寝ぼけた事言ってんなよ
◇◇◇
「おい。シロウ。交代だよ。起きろ」
白蛇に顔をバシバシと叩かれて起きる。時計を見ると夜中の2時。
「あざーっす、白蛇先輩」
大きなあくびをしながら背伸びをするが、白蛇のハクは白い目で俺を見る。
「変な呼び方してないで早くイズミと替わりなよ。交替で鍋見るんだろ。……全く、何でイズミがわざわざこんな事を」
白蛇のハク先輩がブツクサ言い始めたが、無視して工房へと向かう。
工房ではグツグツと煮えたぎる釜の横に椅子を出して、涼しい顔で足を組んで本を読んでいるイズミがいた。
「おっす、替わるよ。つーか、年頃の女の子が足組むなよな」
イズミはチラッと俺を見て本を閉じる。
「別にいいでしょ、誰もいないんだから」
「……そう言う問題じゃねぇ。そもそも俺がいるだろ。俺の家だ」
「へぇ、気にするんだ」
何やらニヤニヤとされたので、呆れ顔でため息をつく。
「気にして欲しくなきゃ気にしませんが?」
「あ、嘘。別にもう少し眠ってていいのに。私夜起きてるの特に苦じゃないから」
「夜寝すぎると昼間暇なんだよ、謹慎中だからさ」
「あはは、そっか。ならお言葉に甘えようかな。ベッド借りるね」
「は?泊まるの?」
「え?ギルメン資格失効したいの?」
謹慎中って自分で言っておいてすっかり忘れていた。俺今一人で草を煮る事もままならないんだった。
「いえ、お頼み申し上げます」
深々と頭を下げると勇者イズミは満足した様子で腕を組み頷く。
「ん、くるしゅうない」
尊大な勇者様を後目に高濃度ポーションの抽出を眺める。高濃度と言っても、グッと回復するとか即時全回復するとか、不老不死になるとかそう言うのでなくてただ草が濃いだけだが。
「とりあえず3倍くらいでいいかねぇ」
「私に聞いてる?」
俺の横で瓶を眺めてイズミが言った。
「白蛇寝てるからお前しかいないだろうよ」
「ハクは昼型だから。本来蛇は夜行性が多いんだけどね、まぁ蛇って言うか神獣だから」
「あっそ。まぁいらん情報だな」
「ふふ、仲良くしなよ」
「あいつにそのつもりがあるならな。で、何倍?」
ピチョン、ポチョンと抽出される液体を眺めながらイズミは考える。
「うーん、3倍……かぁ。いっそもっと濃くていいでしょ。どうせ草余ってるんだからさ。ドンと10倍とか」
確かに。それに売れ残ったら10倍希釈すれば普通のポーションにでもすればいいだけだ。
「じゃあ10倍にするか」
ギュッとツマミを絞って濃さを調整する。
「売り文句は?」
「目覚めすぎてあの世行き?!脅威の苦み10倍ポーション!」
イズミはクスリと笑う。
「ふふ、怖いもの見たさで1度は買ってみたくなるかもね」
「つーか、原価率から考えても値段10倍だけどな」
◇◇◇
日が昇る頃抽出は終わり、後は瓶に詰めて蓋をするだけとなる。
「お疲れ様ぁ~」
結局イズミは寝ずに本を読んだり世間話をしたりしていて一睡もしていないのだが、苦にならないとの言葉通りあまり眠そうではない。
「おつ~。取り合えず余った草の廃棄は免れたな。あ、もしかして瓶詰めも一人でやっちゃまずい感じか」
「うん、勿論。監督が必要だね」
「もし時間あったらチャチャっとやっちゃいたいんだけど、今日はまだ仕事平気なんだよな?」
「ぅん、平気だよ」
ん?長年の勘で、なんとなくイズミの返事に違和感を感じる。
「なぁ、勇者イズミさん。もう一度だけ聞くけどさ。今日は呼ばれてないんだよな?ジーオって人にさ」
「ょばれてない……よ?今日は」
え、ちょっと……。まさかマジかよ。
俺はイズミをジッと疑いの目で見る。
「まさか俺に嘘ついたりしないよね?する?」
イズミは首を横に振る。
「嘘なんてついてないよ。”今日は”呼ばれてない。あはは、ほら早く瓶に詰めちゃおうよ」
そして、そのまま無言でジッと見ていると目を逸らして小声で呟いた。
「……今日は、まだ呼ばれてないもん」
今日は、って。まだ日付が変わって二時間だぞ!?
