嘘つき
◇◇◇
「イズミ様、痛かったら言ってくださいね」
主の腹部に刺さった短刀を抜き、手当てをする百獣姫シアン。
「痛い」
イズミは眉を寄せて痛みを訴えるが、シアンは特に何ら変わることなく手当を続ける。
「そうですかぁ、でも我慢しててくださいね~」
「えっ、じゃあ何で聞いたの?痛っ、いたたた……」
シアンの城からだいぶ離れた森の奥の洞穴に一時身を隠している。
「ふーむ、血が止まりませんねぇ」
獄殺卿ヴィクリムも顎に手を当てて心配そうにイズミの傷口を覗き見る。
「あっ、ヴィクリム!何勝手にイズミ様のお腹見てんのよ、いやらしい!」
「そもそもイズミ様にもワタクシら同様に超速再生があるはずなのですが……、ちょっと失礼」
プンプン一人憤慨するシアンをよそに、ヴィクリムはイズミの右手をとると人差し指の先をチッと僅かに切る。
「痛っ」
小さく一滴血が滲むがその血を拭くと傷は既に塞がっている。
それを見てヴィクリムは首を捻る。
「ふむ」
彼の言うとおりイズミの身体はその高い魔力により、常人を遙かに上回る速度で治癒がなされる。
事実ヴィクリムが付けた右人差し指の傷は瞬時に癒えた。
だが、腹の傷は塞がらず未だに血が滲む。
「ふむふむ」
シアンが抜いた短刀をハンカチ越しに持ち上げると、目を細めてまじまじと眺める。
「ふむふむふむ」
次の瞬間、ヴィクリムはおもむろにその短刀でスパッと自らの腕を斬りつける。
「えっ、ちょっ!?」
シアンは驚きの声を上げ、ヴィクリムの腕からはダラダラと真っ黒な体液が流れる。
「ふむふむふむふむ」
斬った右腕をピッと振り血を払うと、既に傷は塞がっていた。
「イズミ様にのみ有効な術式が施されているようですねぇ。ワタクシの傷は塞がるが、イズミ様のは塞がらない、と。後は見たところ……」
顎に手を当ててじろじろとイズミの全身を舐め回すように見渡す。
「だからイズミ様をいやらしい目で見ーるーなっての」
「ウヒヒっ、見てませんっての。そんな恐れ多い。人間に感化されすぎてやしません?アナタ」
「うるさいな。そんで見たところ、何なのよ」
話の腰を折ったのはそっちでは無いかと思ったが、それを言ってもまたへそを曲げることは分かっているので、ヴィクリムはそのまま口を開く。
「封印、少し解けていません?」
イズミとシアンはきょとんとした顔で獄殺卿を見る。
言われてみれば、今まで2度暴走と共に出現した黒い翼をイズミは初めて自分の意志で動かした。
それは慣れから来るものかと彼女は思っていたが、ヴィクリムは封印が弱まったせいではないか?との見解のようだ。
ヴィクリムとシアンは共に腕を組み首を傾げる。
「街を探して治癒魔法でも試しましょうか……?」
イズミは2人を安心させるようにニコリと微笑む。
「ううん、平気。あっ、そうだ。私傷薬持ってるの。それを付ければすぐ治っちゃうよ、きっと」
ごそごそと手荷物を探り、いつかシロウから渡された傷薬を取り出す。
手のひらに乗る程の、さほど大きく無い金属製の缶に軟膏状の傷薬が入っている。
水魔法で傷口を洗い流し、薬を塗ると両手で小さくガッツポーズをする。
「ほらね?」
シアンは呆れ顔で溜息を吐く。
「ほらね?って……、全然普通に血が滲んでますけど。どうせその薬もシロウ君が作った物なんじゃないですかぁ?」
「えっ、……何で分かったの!?」
「ウヒヒヒ。兎に角、新しい城を探さないとなりませんねぇ」
「そうだね。どこかいいところあるかな~」
