爺ちゃんと呼ばれた大賢者
◇◇◇
――2年後、トルイの森。
「違う違う。だからその草は毒草じゃと何度言えばわかるんじゃ。食べられるのはその隣に生えているやつじゃ。全然違うじゃろがい」
トルイの森で草採りを行うシロウの頭をペシペシと杖で軽く叩く大賢者ゼル。
「……全部おんなじ草にしか見えねぇよ」
「わからなくても構わんぞ。そのままお前の夕食になるだけじゃからの」
「マジか。今日こそは肉が食べたい気分なのに……。爺ちゃ~ん、草ばっかりじゃ大きくなれないぜ?」
げんなりした顔で草を選別するシロウを見て他人事の様にゼルは笑う。
「ほっほっほ、豆も食べとるから平気じゃよ」
「……だから豆とかじゃなくてさぁ~」
口を尖らせて不満を漏らしながら草をむしるシロウをスッと影が覆う。
「ただいま」
ニコニコと笑顔のイズミがシロウの前に立つ。
「おう、お帰り」
「そんなに毒草集めてどうするの?」
シロウが採取した草籠を眺めてイズミが首を傾げると、それを見てゼルは笑う。
「ホッホッホ、イズミの方が詳しいみたいじゃのう」
籠の中から薬草を一枚取り、はむっと口にするイズミ。
「だって全然違うもん」
チッと舌打ちをしながらイズミを睨むシロウ。
「俺だってわかっとるわ」
それを聞いてニッコリと笑いながら籠を差し出すイズミ。
「ふふ、じゃあ一枚行ってみようか」
「あぁ!?」
「わかるなら問題無いじゃない。ね、ゼル爺」
「そうじゃのう。ま、外れても毒消しがあるから平気じゃって」
「あっ、そうだ!毒消しも当てて貰ったらどうかな?」
「そうだ!じゃねぇ!」
パンと手を叩き、楽しそうに提案するイズミをシロウは一喝する。
「ほれ、つべこべ言ってないで選べ」
ズイっと籠が差し出される。
「……ぐっ」
――シロウは思考を巡らせる。
直前まで採っていた草はゼルに『毒草』認定されていた。
よって、手元の辺りに生えている草は毒草と思われる。
そして、イズミは『そんなに毒草集めて』と言った。
となると、パっと見てわかるくらいこの籠の中は毒草だらけと言う事だ。
と言う事は――。
シロウは『手元の草』をジッと目に焼き付けた後で、籠の中から『それとよく似た草』を一枚取る。
「これだ」
「えっ」
自信たっぷりにニヤリと笑うシロウを見てイズミは驚きの声を上げるが、シロウには伝わらなかったようだった。
「その手に乗るか」
草をパクリと口にした瞬間、葉に触れた唇から全身に掛けて激しい痺れが襲う。
「へっ?」
ゼルは大きく肩を落としてため息を吐き、イズミは慌てて籠から毒消し草を取る。
「シロウっ!これ!飲んで!毒消し!」
超パワーで草をすり潰し、小さい球状になった毒消しを水と一緒にシロウの口に流し込む。
「ぐえっ……おげえ……ゲハッ!」
肩で息をしながらも症状の収まるシロウを見て涙目のイズミは胸を撫でおろす。
「……よかったぁ」
ゴホゴホと咳きこんでいるシロウの頭をまたコツコツと杖で叩くゼル。
「馬鹿垂れが。薬草の選別を消去法で行うなと前々から言っておろうが」
「あっ!シロウ!私今日熊獲って来たから!今日はお肉にしよう!」
パンと手を叩き、シロウを元気づける様に声を上げるイズミ。
「ふむ、熊鍋にしようかのう」
「さーんせーい」
イズミから渡された水を飲みながら手を挙げて賛意を告げるシロウ。
◇◇◇
転生した魔王を迎えに来た魔族により、カカポ村は滅ぼされた。
真実はイズミとナシュアとゼルの3人にのみ留められる事になった。
『魔物により滅ぼされた村』
『その魔物達を1人で退けた少女』
『ただ2人生き残った少年と少女』
その事実からゼルとナシュアが作った新たな真実。それが、『勇者イズミ』だった。
――転生した勇者を狙った魔物の群れによりカカポ村は襲撃されるが、覚醒した勇者イズミにより魔物達は殲滅された。
それが、世界への真実。
イズミはナシュアと共に世界を回り、力を付けながら魔王討伐の旅をする。
人に害なす魔物達を駆逐し、かつて魔王を封じた封印術の足跡を辿る旅。
歴戦の戦士ナシュアと勇者イズミの邂逅を世界は奇跡と崇め称え、復活する魔王を倒す為世の期待を一身に背負う事となる。
旅の合間にイズミはシロウとゼルの暮らすグズーリの街を訪れる。