「昨日は?つーか、幻獣探索だっけ?見つかったのか?」
ジッと睨む俺から目を逸らしてイズミは口を尖らせる。
「……そんなにいっぺんに聞かないでよ」
「いや、聞くだろ。アホか、お前?草煮てる場合じゃねーだろ?仲間が困ってんだろ?命がけで戦ってんだろ?何戻ってきてんだよ」
「命は懸かって無いもん。幻獣探しだから」
「イズミ」
イズミはムッと口をへの字にした後で言い辛そうに口を開く。
「……だって、私のせいで」
成る程。俺の資格停止に責任を感じての蛮行と言う訳か。大きくため息を吐いて、作り立ての10倍高濃度ポーションをイズミに差し出す。
「寝ぼけた事言ってんなよ。飲め」
イズミは泣きそうな目で俺を見つめ、ポーションを受け取るとそのまま勢いよくグイっと飲む。
ゴクゴクゴクと息もつかずに一気飲みをする。
最後の一口をゴクリと飲むとプハーっと息を吐き、慣用句で無く苦虫を噛み潰したような顔で舌を出す。
目は涙目だ。
「苦い」
「目、覚めたか?」
「うん、ありがと」
「なら早速行こうぜ。誰か知らないがジーオって人も困ってるだろ」
急ぎ外出の準備を始める俺を見てきょとんとするイズミ。
「え、行こうぜ……って?」
「元々お前が悪いとは言え、俺の迂闊さにも原因の一端があるからな。迷惑をかけた詫びを入れないとならんだろ」
そう聞くとイズミは急にぱあっと明るい顔になる。
「シロウも来るの!?本当!?ハク!起きて!いつまで眠ってるの!」
急に元気になり、眠っている白蛇の尻尾を引っ張り無理やり起こす。
「あああ、おあよういずみ。なに?けっきょくいくの?うん、まあそれがいいよ」
蛇の癖に大あくびをする白蛇のハクは寝ぼけ眼だ。
「ところでどこで幻獣探しなんてやってるんだ?遠い?あぁ、その日のうちに帰ってきてるからそんなに遠くないのか」
「うん、ハク」
「全くもうやれやれだよ。ずっとジーオとノワからせっつかれてたんだから」
そう言ってまた欠伸をしたかと思うと、風魔法を使って宙に浮き、しゅるりと自身の頭と尾を絡める。すると、そこには鏡の様に異空間が繋がる。
「うおっ、……なにこれ?」
「んー、詳しい原理はわからないけど。空間転移?ハクとジーオの神獣が繋がってるの」
「マジか」
唖然と空間を眺める俺をハクは白い目で見て苦言を呈する。
「ボケっと見るな。見世物じゃないんだよ。ほら、イズミも早く。おなか減るんだよ、これ」
ハクとは対照的にニコニコと答えるイズミ。
「ねぇ、ハク。シロウが一緒に謝りに来てくれるんだって」
「はぁ!?必要?その行為?」
イズミは満面の笑顔で俺の手を掴み、ハクの異空間へと手を伸ばす。
「シロウ、行こっ」
イズミが鏡面に触れると、次の瞬間、俺たちの目の前には金髪の青年が立っていた。
「遅い!イズミ、一体君は何をやっているんだ。もっと勇者としての自覚を……」
と、言う途中でイズミの横に手をつないで立っている俺に気づき眉を寄せる。
「……誰かな?」