不治の傷
◇◇◇
イズミ達は定住の地を求めて森を移動する。
シアンの権能である『空間転移』を使えば海の向こうだろうと一瞬で移動できるのが、転移場所が探知されてしまう。
百獣姫の名の通り、彼女は従属する魔物達を転移で呼び出すことも出来るが同様の理由から適わない。
なので、森の奥に自生している大型のヌーの様な魔物の背に乗り森を移動していた。
「ごめんね、ありがとう」
背に乗るイズミが首を撫でるとヌーは低い鳴き声を上げて答える。
「何て?」
楽しそうに振り向くイズミを見てクスリと笑うシアン。
「どういたしまして、です」
「いいなぁ、私も言葉分かるようになりたいなぁ」
そう言いながらまた何度もヌーの首をよしよしと撫でる。
「そんな事より」
シアンはキッとイズミを睨む。
「……お腹、大丈夫ですか?」
「勿論、大丈夫!」
小さくガッツポーズをするイズミの服をシアンは無言でバッとめくる。
「ちょっと!」
イズミの白い肌に巻かれた包帯に赤い血が滲む。
何日経っても血が止まらない。傷が塞がらない。
「……愛の塗り薬、効かないじゃないですか」
眉を寄せ困った顔でシアンが不満げに呟くが、イズミはクスリと笑う。
「効いてるよ。塗って無かったらもっと悪くなってるに決まってるもん」
「愛の、ってのは否定しないんですねぇ。別にいいですけど」
「えっ……!?あー……、……うん」
徐々に小さく返事をしながら頷いたまま俯く。
その顔は赤い。
「森を抜けて暫くすると小さな港街があるんです。食べ物とか、お洋服とか色々買っておきましょうね。荷物はヴィクリムに渡せばどんなに多くても預かってくれるので」
「ウヒヒヒ、お任せを」
ヌーの頭に座るヴィクリムは恐らく索敵も兼ねているのだろう。
戦力的にはジーオだろうとカルラだろうとこの3人に敵いはしないが、人間が蚊や蝿を嫌がり払う様に些細な不快感だろうが無い方がいいに決まっている。
「で、イズミ様。一つお願いなのですけど」
座りを正し、やや真面目な表情でシアンはズイッとイズミに顔を近づける。
「これから暫く別行動を取らせて下さい」
ヌーの背に揺られながらイズミは困惑した顔でシアンを見る。
「仕返しはダメだよ」
シアンはイズミを安心させる様にニコリとほほ笑む。
「わかってますって。でなきゃあの王子様の城とっくに消してますよ」
「じゃあ何の為に……?」
「私の空間転移、どういうわけか人間に逆用されたじゃないですか?だから一旦離れた所に転移すればかく乱になるかなって」
イズミは心配そうな顔でシアンを見る。
「囮になる、って言ってる様に聞こえる」
それを聞いて首の向こうに座るヴィクリムが笑う。
「ウヒヒヒッ。イズミ様、シアンにそんな殊勝な気持ちがあるはず無いでしょう。どうせ買い物や観光で羽根を伸ばしたいだけでしょうに」
「ちょっとヴィクリム。失礼な事言わないでくれる!?居候じゃなくなったからって」
「ウヒヒヒ、そういえばそうでしたねぇ。まぁ、行かせてあげたらよろしいのでは?ワタクシもイズミ様と2人旅と思うと胸が高鳴りますね。ウヒヒヒヒッ」
特有の笑い声をあげるヴィクリムを白い目で見るシアン。
「……ちょっと、余計行きづらくなるからやめてくれる?まぁ、ぶっちゃけた話あいつの言うように少し羽根を伸ばそうかなって。あはは」
わざとらしく笑うシアンの手をイズミはそっと触れる。
「2つ約束」
「何なりと」
イズミはシアンの掌に指で数字の1を書く。
「1つ、無駄に殺さない事」
殺すな、とは言わないしもう言えない。自衛の為であればやむを得ない事はわかっている。
「はいっ」
主の言葉に元気に答える百獣姫の掌に今度は指で数字の『2』をなぞる。
「2つ目。死なない事」
シアンはイズミの手をぎゅっと握る。
「勿論です!」
イズミもシアンの手を握り返す。
そして、シアンは反対の手を空に掲げてクルクルと回す。
不思議そうにイズミが眺めていると、小さな鳥が2羽飛んで来て1羽はヴィクリムの頭にパサッと留まる。
「渡り鳥の一種でして、つがいの子の場所がわかるんです。だからその子と一緒に居てくれればちゃんと後を追えますから」
シアンはヴィクリムを見て声を上げる。
「ヴィクリム!イズミ様をよろしくね。もし何かあったら引き千切るからね!」
