あの日の夜の様に
◇◇◇
魔物には夜型の生活習慣のものが多い。
それは千年以上昔に魔王と人間の王が結んだと言う盟約がまだ活きているからなのだろう。
相容れぬなら世界を半分に。昼は人間、夜は魔物と、世界を分けると言う盟約。
元々上位の魔族には睡眠を必要としないものも多く、彼らにとって睡眠とは暇つぶしや時間つぶしの一種であり、夢を見るための手段でしかない。
だが、『人間』としてイズミは夜眠る為、シアンの居城も夜は眠ったように静かになる。
イズミも、シアンもそれぞれの部屋で眠りにつき、ヴィクリムは居室で料理本を読んでいる。給仕が高じて最近のブームは料理を作る事であり、イズミの食事の中で毎日1品は彼が作る事にしている。
かつては『産地に拘りを持つほど』の人間好きであったが、イズミがそれに嫌悪感を抱いているのを知って以降はそれを止めた。曰く、『珍味程度の感覚』だった為、本人はさほど気にしていない様子だ。
「ウヒヒヒ、明日は何を作りましょうかねぇ」
太陽は未だ地平の下にいて、間もなく頭を覗かせようと言う時間。
ヴィクリムの居室にあった『綻び』がぐにゃりと歪む。
『綻び』とは、シアンが何気無く行っている空間転移の出現先に残った痕跡。
それは城の至る所にある。
ヴィクリムの部屋と同時にシアンの居城の至る所にあった全ての『綻び』がぐにゃりと開くと、その全てから圧倒的な熱量を持つピンク色の焔が轟音と共に城中に猛烈な勢いで放たれる。
焔は壁を突き破り、付近にいた魔物を焼き尽くし、闇夜の城内を煌々と照らした。
◇◇◇
「強すぎるからさ、逆に利用される事なんて考えた事もないんだよ、きっと」
アルバの高級宿の人払いをした一室。
ジーオ、カルラ、ナイルの他に屈強な冒険者が7人、壁沿いに立っている。
ほぼ最大出力で魔法を放ち、その表情に疲労を色濃く浮かべてカルラは呟く。
「今までシアンが移動の時に使った『綻び』を読んで、繋いで、こっちから開けた。……ごめん、後はよろしく」
そう言って掌をジーオに向けると、ジーオはパンと力強く叩く。
「あぁ、任せてくれ。……準備はいいかい?」
ジーオの言葉に7人は『おう』と声を上げる。
口の堅い、腕の確かな冒険者を7人作戦に引き入れた。
金等級が3人、銀等級が3人。そして、白銀等級が1人。
最低でも城内には四天王が2人いるのだ、幾らなんでもジーオ1人では手が足りない。
そして、腕が立つと言っても当然ジーオやカルラ、ましてや四天王とは比べるべくもない。言い方は悪いが、彼らは『捨て石』であり、ジーオも恐らく彼らも暗黙にそれを承知している。
世界を救う為の犠牲。
彼らの正義感は、それを受け入れた。
装備を整え、封印の短刀を携え、ジーオはカルラが作った『綻び』に近づく。
ジーオは一番イズミがいる可能性の高い最上階の居室へ、他の7人は四天王の足止めが役目だ。
「……四極天全員いれば楽勝だったかもね」
帽子のつばを深く被りカルラはそう言うが、ジーオは何も答えなかった。
そして、『綻び』を開きジーオ他7名の決死隊はシアンの居城へと突入する――。
◇◇◇
明け方近く、強大な魔力とズズンと言う振動を感じてイズミは目を覚ます。
「シー、ズー。平気よ」
枕元で震える2匹のコズミラを撫でて落ち着かせる。
シーとズーとは2匹の名前のようだ。
シャっとカーテンを開けて外を見るとまだ暗い。空の端が仄かに明るくなってきているが、まだ夜と言っていい。
そして、城内から鮮やかなピンク色の焔が噴き出しているのが見えた。
「……あの焔は、カルラの」
不必要に鮮やかなピンク色の焔はかつての仲間『知の極致』カルラの専売特許。
