ハクアの剣
◇◇◇
ハクアの剣は元々『白蛇の聖剣』と言う名だったそうで、この森も単純に『神獣の森』と呼ばれていたそうだ。実際に神獣の森と呼ぶ人も多い。
300年以上前、その『白蛇の聖剣』を以て魔王を封じた光の勇者ハクアに因んで『ハクアの剣』と呼ばれるようになったそうだ。
ハク達白蛇の神獣はこの地にて代々その剣を守っているそうだ。
ジーオと共にいた黒蛇の神獣ノワの一族もここの森に住んでいるんだろうか?と思い聞いてみると、この森の様な清浄な気の生まれる場所が世界にはいくつかあり、黒蛇の神獣はそちらに住んでいるみたいだった。
「ノワちゃんを知っているならわかると思うけど、あの子達の一族とはあんまり仲が良くないのよね」
ハクに倣って人化した姿のお母さんは頬に手をやりながら困った顔で首を傾げる。
ハクと同様の真っ白な長い髪で、長身。人間で言うなら歳は20代半ば位か?スラリと伸びた長身に一際主張する胸。真っ白なロングドレスを着て森の中を歩くその姿はまるっきり幻想の世界の住人のようだ。
俺の視線を見て、ハクはクスリと笑う。
「綺麗でしょ、うちのママ」
「……否定はしない」
きっとこういうのをサラッと言える奴がモテるんだろうな、と思う。どっかの国の王子様とかはきっとサラリと言うと思う。
この地に封印されている白蛇の聖剣を、神獣と契約者の血を以て一時解除する。
ハク達の家の更に奥に湖があり、そこに剣は眠る。
「召喚術の一種みたいだよ?基本的に現物はこの森にあって、僕ら神獣を介する事でどこにいても呼び寄せる事が出来るんだってさ」
確かに、イズミはハクの口から取り出していた気がする。
「はいはーい、質問。蛇の時は口から出してた気がしたけどさ、今の姿ならどこから出すんだ?」
「なっ」
ハクは真っ白な顔を赤くして絶句する。
その姿をおかあさんはニコニコと眺める。
「……どこだっていいだろ」
口を尖らせてハクは言う。
「いや、別にいいんだよ。ただの興味だから。流石にその姿で口に手突っ込むの気が引けるっって言うか」
「うるさいな、少しは緊張感持ちなよ君」
「私の時はここだったわ~」
おかあさんはニコニコとしながらドレスの胸元を摘まむ。
『えっ』
俺とハクの声が重なる。
お母さんは両頬に手を当て、照れながら回想を続ける。
「だから剣を出す度にお父さんと喧嘩になっちゃってね。それからずっとハクアくんは剣をしまわずに持ち歩いてたの。『夫婦仲良くが一番っすよ』って言って、旅のお供も断って。うふふ、懐かしいわぁ」
「えーっと、質問いいっすか。服の間って……それ普通の服じゃないんですか?」
お母さんはきょとんとした顔をした後で、ドレスの裾を持ちクルリと回る。
「あら?知らない?これ鱗を変化させたものよ?」
「えっ、そうなの!?」
ハクが驚きの声を上げる。
「そうよ~。昔ちゃんと教えたわよ?うっかりさんなんだから」
「……えぇ~」
そんな風に世間話をしながら、俺達3人は湖へと向かう。
湖は森の中で最も清浄な空気の満ちる場所であり、部外者の立ち入りは厳禁との事なのでシアンはハクパパの所に残る形となる。一応これから生きるか死ぬかの試練を受けに行くにも関わらず、いつも通りニコニコと『いってらっしゃ~い』とのんきな挨拶で俺達を見送った。
そして、湖に着く。
まるで鏡の様に、ピタリと制止した水面。
周りの木々が全ての音を吸い込んでいるかのように、辺りはシンと静まり返る。
聞こえるのは、俺達の足音だけ。
言われずとも、ここが目的の神域だとわかる。
説明無く無言のまま、俺達3人は湖畔へと向かう。
お母さんがチラリとハクを見る。
ハクはコクリと頷くと、神妙な面持ちで俺を見て両手を伸ばす。
「手を」
言われるがままに手を差し出すと、その手をとり、鋭利に変化させただろう爪で指先をピッと切る。
