズミは、既にイズミでは無い――、と。
固く奥歯を噛み締めて宙に浮かぶ魔王をシロウは睨むと、その視線に気づいた彼女はフワリと翼をはためかせてシロウの隣へと降り立ち、首を傾げて彼に問う。
「どうかした?」
手を伸ばしてシロウの手に触れると翼は消える。
どうやらそれを確認したかっただけの様で、反対に首を傾げてニコニコと微笑む。
「へぇ、本当に消えるんだ。へぇ~、変な感じ。ふふふ」
何度か触っては離すを繰り返しては、翼が消えるのを確認する。
「おいっ……!」
「わっ」
シロウは両手で魔王の肩を掴み、泣きそうな顔で問う。
「……元に戻す方法、あるんだよな?」
魔王はニッコリと楽しそうに微笑む。
「ふふふふ、それを私に聞く?でも、予測はしてたけど本当に上手く行くとは思わなかったなぁ」
そう前置きをして、魔王はイズミの口調を真似たまま説明をした。
あまり魔法や術式の知識の無いシロウにもわかる様に一言で言うと、『吸命』で吸われた命を使ってイズミの魂を覆うように再構築したそうだ。
「言うは易し……って言うけど、実際私にしかできないと思うよ?ふふ。あっ、あの身体はもう要らないからさ。煮るなり焼くなりお好きに使ってね」
「イズミの真似を止めろっ!」
シロウの剣幕に怪訝な顔で魔王は手を払う。
「お気に召さないなら止めるよ。せめて最後のお別れをと言う親心じゃあないか」
「元に戻す方法は!?」
まだ食い下がるシロウをヒラリとかわしてまた空に浮かび、呆れ顔でため息を吐く。
「しつこい奴だなぁ。そうだ、じゃあその蛇を殺したら教えてやるよ」
ケラケラと楽しそうにハクを指さして笑う魔王に、間髪入れず怒鳴りつけるシロウ。
「ふざけるな!」
悪戯っぽくペロリと舌を出して、わざとらしく翼をしおれさせる魔王。
「あ、だめ?折角なんだからもう少し葛藤してくれたっていいだろ。全く、相変わらずお前は本当につまらないやつだよ、シロウ。300年以上色んな奴らを育ててきたがお前が一番つまらんわ。ハクアの生まれ変わりで無ければ微塵の見所も無い」
薄笑みを浮かべ、明らかな挑発を行うがシロウは乗ってこない。
乗ってこないと言うよりも、そもそもがシロウにイズミの身体を攻撃できるはずがない。
呆れるように小さくため息を吐くと、手に持つ黒羽の黒刀をポンと空中に放り投げ、弧を描く刀の刃を掴む。
「やれやれ、私も本当に親バカじゃな。どうしようもなく愚鈍なお前に舞台を用意してやろう」
口調も一人称も統一していない事にも特に意味は無いのだろう。
次の瞬間、短刀程の長さで黒刀の刃を持つ手をおもむろに自身の心臓に突き立てる。
黒い刃はイズミの白い肌を貫き、赤い血が飛ぶ。
つッと口元から血を滴らせながら、イズミの姿をした魔王はニコリと微笑む。
「ほらシロウ、よく見て。ここ。ハクアの剣で心臓を貫けば私は死ぬよ。ふふふ、できる?」
そして、迫真の悲しそうな顔でシロウに懇願する。
「お願い、シロウ!私を……、殺して」
コロッと笑顔に戻る。
「なんて――」
だが、魔王が言い終わる前に風を巻いてシロウは彼女に突撃する。
「似てねぇんだよ、ジジィ!」
魔王は薄笑みを浮かべたまま一歩も動かず、シロウは魔王に剣を振り下ろす。
剣が迫りくるその一瞬、魔王は悲しそうな顔でギュッと目を閉じる。
苦悶の表情を浮かべるシロウ。ハクアの剣が魔王の肩の少し上でピタリと止まると、彼女は恐る恐る目を開けてシロウを窺い見る。
「……シロウ?」
わかってはいる。
これはもうイズミではない。
だが、剣は止まってしまう。
今にも泣き出しそうな表情で、止めた剣の柄を血が滲むほど全力で握り締め、押さえつける。
「くっ……そぉぉぁっ!」
魔王はハクアの剣にそっと触れると、ニッコリと微笑む。
「シロウ、教えてあげるね?」
幼馴染に優しく微笑みながら、彼が全力で押さえつけているハクアの剣を片手で容易く自身に引き寄せる。
