明朝、明け方近くに
◇◇◇
「シロウに会ったの!?何でシアンが!?」
シアンが城に戻り森での出来事をイズミに話すと、イズミは血相を変えてシアンに詰め寄った。
「何でって、お手紙出したのイズミ様でしょ?律儀にも手土産持ってシェリーの森まで来たみたいですよ。蛇ちゃんと一緒に。女の子の姿でしたけど」
わざと不安を煽る様に口元を隠しながら意地悪そうに笑うと、イズミは目に見えて落ち込んでしまう。
「あっ、大丈夫ですって。全然そう言う感じじゃなかったですって。デキてるとかそんなんじゃ」
イズミを安心させようと弁明をするが、彼女は首を横に振る。
「……せっかく来てくれたのに。悲しい思いさせちゃったなぁ」
イズミの部屋をチョロチョロと動き回る2匹のコズミラ達はチーズの匂いに駆け寄って来て、イズミはクスリと笑う。
「シロウからお土産だって。食べよ」
2匹のコズミラは喜びの声を上げ、その光景を微笑ましく見守るシアン。
「あっ、そうそう。そのシロウくんから言伝を預かってるんですが」
「えっ!?……っと。どうせ『イズミによろしくな』とかそんな感じでしょ?」
一瞬喜んでしまった後で、予防線として自ら期待値を下げてシアンをチラリと横目で見る。
その様子を見て満足気に微笑みながら、少し間を置いてシアンは口を開く。
「『愛してる』って」
イズミは目をまん丸くしたままシアンを見て固まる。
顔は真っ赤だ。
数秒後に我に帰ると、真っ赤な顔を隠すようにプイッとそっぽを向く。
「……嘘。絶対嘘。シロウがそんな事言うわけ無い」
ニマニマと笑いを堪えながらそっぽを向いたイズミの顔を覗き込もうとするシアン。
「返答はそれでいいです?」
イズミはシアンから逃げるようにくるりと回り、シアンもイズミを追う。
クルクルとその場で回る二人を廊下の向こうから眺める獄殺卿ヴィクリム。
「……何やってるんですかねぇ」
何周かした後でイズミはようやく回るのを止めてシアンの服の袖を掴み、じっと顔を見る。
「わっ……」
言いかけてまた下を向き、ぼそりと呟く。
「……私も、って」
勇気を絞ったイズミの言葉を待ってましたとばかりの笑顔でシアンはイズミの手を取る。
「すいません、間違えました。『イズミによろしくな』でした。えへへ、うっかり」
イズミは顔を上げて涙目でシアンを睨む。
「知ってる!最初から知ってるもん!バカ!シアンのバカ!」
「えへへ、ごめんなさいって言ってるじゃないですかぁ」
怒りか何かで顔を真っ赤にする主から小走りに逃げるシアンは、角を曲がった所でまた思い出した様にひょこっと顔を出す。
「イズミ様は『俺が助けに来るのを待ってるんだ』、って」
それだけ言うと角を曲がりいなくなり、廊下には無意識に口元の弛んでいる魔物の王が一人いた。
人里から遠く離れた秘境アシッディア高地の奥深くに存在する、魔王四天王の一人『百獣姫』シアンの居城は今日も平和だ。
◇◇◇
「アシッディア高地には、500年程前迄は人が住んでいたようですね。カルラさんが探知した『綻び』の繋がっている先は、かつてこの場所に存在したクアッガ王国の城と一致します。恐らく、百獣姫シアンはそこを居城にしているのでしょう」
机の上に現代地図と古地図を並べて、『最後の弟子』ナイルは解説をする。
高級そうな椅子に深く座り、腕と足を組みながらカルラは呆れ顔で地図を眺める。
室内なので、トレードマ―クの黒いとんがり帽子は被っていない。
「その辺境中の辺境からここアルバ迄魔導馬車を使ったとしてもどのくらいの日数が掛かるのか想像できないけど、その距離を一瞬で移動できるって流石にズルすぎだよねぇ」
くるりと指を回して机に置かれた飲み物を口へと運ぶ。
「ま、でも便利さと危うさは紙一重って改めて教えられたけど。魔法陣の一般公開はもう少し先になりそうね」
ジーオは椅子に座らずに机の傍らに立ったまま腕を組んで険しい顔で地図を眺める。
×印の付いた場所は百獣姫シアンの居城。
恐らくそこに魔王イズミもいるだろう。
「今完全に封印が解けていない状態で魔王の吸命がどの程度の効力を発揮しているのか、正確に確かめる術は無い。知恵の樹に残された記述によると、且つては魔王が村に訪れただけで多くの死者が出たようだが……」
「でも確実に縮まるんでしょ?」
カルラが口を挟む。
「封印されている状態だって少しは吸ってたんでしょ?少なくとも9年前に一段階解けているんだから。能動的に制御できない以上、あの子には悪いけど四天王は放置で魔王を封印が間違いなく最適解よ」
ジーオはため息を吐く。
「わかってる。……かつての友と、民の……世界中の命を天秤にかける程愚かじゃないさ」
「例えば吸命が現状一人一年程度だとしてもですか?」
程度、と言う言葉が気に障ったようでやや不機嫌そうにジーオはナイルを見る。
「一人一年だとしても、だ。人の命に軽重は無い」
ナイルは満足気にコクリと頷く。
「手心を加えるおつもりが無さそうなので安心しました。城の間取りの確認は済んでますね?」
クアッガ王国の王城であった頃の設計図面も机に並んでおり、居室として使われていそうな部屋のリストアップも既に完了している。
「魔王イズミを保護下に置いた後、大賢者ゼルはその魔力や彼女を縛る封印術に付いて検証を重ねたそうです。主属性は闇であり、その身と魂を三つの封印術により縛られていたと聞いています」
ナイルは荷物袋から一本の古びた短刀を取り出す。
ナイフよりは少し長い、肘から指先程の長さの古びた短刀。その刃には古代文字で記号と術式の様なものがびっしりと彫られている。
「魔王を封じられるのは闇の対である光の属性のみ。この刃にはわが師が死の直前まで研鑚を重ねた秘伝の術式が彫り込まれています。この刃で魔王の心臓を貫けば――」
――吸命をも阻害して、魔王は命を落とす。とナイルは続けた。
「待った」
カルラの横やりをきょとんとした顔で見るナイル。
「何か?」
ジッと疑いの眼差しでナイルを見据える。
「転生も無しで、って事?」
カルラの毒気を削ぐように、ナイルはニコリと微笑む。
「それはわかりません」
「……わからないって。あんたそんな無責任な」
「それでも、差し迫った魔王の危機からは脱することが出来ます」
「その術式があんたの説明通りの効果を発する保証は?」
「……僕ごときに師の術式の保証なんて大それた事が出来ると思います?」
カルラは大きくため息を吐く。
「気に入らない」
ぼそりと呟き、ピッと指を立てる。
帽子掛けからフワッととんがり帽子が浮かびカルラの頭に乗り、きゅっとつばを少し引く。
「でも、現状他に手は無いから。あんたはともかく、ゼルを信じるわ」
覚悟を決めたカルラの表情を見てジーオもコクリと頷く。
「決行は明朝明け方近く。……世界の為に、魔王イズミを討つ」




