魔導馬車、海を渡る
◇◇◇
『俺の財産は俺自身だ』
その言葉通り、意外にもギルドにあるナシュアの口座には俺の口座とは比べるべくもない桁違いの金額が預けられていた。
「ただ家柄に頼った貴族サマならともかく、俺様は自分の武と知で地位も財産も築いたんだぜ?金なんざいくらでも生まれるっつーの」
得意げな笑みを浮かべるナシュアを冷ややかな目で見る。
「……加担する前に一応聞くけど、合法的な手段で得た金銭なんだよな?犯罪行為じゃないよな?」
「次聞いたらお前泳いで行けよ?」
「僕は?蛇になったほうが良い?」
「いや。小僧と馬車に2人きりって絵面がキモイからな。そのままでいいぞ」
「やったぁ」
ハクは少女の様に飛び跳ね、白い髪を揺らす。
王都に向かい、超高額な魔導馬車の乗車券を3枚購入する。してもらう。
王都クアトリアから海を渡り、商業都市アルバまで本来陸路と海路を乗り継いで一月はかかる所、魔導馬車なら3日程度で着くそうだ。
馬車の広さは通常の乗り合い馬車3つ分と言った所か。先頭に動力部がありそこに御者が乗る様だ。基本的には術式で運転が行われる為自動運転ではあるが、有事の為に魔導馬車に精通した技術者兼魔道士が乗り込んでいる……らしい。
馬車内はトイレや水道もあり、少し豪華な扉で仕切られた向こうには二段ベッドではあるがベッドが二つ用意されている。この魔導馬車は4人乗りのようだ。
価格からもわかるように原則上流階級向けなので、狭いながらもソファなどの調度品もしっかりしており、飲み物や食べ物もかなり余裕を持って積まれている。
「因みにこれもカルラの発明な」
ドカッとソファに腰を下ろし、すぐさまワインの栓を抜くナシュア。
「マジか。知の極致ってのも納得だな。じゃあきっと魔法陣を開発したから、一般公開したって感じか?」
「うん、確かそんな時系列だったと思うよ」
知の極致、技の極致、武の極致、……人の極致。且つて四極天と呼ばれたイズミ達4人に振られた二つ名。
「なぁ、ナシュア。四極天の二つ名ってのはもしかして爺ちゃんが決めたのか?」
俺の憶測にナシュアは満足気な顔でワイングラスをグイっと飲み干す。
「正解。よくわかったな」
「……今になって考えると、イズミにわざわざ『人』の極致って付けてるのがそう感じた」
人で無いから、殊更に『人』を強調するような。
ただの歪んだ邪推かもしれないけれど。
「美の極致とかの方がよかったって?あはは」
ナシュアと反対側のソファに身体を沈めケラケラと笑うハク。
「いや、流石にあの胸で美の極地は言いすぎだろが」
「あっ、僕絶対イズミに言うよ今の」
「がはは、言え言え。特に問題ねぇ」
豪快に笑うナシュアを他所に客室内の探索を始めてみる。
食糧庫は保冷と保温と二段になっていて、調理無しですぐに温かい食事が出来るみたいだ。
「これ別料金?」
「込みに決まってんだろ」
「……知らねぇよそんなの。じゃあ下車までに食い尽くした方がお得だな」
一人納得してコクリと頷く俺を見てまたハクがケラケラと笑う。
「あはは、そんなせこい考えの人はそもそもこれに乗らないけどね」
「うるせぇ。庶民で悪かったな」
トイレや簡易的な浴室もある。ちょっとした宿よりはよっぽどハイクラスだ。
「ハクも乗った事あんの?」
「勿論。イズミと一緒に何度かね。そもそも魔導馬車の竣工式にも参加してるし、僕ら」
「……あぁ、そうっすか」
部屋を一周ぐるりと回り、何となく思い立ちカーテンを勢いよく開いて驚いた。
「うおっ!?マジか」
カーテンを開けるとそこは窓で、外の風景は焦点を結べずにあっという間に遥か後方に置き去りにされる。
いつの間にか魔導馬車は走り出していた。