頭の上に乗った小鳥に指をやりながら、ヴィクリムは苦笑いを浮かべる。
「……何を引き千切るのかは知りませんが、言われなくともですよ。ウヒヒヒ」
森の外れに着き、イズミとヴィクリムはヌーを降りる。
シアンは1人背に乗ったままで、笑顔で手を振る。
「では、また」
イズミもできる限りの笑顔を心掛け、シアンに手を振る。
「うん。絶対ね」
「は~い!」
ヌーはまた森の奥へと姿を消していった。
◇◇◇
2人は暫く歩き港町ステラーカに到着する。
シアンの居城があったアシッディア高地から離れ森を抜けた先にある歴史ある港町だ。
秘境アシッディア高地を遠くに望むその町は、どの国にも属さず交易の中継地として栄えていた。
「おっ、ヴィクリムの旦那!久しぶり!」
「ウヒヒヒ、ごきげんよう」
「ヴィクさん。どうしたんだいそんなボロ着て!男前が台無しだ。いい服あるよ!」
「あァ、どうもどうも。そんじゃ1着貰いましょうかね」
差し出された服をサイズも合わせずに受け取り、無造作に金貨を手渡すヴィクリム。
「フムフム、悪くないですね。ウヒヒヒ」
今まで来ていた尻尾の長い燕尾服とはガラッと違う羽織の様な衣服を羽織るが、相変わらずサイズが大きい。
その様子を見て目を丸くするイズミをクルリと振り向くヴィクリム。
「何か?」
「……え、何か?って。貴方一応……四天王ってやつでしょ?」
一応こそこそと小声で話すが、ヴィクリムは構わずヘラヘラと笑いながらバッと大きく両手を広げる。
羽織の袖の部分が広がって気持ちがいいらしい。
「ウヒヒヒッ、一応も何も『元』!魔王様四天王の一人!『獄殺卿』ヴィクリムでございますよ」
彼の名乗りに対して、町人達はイズミの想像した反応とは全く異なり好意的な反応を見せた。
パチパチと拍手が鳴り、『イヨッ!』と合いの手も飛ぶ。
イズミは困惑した表情で回りを見渡す。
「……どういうこと?」
ヴィクリムは顎に手を当てながらニヤニヤと笑みを浮かべる。
「んー、まぁ何百年も前からよく来てますし?」
イズミは怪訝な表情で街の人に声をかける。
「……えっと、魔族です……よね?怖くは無いんですか?……殺されたりとか、するかもしれませんけど」
それを聞きヴィクリムは『ウヒヒ』と毎度の不気味な笑い声をあげるが、町人は呆れ笑いを浮かべながらイズミの問いに答える。
「んー、まぁ怖いは怖いけどよ。機嫌を損ねりゃ殺されるかもしれねーのは人間も同じだろ。それでも困った事があれば助けてくれるし、……んー、そういうもんだと思ってるからよくわかんねぇな」
話を聞くと、彼らはこの街では守り神の様な扱いを受けていた。
すべては気まぐれだ。
食糧難を救ったり、魔物の襲撃を収めたり、矛を向けた冒険者を滅ぼしたり、海賊の群れを海に沈めたり。
例えは悪いが、寿命の長い彼らにとっては箱庭で遊んでいるような退屈しのぎだったのだろう。だが、その気まぐれを込みで街は彼らと付き合っていた。
それがイズミにはとても新鮮に映った。
なるほど、例えばさっきの衣服はお供え物の様な物なのか、と妙に納得した。
もしかしたら、共存できるのかもしれない――、楽観的な考えがイズミの口元を少し弛ませた。
「イズミ様もお着替えなさいますか?ウヒヒ」
「え、私?」
きょとんとした声を上げるイズミに答えず、町人に指示をだして衣服をあつらえさせる。
「イズミ様のお美しさに負けぬようにしてくださいね。ウヒヒヒ」
「お任せください!」
中年の女性がいくつか服を持ってきて、イズミに服を当てる。
「どういうお洋服がお好みですか?」
「え……えーっと……」
「例えばこれとか……。あっ、少し冒険して肩の出てる物もありますし」
イズミの返事を待たずに次々に服を合わせていく女性。
そして、何着目かの服をイズミに当てた時彼女の手がイズミの首元に触れる。
次の瞬間、中年の女性はドサッとその場に倒れこんだ。
一瞬静まり返った後でざわめきが広がる。
女性は死んでいた。
ヴィクリムは事も無げな顔で顎に手をやり女性を眺める。
「フム。……やはり、封印が弱まっていますね」
ズキリとお腹の傷が痛んだ気がした。
そしてイズミは知る。
真に人間と共存できないのは、魔物でも魔族でも無く……自分自身なのだ、と――。




