たかがとされど
◇◇◇
「あぁ、そうか。お帰りってまだ言ってなかったか。悪い悪い。お帰り、イズミ」
にこやかに謝罪をする俺をまるでチンピラの様にジッと下から睨む勇者イズミ。
「そんなのはいい。私は家に入れてくれなかったのに」
馬鹿な、何故そんな事で不機嫌になるのかがわからない。実際は特製ポーションの制作者が俺だと知られたくないだけだったのだが……。
「あー、あぁ。夜だったからね。男の一人暮らしにホイホイ上がるもんじゃありませんよっ」
まるでお母さんの様にわざとらしく叱る俺が気に入らなかった様で、更に絡んでくる。
「上がるとどうなるのよ。じゃあ今は昼間だからいいって事?へぇ、そう。じゃあ私もいいよね?」
そんなやり取りをしていると、ネイサさんがひょこっと顔を出す。
「あら~、イズミちゃん。お帰り。お茶でも淹れようか?入って入って」
「……ちょっ、ここあんたの家じゃないっすよ」
パタパタと工房に入って行ったネイサさんを見て白蛇のハクとイズミは俺を白い目で見る。
「ギ~ルティ。イズミ、見た?今の。勝手知ったる感」
「ハク。うるさい」
ハクはイズミの怒りのとばっちりを受ける。
「いやいや、何を馬鹿な誤解をしているのか知らないけどなネイサさんは今日初めて来たんだぞ?」
「へぇ。初めてのおうちデートって事?邪魔してごめんね。ハク、帰ろ。誰もいない我が家に」
「寂しい事いうね~、僕がいるだろ」
「いやいやいや、だから違う。そうじゃない。わかった、本当に済まない。何だかわからないがお疲れの所気分を害して本当に申し訳ない」
誠心誠意平謝りをする。
「何だかわからないのに謝られてるのってすっごく馬鹿にされてるような気がするけど、ハクはどう思う?」
「同感だね」
大きく肩を落として、大きく扉を開き、お疲れの勇者ご一行(一人と一匹)を宅内へとご案内する事にした。
「汚い所ですが、お入り下さい」
「わかればいいの、わかれば。おっじゃましまーす」
勇者様は鼻歌交じりに室内に入る。
「あっ、これ約束のお土産。時間ある時に読んで」
そう言って年季の入った古ぼけた書物をポンと手渡してくる。
◇◇◇
「何?このお茶。すっごい苦い」
ネイサさんが出したお茶を飲んで眉を寄せるイズミ。
俺も苦虫をかみつぶしたような顔になる。
慣用句では無く、比喩。
「多分、原因の一端はお前にある。大人しく飲み干すといい」
飲んでいるネイサさんも苦虫を噛み潰した様な顔になり、『にが』と一言いい舌を出す。
いや、自分で淹れたんでしょうが。
「うふふ、ごめんね。もっとおいしくなると思ったの~」
イズミは険しい顔でもう一口飲んでから無言でハクにコップを差し出し、ハクが驚いた顔をする。
「美味しくないって思ってるなら上出来よ。おいしいって思ってるならどうしようかと思った」
「あれ、随分な軽口を叩くな?仲いいの?」
イズミは口直しにポーションを取り出してグビっと飲む。
「悪くは無いと思うけど。ずっとギルドに通っていれば、そりゃね」
「ポーションってそんなにグビグビ飲んでいいものなの?」
「疲れてるからいいの。で、ネイサはせっかくの休日に何してるの?こんなところで」
「なぁ、こんなところってどんなところ?」
俺の質問は完全に無視される。
「たまたま雑貨屋で会って、諸々の事情があってポーション作りの監督に来たの」
「諸々の事情って?」
「資格停止中は自家消費以外の生産も出来ないんだってさ」
「まぁ、でしょうね」
当然とばかりにコクリと頷く。
「じゃあ私がいればオッケーって事じゃない?ネイサ帰っていいよ、知ってると思うけど元々私が原因なんだもの」
「えっ」
つい驚きの声をあげてしまった俺をジロリと睨む勇者イズミ。
「ん?何か問題ある?ネイサでなきゃまずい理由が何かあるの?」
まぁ、まずい。
こいつの愛飲しているポーションは俺が作っているものなのだが、貴重な匿名レビュアーを失いたくないし、何となく言い出したくない。
「あー……、いや。特別ないっすけど」
「だって。ごめんね、お手間かけて」
「ううん、私は平気だけど。イズミちゃんこそ平気なの?忙しいんじゃないの?」
「うん。平気。シロウ、いいよね?」
異論を挟めるわけもない。
お茶を飲んで少しして、ネイサさんは帰って行った。
「さ、じゃあ監督してあげる。作っていいよ」
「え、いや。形だけでいいんで居間で茶でも飲んでてくれませんかね」
イズミは途端にムッとする。
「見られたくないものでもあるの?」
「そう言われて『ある』って答えるやついると思う?」
「あっ、その返答はクロだよイズミ」
「黙れ」
「大丈夫だって、私こう見えてポーションにはうるさいから。ばっちり監督してあげるってば」
これ以上の問答は無駄と考えて、覚悟を決めて工房に向かう。沢山の煮詰めた薬草汁。イズミはお忙しいだろうに腕を組んで俺の仕事を眺めている。
取り合えず、普通にまず1瓶作ってみる。
「ん」
短くそう言って手を差し出す勇者様に作り立てのポーションを進呈する。
「ふふふ、作り立てって飲むの初めて」
まるで子供の様に両手で瓶を持ち、イズミは笑った。
飲み口にまず鼻を近づけて香りを確かめるイズミを心配そうに見つめるハク。
何だかドキドキするな、王様に献上する時ってこんな気持ちだろうか?
ゴクリ、とイズミはポーションを飲む。一口飲むと、ニコリと微笑んだ。
「うん。……普通!」
「何だよ、もっとましな感想寄越せよ」
「もう少し独自性と言うかさ、他の商品と違いを付けないと売れないよ?」
「じゃあもっと煮詰めてくっそ苦いのとかどうっすかね?」
「あのね、違ければ何でも良いわけじゃなくってどういうシーンで飲まれるのかを想像してさ」
「どういうって回復したい時じゃねーのかよ」
イズミは大きくため息をついて首を横に振る。
「はぁ……。シロウってポーション全然飲まないでしょ?回復したい時って言ってもどんな疲れかにもよるじゃない。たくさん人と会った気疲れと山に登った疲れは全然違うでしょ?まずは自分で飲んだ方がいいよ」
「むむ……」
確かにポーションにうるさいな、こいつ。
だが、一理ある。
たかが回復薬、されど回復薬。
余談だけれど、俺はこの言い回しが嫌いだ。だって、なんにでも当てはまるから。たかが土、されど土。たかが鬼、されど鬼。たかが鷹、されど鷹。ほら。まぁ、嫌いなら使うなって話ですが。
「でも、イズミ。苦み走ったポーションってのも案外ありかもよ?寝起きに一本グイっと飲む、みたいなさ」
「ん、なるほど。眠気覚ましみたいな感じね」
「じゃあ動物用は?家畜用とか、犬猫用とか」
「どう分けるの?」
「パッケージに『犬猫用』って書いておけば富裕層が買うんじゃないか?素人さんは大概専用を求めるから」
「却下、騙すのはよくないわ」
「最低だね」
「……はいはい」
いつの間にか新商品開発会議になってしまった。
でも、何だか少し楽しい。
今日はジーオとやらからの呼び出しが無い事を祈ろうか。