閑話 かつて、魔王様は (上)
◇◇◇
とある廃村、町外れにある古びた洋館。
外観からは想像できないパリッとしたシーツの敷かれた綺麗なベッドに横になり、平べったい缶の内側を指でなぞるイズミ。
缶に入った軟膏は最後の一回分だ。
悲しそうな顔で少し缶を眺めた後で、服をめくり血が滲んだ包帯をほどく。傷は塞がっていない。
イズミ自身も、きっとこれは塞がらない傷なのだと薄々気付いている。
水魔法で傷口を洗い流し、軟膏を傷に塗る。
「……んっ」
痛みにイズミの顔が歪む。
服の裾を口で押さえて薬を塗り、新しい包帯を巻く。
コン、コン、コンと規則正しくノックが鳴り、イズミが返事をすると扉が開いてヴィクリムが現れる。
「ウヒヒヒ、お食事のご用意が出来まして御座いますよ」
トレーに温かい料理を載せていつも通りの笑い声をあげる。
「ベッドで食べたい」
「ウヒヒ、お怪我されていますからね。特別でございますよ?」
イズミのワガママを二つ返事で受けると、ベッドの横に台を置き料理を並べる。
鹿肉のシチューから上がる湯気を眺めて微笑むイズミ。
「ふふ、おいしそう」
「さ、どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
手を合わせ、スプーンで肉を切ると驚く程柔らかく切れる。
そのままぱくりと口に入れる。
「ん、おいし」
ヴィクリムは得意げな笑みを浮かべながら高い位置から飲み物を注ぐ。
「当然です」
だが、もぐもぐと咀嚼しながらイズミの笑顔は曇る。
「どうされました?」
唐突に悲しそうな顔をして、イズミは呟く。
「シロウに会いたい」
「ウヒッ!これはまた唐突ですなぁ」
子供の様に袖で目を擦りながら言葉を続けるイズミ。
「だって。おいしいんだもん。シロウにも食べさせてあげたい」
「お言葉はありがたく頂戴いたしますですよ、ウヒヒヒヒヒヒ」
ヴィクリムの笑い声を聞きながら、またイズミは目を擦る。
「……シロウに会いたい」
「ふむ」
顎に手をやりながら主をジッと見る。
「どうでしょう?物寂しさの慰みに一つ、昔話と言うのは?」
「昔話?」
イズミはきょとんとした顔でヴィクリムを見る。
「ウヒヒ。そうでございます。今は昔、遡る事300年と少し前――」
◇◇◇
とある辺境にある城の一室――。
年齢も種族も異なる4人が円卓を囲む。
「儂ァ反対じゃあ」
「ウヒヒヒ、ワタクシはどちらでも。魔王様の望みのままに」
「わたしも~」
遡る事328年前、遠く人里離れた秘境に魔族の頂点が集まる。
『爆心鬼』ナギオウ、『獄殺卿』ヴィクリム、『百獣姫』シアン、そして彼らの頂点たる魔王様。
魔王様は3人の意見をニコニコと笑顔で聞いていた。
足首まで伸びた黒い髪は、新月の夜空の様に吸い込まれる程にどこまでも黒く。優しく微笑みながら3人を見渡すその瞳は満月の様に明るい金色だった。
「魔王様、ニコニコしていないで何とか言ってくださいよ。多数決とか人間の真似はいいですから」
最年少のシアンはぷんぷんと口を膨らませて机を叩く。
「んー、そう?皆の意見も聞きたいな~、って思って」
「ウヒヒ、意見と言えば!ワタクシ『3』と言う数があまり好きではありませんでね。もう1人入れて四天王にしませんか?」
「えっ、今言う事?雑魚しかいないから無理だよムリ」
ナギオウは腕を組んだまま、岩石を削り出して作った椅子に背をもたれ目を瞑る。
「儂ァ反対じゃ」
低く、唸る様な声でナギオウはもう一度呟く。
「ウヒヒヒ、なら5人はどうです?五天王?五臓六腑?おかしくありません?ウヒッ」
