最期の言葉
◇◇◇
「さて、お待たせしてすみませんでした。先日お話はしましたが、初めまして。ナイルと申します」
商業都市アルバ一の高級宿の最上階に俺達3人は案内される。
室内にはナイル1名のみがいた。
「他の2人は?」
挨拶もせずに疑いの眼差しで室内を見渡すナシュアにニコリと微笑むナイル。
「外してもらっています。弟子水入らずの方がいいかと思いまして」
「えっ、じゃあ僕も出て行った方がいい?」
自分を指差しながらきょとんとした顔で言うハク。
「いや、構わんだろ。そのガキが勝手に言ってるだけだ」
見るからに高級そうな椅子を乱暴に引き、ドカッと勢いよく座り足を組むこの部屋一番の年長者に白い目を向けて俺も椅子を引く。
「感じ悪っ。あ、ご挨拶が遅れまして。俺はシロウ・ホムラ。こっちの白いのがハク。その態度が悪い大人がご存知元四極天のナシュアっす」
「これはご丁寧に」
歳は多分ハクの見た目年齢と同じくらいだろうか?ニコリと人懐っこい笑顔を俺に向けるナイル少年。
「あのさ、疑ってるわけじゃないんだけどさ。君爺ちゃんの弟子なんだろ?俺9年前に拾われてるんだけど、君いくつなの?」
「ガハハ、もろくそ疑ってんじゃねぇか」
場を纏めるべき長兄ともいえる年長者から有り難い野次を頂く。
「いや、だってそうだろ。気になるじゃん。一度も会った事無いし、話も聞いた事無いし」
「そう仰られると思ってギルド証と出生届を持参してます」
ニコニコと笑顔を絶やさずに傍らに置いた鞄から書類を取り出す。
ナイル・アルレイン。13歳、等級は黄色。職業は『魔道士』。
13歳って事は、9年前は4歳。
自信満々に出してくるから20歳とかもっと上の辻褄の合う年齢
かと思いきや、見た目通りの13歳。いや、見た目はもう少し幼くすら見える。
「しょぼっ、黄色かよ」
大人気なくこの部屋で一番等級の低い年長者はナイルを煽るが、今この部屋では黄等級が一番高い等級な事に気が付いているのだろうか?
ナイルはナシュアを無視して俺を見る。
「きっと疑っていると思うので、正直に言いますね」
そう言うと指を2本立てて言葉を続ける。
「僕が師に会ったのは2度だけです。9年前と、4年前』
「はっ!ほら見ろ、やっぱり偽物じゃねぇか」
ナイルの一言一言を拾って野次るナシュアに呆れ顔のハク。
「君少し黙ってなよ、もう」
「あ、いいんですハクさん。ただのヤキモチですよ。大好きなお爺ちゃんが取られちゃうって言う」
「あぁ!?誰がクソジジイにヤキモチ妬くんだよ、気持ちわりぃ!」
2回しか会っていないという事は大賢者クイズ大会は開催不能と言うことだ。何となく残念な様なホッとしたような。
「9年前って事は君4歳だよな?俺も9年前に拾われたんだけど」
「勿論存じてます。カカポ村の惨劇ですよね?僕はその2ヶ月前程ですね。王都の近くにある僕の住む街を師が訪れました」
「理由は?」
仏頂面で腕を組みながらナシュアが問う。
「理由?勿論僕に会いにですよ。こう見えて神童って呼ばれてまして、その評判を聞いて来たと仰っていました」
「あー、はいはい。神童も二十歳すぎればただの人、って言うから何の参考にもならねーな」
また茶々を入れるナシュアを見て悲しそうな顔をするナイル。
「……なる程、勉強になります」
「何で俺見て言うんだ、てめぇ」
そして、その時にナイルは大賢者ゼルから告げられたそうだ。
魔王を封印する為の手助けをして欲しい、と。
そして、1ヶ月ほど滞在して爺ちゃんは町を離れたらしい。
偶然にして、カカポ村襲撃の直前と言える。
「じゃあ4年前は?」
爺ちゃんが死んだのは4年前――。
王都に向かうと言って俺に留守番を任せ、その道中で病没したと聞いている。埋葬は爺ちゃんの故郷の村にすると言っていたが
、その前に棺は俺の住むグズーリの街にも戻ってきた。
あぁ、独りになってしまったんだと思い、葬儀にも出ずトルイの森で草をむしっていると、煌びやかなドレスを着たイズミがいつの間にか目の前に立っていた。
後から知った所、四極天の任命式典を抜けて来たようだった。
下を向いて草をむしる俺の前にドレス姿でしゃがんだまましばらくそのまま黙っていた――。
「4年前はいつ会ったんだ?」
「師が病没する直前、王都に向かう途中です。5年掛けて完成させた、魔王を封印する術式を受け継ぐ為です」
これもまた偶然にして爺ちゃんの死の直前だ。
そして、その5年とやらはほぼ丸々俺が爺ちゃんといた時間だ。
きっとそれは偶然なんかじゃない。
「もしかして……」
いつの間にか手に力が入っていたので、一度開くと軽く汗ばんでいた。
――爺ちゃんはその為に俺を拾ったのか?