如何なる手段かはわからないが、カルラならこの辺境の地を探知して来る事もやりかねないとイズミは一人納得する。
視線の先で、もう一度ピンク色の焔がボンと窓を突き破り吹き出すと、また地鳴りの様に建物が揺れた。
ぐにゃりと空間が歪み、シアンが現れる。
「イズミ様~、ちょっと信じがたいけど敵襲です。速やかに排除するからお部屋から出ないでくださいね」
「待って!」
再び空間を歪ませて消えようとするシアンを呼び止めるイズミ。
「……友達なの」
シアンは呆れ顔でため息を吐く。
「向こうもそう思ってたらこんな事しないと思いますけど」
泣きそうな顔で自身を見つめる主を見て、諦めてコクリと頷く。
「わかってますって。命までは取りませんから」
ニコリと微笑んでシアンが歪みに消えた直後、もう一度大きな地鳴りがしたかと思うと城中をピンク色の焔が襲った。
イズミの脳裏をカカポ村の最後の夜がよぎる。
俄かに階下が慌ただしくなり、気が付くと身体が震えていた。
掌の中でコズミラが心配そうにイズミを見上げていたので、力無く微笑む。
「大丈夫。……大丈夫だから」
ベッドに潜り込み、逃避するかのように頭まで隠れる。
暗い部屋で一人、布団の中で震えながらイズミは願う。
有り得ない妄想だけど、あの日の夜の様に――。
願った矢先に三度目の地響きが城を襲う。
◇◇◇
ジーオと7人の決死隊はシアンの居城に侵攻を開始した。
空間の綻びを通り、遠く離れた敵地へと乗り込む。今までは神出鬼没に現れるシアンに翻弄されるままだったが、それを逆手にとっての奇襲だ。
カルラによる三度の攻撃で、敵がどの程度状況を把握して、どの程度残っているのかはわからないが、元より数はさしたる問題ではない。四天王がいるかいないか、なのだから。
イズミの居室の候補は二つ。
だが、二手に分かれる意味は無い。
「上だ。向かうぞ」
「おう!」
彼らの目的はただ一つ。
ジーオを魔王の元へと送り届ける事だ。その為に一丸となって魔王の元へと向かう。
先頭を走るのは金等級の剣士クウザ。
弱冠18歳にして金等級に至った気鋭の剣士だ。
師から託された名刀を左手に持ち、周囲の警戒を怠らずに階段を駆け上がる。
階段を駆け上がり、瞬時に左右の確認を行うとまた前に進む。
――但し、彼の左足以外。
「……クウザ!」
後列からの切迫した呼び掛けに振り返る。
「どうした!?」
振り返ったクウザが目にしたのは、ジーオ達7人と、何事も無いようにそこに立つ見覚えのある左足だった。
ハッと青ざめて自身の足を見ると左足が無い。
でも立っている。
つい直前まで走っていた。
「何だ……」
次の瞬間、ゾクリと嫌な予感がして振り返るとそこには彼の首から下があった。
血も出ていない。
右手を動かしてみると普段より少し遠くに見える右手が事も無く動いた。
「朝食のメニューを考えていたんですがねぇ」
どこからともなくヌッと姿を現すボロボロの服を纏った小柄な男。
四天王の一人、『獄殺卿』ヴィクリムだ。
カルラの焔の直撃を受けた為、ご自慢の燕尾服はボロボロに焼け焦げている。
いつもの不気味な笑い声も影を潜め、真顔で一団を眺める。
「レシピ本が無いと何を作ったらいいのかわからないんですよ」
ヴィクリムはゆっくりとクウザに近づく。
全く原因不明の攻撃を受けながらも金等級の意地を見せて左手の剣を振るうクウザ。
ヴィクリムは無表情にその手を払うと、左手はそのまま身体からずれて地面に落ちる。
「行けっ!」
クウザの必死の叫びと共に、7人はヴィクリムへ……その先へと向かい駆け出す。
「……やれやれ、何百年経ってもあなた方は変わりませんねぇ」
ヴィクリムは大きく深くため息を吐いて、楽団の指揮者の様にゆっくりと両手を上げる――。




