大賢者の足跡
◇◇◇
世に賢者は数あれど、大賢者はただ一人――。
爺ちゃんこと大賢者ゼルを称する数ある賛辞の一つらしい。
知の極地とどちらがすごいのか違いが分からないが、とにかく何だかすごそうだ。そして、その大賢者ゼルはイズミを保護するに当たり何らかの解決策を持っていたのではないか?との考えから元四極天の一人ナシュアはうちを訪れたそうだ。
「あくまでもただの希望的観測に過ぎんけどな。改めて思い返してると何らかの意図がありそうな気がするんだよ。何故2人ともジジイが預からず、イズミだけ俺に預けたのかとかもさ」
イズミはしばらくして王都のナシュアに預けられ、そこで剣術や魔法に磨きをかけたと言っていた。だからそういう目的なのかと思ったが、ナシュアは違和感を感じているようだ。
ハクは大欠伸をしてベッドで眠りについている。
「ナシュアさんはいつ爺ちゃんに拾われたんですか?」
と、質問した瞬間目の前に火花が散ったような錯覚を覚え、遅れて来た頭の痛みで頭に拳骨を食らった事を知る。
「敬語使うな。めんどくせぇ」
涙目になりながら頭をさすり、抗議の眼差しをナシュアに送る。
「使うでしょ、普通。年上だし、仮にも元四極天ってご身分っすよね?」
ナシュアは面倒くさそうに眉を寄せながら、拳で掌をパンと叩き再度俺を威嚇しながら言う。
「だから?まぁ、この俺様の事を年上の元四極天の偉大なイケメンモテ男だとしか思ってねぇなら使えばいいさ。……俺はイズミを救う同志の家に来たつもりなんだがなぁ」
前半は余りに馬鹿な台詞だったのだが、少し目頭が熱くなるのが悔しい。
「……すいま――」
パンともう一度威嚇が聞こえたので、言葉を飲み込み言い直す。
「ナシュアは……、何でそんなにイズミに肩入れするんだ?」
四極天と言う地位や、各種の特権を伴う虹等級と言う等級、王都の貴族街にある豪邸とその他数えきれないような金品財宝。
その全てを捨ててまで、彼はイズミを救いたいと言う。
ナシュアは一瞬驚いた顔をした後で、ニヤリと笑う。
「そんなんどうだっていいだろうが」
俺は毅然と首を横に振る。正直超怖い。デストリギスとかどうでもいいくらい怖い。
「良くない。あんたが失う利益が多すぎて納得できねぇっす。だから何か理由があるなら教えてくれなきゃだめだ。……イズミを救う同志っていうんならさ」
ナシュアは俺の頭をポンと軽く手のひらで叩く。
さっきもそうだが、全く反応できない。
「あの日の光景を見たからだ」
懐かしむように、憐れむように、ナシュアは微笑む。
「焼野原になった村でただ一つ残る家。その中で気を失ったガキを抱いて泣きじゃくっていたのが転生した魔王サマだ。お前、肩の傷の事は?」
「……イズミから」
コクリと頷くと彼も満足げに頷く。
「俺の姿を見て、まずイズミはお前を庇った。んで、俺が敵ではないと知ると後はずっとお前の心配ばかりだったよ。『シロウを助けて』『目を覚まさないの』『肩のは私が……』とかそんな感じでな。ははは」
俺はしばらく目を覚まさなかったらしい。
その間ずっと、イズミは俺を守っていたのだ。
「だから、イズミを助けたい……と?」
ナシュアは腕を組んで首を傾げ、少し照れ臭そうに笑う。
「んー、その……まぁなんだ?まぁ、そんな感じだな。ははは」
俺はナシュアにわざとらしく懐疑的な目を向ける。
「嘘くせぇ。何がイズミを救う同志だよ」
『あの日の光景を見た』事と、『だから』が微妙にかみ合っていないと思う。
そのまま暫くナシュアを見続けていると、諦めたように口を開く。
「俺が芝居好きなのは知ってるだろ?」