口に出かけて咄嗟に飲み込む。
一瞬センチメンタルな言葉が浮かんだが、すぐに掻き消す。
魔王を封印する為の何等かのピースとして、俺を拾い育てた。それで良いじゃないか。きっと他の家に引き取られるよりずっと幸せだったし、そもそも誰かが引き取ってくれる保証が無い。
逆に言えば、俺の中に魔王をどうにかできる可能性がある何かがあるってことだしな。それはそれで喜ばしいことだよ、うん。
「シロウ、……平気?」
ハクが心配そうな目で俺に声を掛けたので、そこで初めて自分が悲しそうな顔をしていたことに気がついた。
「ん、あぁ。平気も何も何でもない。んで、その術式とやらはどうなんすか?うまくできてんすか?」
ナイルはコクリと一度頷く。
「勿論。……実は、今日2人に外して貰ったのには理由があります」
ナイルは手荷物をごそごそと探り、一本の短刀を取り出して机に置く。
「この短刀に、師から託された術式が刻まれています」
その言葉で室内の空気が変わる。
「触って平気?」
「はい。是非手に取ってみてください。イズミさん以外にはただの短刀でしかありません」
ハクが少し心配そうな顔で俺を見るが、構わず短刀を手に取る。
鞘から抜くと真っ白な刀身に何等かの術式が刻まれている。
刃の裏や、鍔、鞘の中も覗いてみる。
その様子を眺めた後、ナイルは口を開く。
「その刃でイズミさんに触れる事で術式が発動し……、彼女の中の『魔王の権能』のみが封印されます」
「……って事は!?」
ハクがハッとした顔で俺を見る。
ナシュアは腕を組んだまま黙っている。
俺はジッとナイルを見て次の言葉を待つ。
ナイルはコクリとうなずく。
「はい。イズミさんは死なずに吸命は止まります」
「本当!?」
「へぇ。出発の時に爺ちゃんから聞いた話と違うな」
ハクの喜びの声を遮るように俺は水を差す。
「爺ちゃんは言ってたぜ?これはイズミを殺す為の術式だ」
努めて無表情に、冷静に。
もちろん嘘だ。嘘というか、ハッタリだ。
ハクは今度は驚いた顔で俺を見ている。中々に忙しない奴だ。
ナイルは困った顔で首を傾げる。
「そんなはずは無いのですが……。この術式は間違い無く大賢者ゼルの遺した封印術です。僕も何度も検証しましたから」
ナイルは確信を持っているようだった。
それは爺ちゃんへの信頼とか、術式への確信というよりも、俺が嘘を吐いている事への確信だ。
たった2度会っただけの大賢者の言葉と、大賢者と何年も暮らしていた俺の言葉が天秤にも掛からない程の確信。
神童とも呼ばれるとそう言うものなのかも知れないが、そこに強烈な違和感を感じた――。
◇◇◇
「あ、最後に一つ」
絶対に使わないが短刀を預かり、去り際に俺達を引き留めるナイル。
「師の最期の言葉です。ナシュアさん、『あの日の路地でお前に会えた事は儂の人生で最も幸運な出来事だ』、と」
「……嘘臭ぇ」
そう言いながらも満更でない様子のナシュア。
「そして、シロウさん。『子のような、孫のような二つの気持ちをありがとう』、と」
――人は真実かどうかでは無く、自らの信じたい言葉を信じる。
部屋を出る俺達をナイルは笑顔で見送った。