「その話はもうえぇわ!」
ダンと円卓を叩くナギオウ。
敢えて種族分けをするなら鬼だろうか。虎のようなネコ科の獣と鬼が混ざったようなその身体は、人間より少し大きい位の体躯だが、短いながらも額に三本生えた角が特徴的だ。
そして、何もせずともその全身から発せられる圧はそれだけで一般市民が気絶できる程だ。
この3人の中では一番の年長者で、魔王様との付き合いも長い。
ズンと大きな音を立てて机を叩くと、地震の様に部屋が揺れる。だが、円卓は壊れない。
「とにかく儂ァ納得できん」
ナギオウはジロリと魔王を睨む。
「人間の為に死ぬなどと!」
魔王様は申し訳なさそうにシュンとした瞳を彼に向ける。
「違うよ?別に人間の為に死ぬ訳じゃないってば」
シアンはキラキラした瞳で魔王様を見る。
「じゃあ何でなんでしたっけ!?ねぇねぇ、魔王様!聞きたいな~」
ヴィクリムは薄笑いを浮かべながらティーカップを高いところから口に向けて傾け、ダーッと滝のように注ぐ。
「ウヒヒヒ。何度も聞いて知っている癖に」
魔王様は少し照れながら上目遣いにナギオウを見る。
「……えーっと、えっとね」
もじもじと口ごもる主の姿を見て、腕を組みながらイライラと貧乏ゆすりをするナギオウ。
「何じゃ!?ハッキリ言ってくれませんかのう!おぉっ!?」
ナギオウの圧などどこ吹く風と言った様子で魔王様は照れながら口を開く。
「……愛の為?」
ブチンと血管の切れる音が聞こえた気がした。――勿論例えなのだが。
大砲の一撃でも砕けないとされる超硬度の円卓が二つに割れる。
内からマグマの様に沸きあがる何かをを何とか抑えようとして、身体中から湯気が見える程熱くなったナギオウは魔王を睨み付けながら外を指差す。
「表出んさいや。その腑抜けた性根叩き直してやるわ!そんで儂が勝ったら……、儂の子を産んで貰う!」
「キャーッ!ヴィクリム!面白くなってきたよっ!」
シアンは楽しそうにパチパチと拍手をする。
抑えようとした何かは、怒りではなく恋慕の情だった。
「儂ァ何百年もあんたに惚れとんのじゃ。今更人間なんかに渡せるかい!」
睨むようにジッと見つめるナギオウを涼しげな微笑みで見つめ返す魔王様。
「ありがと。……でも、無理ね」
魔王様はスッと立ち上がり、長い髪をフワッとなびかせるとナギオウに挑発的な笑みを向ける。
「私に勝てるわけ無いでしょ?触れられたら勝ちでいいわ」
ナギオウはギリッと歯を鳴らす。
「その言葉、後悔しなさんなよ……!」
――数分後、城の外に隕石でも落ちたかのようなクレーターが出来る。
その中心にはぼろ雑巾の様に傷だらけのナギオウの姿。
ひらひらと黒い炎の羽が舞い散る。
「終わり?」
魔力の王たる魔王様は、この世界の誰よりも強く、美しかった。
ナギオウは微かにつなぎ止めた意識で、黒い翼を携えて冷たい微笑を浮かべる最愛の主の姿を見て、声を絞り出す。
「……魔王様。アンタそれで……、幸せになれんのか?」
つい今まで浮かべていた冷たい微笑みとは打って変わって、柔らかい、優しい笑顔で照れながら頷く。
「なる」
魔王四天王の一人、爆心鬼ナギオウは大きく息を吐き目を閉じる。
「好きにしんさい。……儂らがずぅと見守っちゃる」
魔王様は袖で目を拭いながらコクリと頷く。
「ありがと」
――遡ること328年前、魔王四天王が出来る少し前。
人類の敵とされる魔族の王が、光の勇者に封印される少し前。
永遠に近い時を生きる魔王様と、有限の命を持つ勇者の許されざる恋物語。