ジワリと血が滲むその指を両手で覆い、額を当てる。
「精霊よ、彼の者へ力を授け給え」
ポウっと俺の手が光る。
「シロウ」
ハクは真っすぐに俺を見る。
「ハクアの剣はきっと君の力になる」
俺はコクリと頷く。
「ラータの思惑を止めて、イズミを救う事が出来たらさ……」
ハクは俺の手を握ったまま少し沈黙をしたかと思うと、照れ臭そうに微笑む。
「僕は『シロウの聖剣』って語り継ぐよ」
思わず俺もニヤリとしてしまう。
「お前それ職権乱用だろ」
「いいだろ、その位!とにかく僕が言いたいのは……頑張れって事さ」
ハクは手を放し、手のひらを俺に向ける。
静まり返った湖畔にパンと大きな音が響く。
「あぁ、頑張る」
そして、おかあさんに促されるままに掌を湖に付ける。
――その瞬間、音も立てずに俺の身体は湖から消えた。
シロウが消えた後、その場に残るハクとハクの母。
ハクは心配そうな顔で水面を見つめる。
水面は変わらず波紋一つ無い鏡面のようだ。
湖のほとりに座る娘の方をポンと叩き、母はニッコリと微笑む。
「大丈夫よ、きっと。あの子、何となくハクアくんに似てるもの」
ハクは母をジトっと睨む。
「嘘つき、十中八九死ぬって言ったじゃないか」
思い出した様にクスクスとハクの母は笑う。
「そうね。だって娘が初めて連れて来た相手だもの。親として少しくらい試すのは当然でしょ?」
ハクは呆れ顔で母を見る。
「……だからそう言うんじゃないんだってば」
「先、戻ってるね。頑張りなさい」
ニコニコと微笑みながら母は去る。
ハクはそのまま湖のほとりでシロウを待つ。
◇◇◇
白蛇の聖剣の持ち主として、言うなれば剣と主従契約を結ぶ為の契約術式。
剣がいつからあるのかは分からない。
少なくとも、文字で残っている中では2500年前が最古だ。つまり、その昔から剣はある。
なぜあるのかも分からない。
夜が来ても水面は鏡の様に木々を映し、風が吹いても波紋一つ起きない。
シロウはまだ現れない。
ハクは水辺に座り、ただじっと水面を見つめる。
イズミの時は2日掛かった。ハクアの時は8時間程だった。
波一つ無いこの静かな湖は、古来より剣の力を求めた多くの猛者の命を飲み込んできた。
何百人か、それ以上が挑んだのかは記した書物も無い為『知恵の樹』だろうと分かりはしない。
わかる事は、生きてこの湖から出て来たのがその2人だけと言う事だ。
何日掛かるのか分からない。
いつまで待てばいいのかも分からない。
膝を抱え、ウトウトしながらハクは夢を見る。
全てが平和に終わり、シロウとイズミが笑って暮らしている夢。
そこに自分が居ても、居なくても。
2人が笑っているならそれでいいとさえ思える。
夜が来て、朝が来て、夜が来て、朝が来る――。
そして、4日が過ぎた朝。
初めて水面が揺れる。
「シロウっ!」
ハクは喜びを隠しきれずに声を上げる。
必ず出てくると信じていた。
だが、揺れていたのは水面では無かった。
グニャリと歪んだ空間が、水面が揺れていた様に見せていた。
――転移術。
次の瞬間、湖の上には一人の少年が浮かんでいた。
「ほっほっほ、久し振りじゃのう。ハク」
老人の声真似をしながら、少年はへらへらと小馬鹿にした様な笑みを浮かべている。
ただ、そこに浮かんでいるだけで蛇に睨まれた蛙の様に身体が動かない。
ナイルとしてアルバの街で会った時とは天と地ほどの威圧感。
「君が……、ラータかい」
かろうじて声は出た。
宙に浮かぶ少年を睨むと、パリっと電気が走った気がした。
それとほぼ同時に雷の矢がハクの左手を貫き地面に刺さる。
「……あっ!」
痛みに顔を歪め、声を上げた拍子に今度は右手を矢が襲う。
タっと軽い音を立ててラータは地に降りる。
薄笑みを浮かべながら彼はゆっくりとハクへと近づく――。