剣はズっと肩に食い込み、血が流れる。
「これが愛する人を斬る感触だよ。あははは」
ケラケラと笑いながら、茫然としているシロウを見て呆れ顔。
「つっまんな」
ヒラリと宙に浮かぶと、肩の傷は既に治っている。
「ジーオ!カルラ!成功したよ!」
懲りもせずイズミの真似をして、ヴィクリムと戦闘をしている二人に声を掛ける。
離れた場所で戦っていた3人は、6枚の翼で宙に浮かぶ魔王の姿を見る。
「……羽が6枚?」
ヴィクリムがイズミの姿に気を取られた一瞬、カルラの立体魔法陣が彼を覆い、全方位からの魔力砲が放たれる。
「ちっ」
その隙に2人は戦闘を離脱。
「ラータか?」
ボロボロのジーオの問いかけにニコリと頷く魔王。
「うん。色々方法考えてたけど、一番簡単なのがハマったよ。それじゃ、王都に……知恵の樹に向かおう」
3人はグニャリと姿を消した――。
◇◇◇
魔王らが去り、シロウ達とヴィクリムが合流する。
ヴィクリムは透明な四角い箱を人差し指で宙に浮かべていて、その中には2匹の子ネズミが入っている。
ボロボロだった衣服は新しい物に変わっている。
「何のつもりかはわかりませんが王都に行くと仰ってましたよ。シアンはどこです?」
白蛇の姿のハクは首を横に振る。
「わかんない」
周囲を見渡すが死体は無い。
ヴィクリムは困り顔でため息を吐く。
「困りましたねぇ。シアンがいないと王都迄大分掛かりますよ」
チラリとシロウを見る。
シロウは膝を地面に付き、項垂れている。
「ふむ」
「シロウ。王都だって。とにかく急ごう!」
ハクの呼びかけにもシロウは反応しない。
「シロウ!」
険しい顔でシロウを睨むと、次の瞬間バシッと音がしてハクの尾がシロウの頬を打つ。
「まだ終わってないだろ!」
更にもう一度。
「やっと会えたんだろ」
無言。
「イズミの事、好きなんじゃないのかよ」
無言。
目に涙を浮かべたハクは首を上げると、勢いを付けてシロウの額へと打ち付ける。
「いてっ!」
漸く顔を上げたシロウの眼前で、涙目のハクは叫ぶ。
「僕が好きなのはそんなシロウじゃない!」
驚き耳を疑うシロウを睨み、白蛇の神獣は再び首を上げ顔をシロウの頬へと寄せる。
人間よりも少しひんやりとしたその口が、シロウの頬に触れて、真っ赤な顔をした白蛇はジッと彼を睨む。
「うなだれてる暇なんて無いだろ。いいかい、次は口だよ?それが嫌なら――」
真っ赤な顔をした白蛇の脅しにぷっと噴き出してシロウは笑う。
「……何だよ、その脅しは」
「脅しなんかじゃないぞ。僕は本気だ」
ポンポン、と軽くハクの頭を叩いて立ち上がるシロウ。
「悪い。心折れてた。ぽっきりと」
すっきりしたようなその表情に、ハクは安堵の息を吐く。
「治った?」
シロウはニッと笑う。
「治った」
次の瞬間、急に空からザバァっと大量の水が降り注ぐ。
「ぶわっ!」
バケツを引っくり返したどころではない大量の水は、朝日を受けてキラキラと金色に光り輝いていた。
その金色の水は神獣の森の湖の水。
上を見上げると、ニッコリと笑い両手でガッツポーズを取るシアンの姿があった。
「復活です!……イズミ様は?」
心配そうに見下ろすシアンに、シロウは力強く答える。
「これから助けに行く。力を貸してくれ」
「はいっ!」
助けに行くと言ったが、現状方法は何一つ無い。
いや、ただ一つ。
ハクアの剣を持ったシロウの脳裏にノイズの様に浮かんだ映像――。
剣の記憶か、ハクアの記憶か。
白髪の老人の握った真っ白な剣が、黒翼の女性の胸を貫くと、女性は光になりながら老人を抱きしめて、消えた。
恐らくは300年前、シアンに聞いた昔話の光景。
シロウはグッとハクアの剣を持つ手に力を入れると、ハクを、シアンを、ヴィクリムを見る。
「行こう、王都に」
口には出さない最後の手段を胸に、シロウ達は魔王を追い王都へと向かう。