そして、1日か長くて2日程滞在するとまたナシュアと共に世界を駆けまわるのだ。
街にいる時間より旅をしている時間の方がずっと長い2年だったが、それでもこの街はイズミの第2の故郷と言えるものだった。
◇◇◇
「それじゃ、また」
出発の時になり、笑顔で軽く手を振りシロウに別れの挨拶をするイズミ。
「おう。気ー付けてな」
「ありがと。お土産持ってくるからね」
ほんの2年前まで一緒に勇者ごっこをしていた幼馴染は、風の音と共に姿を消し、世界を救う為にまた旅立った。
毎度の事ながらイズミを見送るとどうしようもない無力感がシロウを襲う。
「爺ちゃん、俺も――」
俺もイズミを助けられるように――、とかそんな台詞が浮かんだが、口にするのも烏滸がましく感じたので、彼はそこで言葉を止めた。
ゼルもそれを察したようで、ポンとシロウの肩を優しく叩く。
「あの子は特別だ。それに、一緒に戦う以外にもお前にしかできないことはあるじゃろう?」
「……俺にしか?」
考えてみはしたが特に何も浮かばない。
少しして呆れた様にゼルは口を開く。
「あの子の帰る場所じゃ。お前以外はなりえんじゃろ」
シロウはいまいち納得しきれない表情で首を傾げる。
「……そうかなぁ」
「ともあれ、まずは草の選別くらいは負けられんのぉ。ほれ、森行くぞ。カゴ持て!」
「……へーい」
◇◇◇
それから3年――。
シロウは薬学も調合も人並みに出来るようになった。
その3年でイズミは伝説の勇者としての名声を欲しいままにし、この度国家間を超えた英雄『四極天』と言う称号を授与されることとなった。
気恥ずかしさからかイズミからその話題を振ることは無く、結果ゼルの死後までシロウがそれを知ることは無かった。
ゼルからもその話をシロウにすることは無かった。
「それじゃ、シロウ。少し留守を頼んだぞ」
ゴホゴホと咳込みながら調子の悪そうなゼルを心配そうに見送るシロウ。
「……大丈夫かよ、爺ちゃん。お使いだったら俺行くぞ?」
「アホたれ。その間にイズミちゃんが来たら寂しがるじゃろ。お前は街にいろ」
ゼルはしばしば希少な材料の買い付けで街を離れることがあった。その間シロウは自炊をする事になるが、もう手慣れた物だ。
依然心配そうな顔をするシロウ。
「……無理すんなよな、爺ちゃん」
「ホッホッホ、出来た孫を持って儂は幸せもんじゃわい」
そう言って、ゼルは王都行きの馬車に乗る。
それが2人の最後の会話だった。
◇◇◇
数日後、王都への途中にあるとある街。
「お久しぶりです、大賢者様」
古びた屋敷でゼルを出迎える育ちの良さそうな少年。年は10歳ほどか。
「あぁ、ナイル。大きくなったのう……ゴホッ」
咳き込むゼルを心配するナイル。
「大賢者様!」
「心配無い。時は来た。……お前に儂の全てを授けよう」
ビシッと背を正し、ゼルの言葉に応える。
「はいっ!」
人払いがなされ、厳重に多重結界が張られたゼルの客室。
そこで術式は行われた。
ナイルは描かれた魔法陣の上に立ち、ゼルも魔法陣の上で術式を重ねる。
2人の身体を立体魔法陣が包む。
「よく聞け、ナイルよ。復活する魔王を倒せるのはお前しかおらん。儂は老いた。若いお主に全てを託そう」
「……はいっ!」
「魔力も、知識も、術式も、……記憶もな」
ニィっとゼルはほくそ笑む。
2人を包む立体魔法陣にパリッと一瞬稲妻が走ったかと思うと、次の瞬間ゼルは糸の切れた操り人形の様にゴトリとその場に崩れ落ちる。
ナイルは閉じた目を開き、目の前に崩れ落ちるゼルを見る。
まるでゴミを見るような目で。
「……っはは。はははははっ」
自身の両手を見て大笑いをする。
「成功だ」
その術式は転生術。
ゼルは死に、その記憶や全てはナイルの身体に引き継がれたのだ。
ナイルは何度か咳払いをして、声の具合を確かめる。
「あー、あー。よし……」
パチンと指を鳴らし結界を解くと、ドアを開けて声を上げる。
「だっ……誰かー!大賢者様が!はっ……早く!」
自分で言い終えて苦笑してしまう。
老いた身体を捨て、若く才能のある身体を得た。
だが、それで終わりではない。
彼が真に求める物……、それは不老不死の身体に他ならない。