ビクッと身を揺らし驚きの声を上げる俺に爆笑する意地の悪い二人組。
「あははは、なると思った~」
「がはは、カンパーイ!」
「いえーい」
何が楽しいのか二人はグラスをチンと鳴らし乾杯をする。
ナシュアもハクもワイングラスを傾ける。
「……つーか出発する時教えてくれてもいいだろ」
「それは甘えだね、シロウ。僕は君の親じゃないんだよ?」
「うるせぇ」
「あ~、残念だったねぇ小僧くん。もしかすると一生乗る機会無いかも知れないのにねぇ。魔導馬車が出発する時の光景と言ったら……何事にも代えがたい感動があると言うのに」
わざとらしく目を閉じて何度か頷くナシュア。
「うるせぇ。あんたも見向きもしてねーだろ」
「そこはほら、何度も見てるからさ俺。ガハハ」
笑いながらまたワインボトルの栓を開ける。
俺が窓辺に椅子を持ってきて高速で流れる景色を眺めていると、ハクもソファの縁に座り俺の横で窓を眺める。
「出発見たかったかい?」
「……まぁ、人並みには」
チラリと横目でハクを見て、何となく不貞腐れている振りをすると少し申し訳なさそうにハクは笑う。
「ごめんってば。帰りも乗るからその時に見ればいいさ」
「いや、いい」
ハクは困った顔で俺を見る。
「怒った?」
別に子供じゃないんだからそんな事で怒るはずもない。
「そんな事で怒んねーよ。いつか……」
言い掛けてからまた言うか言うまいか考えてしまったが、止めるだけ無駄か。
「いつか、イズミと乗る時までとっとく」
俺の答えを聞いてニヤリと笑い、口に手をやる。
「へぇ。勿論その時は……君のおごり?」
「……うーん、じゃあまぁ気持ちはそのくらいの気持ちで」
「僕の分も合わせると三人分だよ?」
「何でお前も含まれてんだよ。せめて蛇になれ」
「ふんだ。けーち」
すげぇな、豪邸一戸分節約するとケチって呼ばれるのか。
◇◇◇
魔導馬車は全く揺れない。
カーテンを閉めていれば走り出していることに気が付かないくらい揺れないし音もしない。
一体いくつの術式を用いて動いているのか想像も出来ないな。
俺が爺ちゃんから教わっていない事を確認するために、ナシュアと話をしていると、自然と爺ちゃんの昔話となる。
物心付いた頃から親も無く、幼くしてその特異な身体能力を誇る身体一つで王都のスラムに君臨していたというナシュア。
その噂を聞いた爺ちゃんに完膚無きまでにボコボコにされて、そのまま引き取られたと言う。
「あのジジイ魔法使わなくてもつえーんだよ。今となっては俺様の圧勝だろうが、あの頃は全く攻撃が当たりもしなかったんだぜ。特に動きが速いわけでもねーのに」
ナシュアは楽しそうに爺ちゃんとの昔話をした。
「奪い、傷付け、殺すのが当たり前だった毎日でよ。あの日初めて人間扱いをされた気がしたんだ」
ナシュアは本当に爺ちゃんの事が好きなんだと伝わってくる。
生暖かい視線を向ける俺とハクに気が付いたのか、ナシュアは舌打ちをしてまたワインを流し込む。
「……チッ、酒のせいか話しすぎたぜ。その目を止めろ」
「酒のせいって言うなら飲むの止めれば良いのに」
「るせぇ。寝る。お前らそっちのベッドな」
照れ隠しのようにナシュアは二段ベッドのある寝室へと引っ込む。
ワインの空き瓶が無数に転がる。
外は真っ暗だ。
海の上をレールも無く走る魔導馬車。
ハクは口を押さえて大欠伸をする。
「僕も寝ようかな。君は?ベッド上下どっちがいい?」
「んー、もう少し起きてるよ。好きな方使えよ」
水場から歯磨きを持ってきて歯磨きをしながらまたソファに腰を下ろすハク。
「ふぅん、じゃ僕も」
「何だそりゃ」
魔導馬車は、アルバの街を目指し海を行く――。