城を追われた形になったとは言え、3人は楽しげに次の根城を探す――。
◇◇◇
「何て事無ぇナマクラに見えるけどな」
左目を閉じ、右目を細めてナイルから預かった短刀を調べながらナシュアは言う。
「へぇ、君の目が節穴の可能性は?」
茶々を入れるハクをじろりと睨むナシュア。
「国家公認特級鑑定士の資格も持ってるんだが?」
「何でも持ってんな、あんた」
「ふふん、まぁな。取れる資格の類は粗方ジジイに取らされてるもんでね」
「見た目に寄らず脳筋じゃないよね、君って」
「ハハハ、褒めても屁しか出ねぇぞ?」
「……絶対出すんじゃねーぞ、おっさん」
実際殆ど罵倒寄りのハクの賞賛に照れ笑いをするナシュア。
あのナイルと言う少年の存在を知った時に感じた違和感……と言うか、しこりの様なもの。
ハクの言うとおり、ナシュアは最初の印象と違い驚く程万能だった。武力もあり、知識もあり、全資産を返上して一年も経たずに楽々魔導馬車を利用する程の富を産むことも出来る。
人柄もサッパリとした性格で、イズミの為に自身の全てを投げ打つなど義理にも厚い。ユニコーンにも懐かれる。
そして、大賢者ゼルの最後の弟子ナイル。
――ナシュアじゃダメだったのか?
きっと、これが俺の感じた違和感の正体だ。
イズミを救う、と言うならこれ以上無い人選の筈だ。何より、幼少期に拾い、長い間培った信頼関係も有るはずだ。
可能性の一つとして考えられるのは、彼が一切魔法を扱えないと言うことだろう。
だが、それも『知の極地』カルラの助力を得れば解決するんじゃないのか?
今の俺の魔法練度では、大賢者ゼルと知の極地カルラと最後の弟子ナイルの間にどれほどの力の差があるのかも分からない。
少なくとも、一つ言えるのはイズミを救う為の方策なら俺かナシュアに託しているはずだ。
これは過信で無く、確信だ。
だから、この短刀はやはりイズミを救う為の物では無い。
「ナシュア、ハク。多分……嘘吐きの正体が分かった」
確信に満ちた俺の声に、ナシュアも……意外にもハクも驚きの声を上げなかった。
口にする前にもう一度考えてみる。
一度そう思うと、もうそうとしか考えられない。
「嘘吐きは、大賢者ゼルだ」
爺ちゃんだ、とは言いたくなかった。
何の為にかも分からない。
だが、確実に何かの意図を持って俺達を誘導しようとしていたように思えてしまう。
最悪ナシュアに殴りつけられる位は覚悟しての発言だったが、彼は腕を組んで憮然とした表情をしていた。
ナシュアにも思うところはあるようだった。
そして、彼は俺よりもずっと爺ちゃんとの付き合いが長い。
「……殺すならよ」
ナシュアは言葉を止め、一度目元を押さえると腕を組んだまま天井を仰ぎ言葉を続ける。
「殺すなら、イズミの中の魔王が目覚めた9年前のあの時に殺せたんだ。……だから恐らく、ジジイには何か別の意図があった。救うでも、殺すでもない別の何かがよ」
俺はナシュアの言葉に首を横に振る。
「いや、違う。意図が『あった』んじゃなく……意図が『ある』んじゃないのか?」
揚げ足取りにも聞こえるその訂正にハクもナシュアも眉を寄せる。
「……どう言う事?」
何故か頭の中では、俺にオムライスを作ってくれた爺ちゃんの笑顔が浮かんだ。
一度息を吸い込んで、口を開く。
「嘘吐きの嘘は一つとは限らない。もしかして……」
爺ちゃんが死んで、森で草をむしる俺とその前にしゃがんでいるドレス姿のイズミ。
「もしかして、大賢者ゼルは死んでいないんじゃないか?」