前にイズミと芝居を見に行った帰りにお茶を飲んでいた所ナシュアとも偶然ばったりと遭遇した。その日も2度見に来る程の芝居好きだと確か言っていた。
「あぁ、確か言ってたすっすね」
流石に完全にタメ口は抵抗がある。
その辺りは彼の許容範囲だったようで、特に腰を折られずにナシュアは笑う。
「俺は悲劇は好きじゃねぇ。それだけだ」
思わずプッと笑ってしまった。
「あぁ?おかしいか?」
「いや、確かあの日の芝居も2回見たって言ってたし。俺の記憶が確かなら3回泣いたって言ってたっすよね」
「2回じゃねぇ。あの演目はもう何十回も見てるわ。あの日は、2回だ」
あの演目は王子と姫の悲恋だったはず。思いっきり悲劇だったと記憶している。
「ほら、何十回も見てんじゃん」
「うるせぇな。悲劇は物語の中だけで十分って事だよ。……生まれ変わった魔王は、メソメソしながら皆に石を投げられて、勇敢な勇者様に見事滅ぼされました。めでたしめでたし。どうだ?」
想像しただけで吐き気がする。
「クソ下らねぇ三文芝居っすね」
ナシュアはニヤリと笑い、手のひらを俺に差し出す。
「だろ?なら最高の頼むわ」
俺は右手を振りかぶり、遠慮会釈抜きの全力でナシュアの手のひらを叩く。
パン!と大きな音がして、同時に俺の右手からもおかしな音がする。
もしかして骨が折れたんじゃないかと言うような痛みだが、やせ我慢をして引きつった笑顔を浮かべる。
「任せとけ!」
◇◇◇
ハクはベッドでグースカ眠っている。
当然俺も眠いが、眠気覚ましの為に苦い豆茶を淹れる。
「爺ちゃんの家って、王都にもあんの?」
差し出した豆茶を受け取り、ナシュアは頷く。
「あぁ。今でもそのままあるぞ。俺が拾われたときはそこに住んでたな」
俺はズズッと豆茶を飲む。超苦い。苦すぎる。
「そこに何か手掛かりはあるかな?」
「多分、ねぇな。俺の見たところ一般的な書物しかない。この家もそうだ」
ナシュアは振り返り本棚を眺める。
「古代文字の書物もあるが、内容はそうたいしたものじゃない」
「えっ、読めんの!?」
「……失礼なやつだな。お前俺の事何だと思ってんだよ。知識としてなら魔法学だって修めてるぞ」
「いやー、……ははは」
正直ただの脳筋さんと思っていたが、絶対に言えない。
「ジジイに教え込まれたんだよ。お前もだろ?」
「え、……いや、俺は独学で……」
何か違和感を感じる。
「ナシュア、質問」
「おう」
「ナシュアの主属性は?」
「俺は火だ。魔法自体の素養はないがな」
「それは子供の頃から?爺ちゃんが?」
俺の質問に何かを感じたようでナシュアは少し笑う。
「あぁ。あの頃はカルラの便利な試薬なんて無かったから、ジジイの検査でだけどな。チクッと血を採るやつ」
口元に手を当て、少し考える。
それをニヤニヤと眺めるナシュア。
「何か?」
「俺は……、最近まで何も知らなかった」
古代文字も、魔法も、自分の主属性も。
爺ちゃんは色々なことを教えてくれたけれど、それは基本的には生活に付随するような知識が多い。
「もしかして……、意図的に教えなかった、とか?」
そもそもほぼ兄のような存在とも言えるナシュアの事もこれっぽっちも知らなかった。
ナシュアはニヤリと笑い、頷く。
「俺も同感だ。つまり、そこにヒントがある」
ぞわっと身体の毛が総毛立つような感覚を覚える。
もしかして、本当にイズミを救える可能性があるのかもしれない。
グッと握った右拳には、もう痛みなんて感じなかった。
「ま。単純に才能の違いから教えなかった可能性もあるがな。誰だって光る石を磨きたいだろ?ははは」
何だか色々台無しだ――。




