世界最強の紫等級
◇◇◇
イズミからの手紙を読んだその夜、久しぶりにトルイの森に向かった。
月は満月とは行かないまでもかなり丸い。
夜は魔物が出るという。
多分只の錯覚なんだろうけど、デストリギスの大群と戦ったせいかきっと魔物が出ても大丈夫な気がした。
いつかの様にイズミが来てくれるかもしれない、と思いせっせと薬草を集める。
ハクは別に手伝うでも無く、手ごろな岩に腰を掛けて周囲の警戒をしながら俺の草むしりを眺めていた。
「魔物」
特に切迫した様子も無く、ハクが呟く。
ハクの視線の先には細長いイタチの様な魔物がいた。向こうも俺達に気が付いているようだが警戒や威嚇をしてくる様子は無い。ただ、月明りの散歩をしているように見えた。
「別に知ったような事を言うわけじゃないんだけどさ」
視線をイタチから俺に移し、足をぶらぶらとさせながらハクは口を開く。
「有史以来最も人間を殺した生き物って何だと思う?」
そんなの答えるまでも無い。
チラリと一度ハクを見ると、ハクは申し訳なさそうな顔で笑う。
「ごめん、特に意味は無い。あはは、忘れて」
イタチの様な魔物は特に俺達に近づくわけでもなく、いつの間にか森の奥へと消えていった。
長い事ここトルイの森で採集をしているが、実際に魔物を見たのは初めてだ。
「なぁ、ハク」
「なんだーい?」
「もし俺がさー……」
言いかけてみて余りに幼稚な意見な気がしたので、言葉を止める。
「いや、やっぱいいや」
当然それを許す白蛇さんではない。
「君が良くても僕が良くないんだよ。はい、続き。言って」
月明りの中で、本日3つ目のカゴに草を集める。
「……本当に深夜の思いつきだから笑うなよ?」
「笑うよ?笑うから早く言ってよ。こっちはこんな時間まで君の草むしりに付き合ってあげてるんだから、笑いの一つくらい提供しても罰は当たらないと思うけど」
別に誰も頼んでいないと思ったが、実際問題ハクがいることでこの一年間だいぶ気が紛れたし、こんな状況でも無条件にイズミに好意を寄せるハクがいるおかげで本当に俺も救われたのは事実だ。言わないけど。
「……何だそりゃ。ま、いいか。笑え。もし俺がー……、不老不死にでもなれればイズミの側にいても平気かな?って」
ケラケラといつもの笑い声が聞こえるかと思ったがそうでも無く、ハクを見ると、にこにこと笑っていた。
「何か言えよ、気持ち悪い」
「ん?一つの解決としてはありなんじゃないの?どうやって不老不死になるかは置いておいて」
「そう、問題はそこなんだよ」
近くにいる程多くの生命を吸収するのなら、一番近くにいる俺が不老不死であれば俺からの分で吸収するのを賄えないかなって言うただの思いつき。
一つの解決としてはあり、と言われたのが何となく嬉しかった。……どうやって不老不死になるかは置いておいて。
空の端が明るくなってきて、ハクの大あくびが聞こえる。そして、釣られて俺もあくびをする。
「カゴ3杯も薬草集めちゃったからさ、目一杯ポーション作って売りに出してイズミの言う子ネズミの村見に行かないか?」
「お、いいね。行く行く」
行ってもイズミがいるわけではないけれど、楽しそうに手紙に記してくれたその景色を俺も見てみたいと単純に思った。
「海の向こうだから結構お金掛かりそうだけどね。あと時間も」
「あー、お金ねぇ……。ハクは蓄え無いのかよ」
「僕?神獣だよ?」
「どっちなんだよ、その答え」
◇◇◇
当たり前だけど、カゴが3つ満杯になり日が昇りきってもイズミは来なかった。
子供の頃からずっと一緒だった幼馴染からの手紙にちょっと感傷的になってしまったのだろう。
カゴ3つなんて背負えないので、毎度おなじみの魔導釜『ホムラ壱式』を3つ起動して草を放り込み家路へと着く。
「シロウは意外と魔法の才能があるのかもね」
感心した様にハクが頷く。
「……え、皮肉か何かの暗喩?」
「ばーか、ほめてるんだよ」
「そりゃどうも」
家に着き玄関の鍵を開けようと鍵を挿して回すが解錠の手ごたえが無い。
――鍵が開いている?
俺はハクを見て小声で確認する。
「……鍵、閉めたよな?」
ハクは真顔でコクリと頷く。
「閉めてた。僕見てた」
ふざけている様子では無い。俺は家を出るときに鍵を閉めて、今帰ってきたら開いている。……と言う事は?
「……誰かが中にいるって事か」
ハクは大きくため息を吐き、首を横に振る。
「やれやれ、間抜けな泥棒だなぁ。入るならもっとお金持ちの家に入ればいいのに」
「うるせぇな……って、まぁ仰る通りではありますが」
うちで価値がある物……、強いて言えば書物くらいか。爺ちゃんの蔵書達にどれくらいの価値があるのかは正直俺にはわからない。仮にも大賢者と称される人物にしては数が少ないと思うが、もしかして王都にも書庫があったりするのかな。
「憲兵呼び行く?」
俺の提案にハクは首を横に振る。
「捕まえようよ、コソ泥」
「マジか。余計なトラブルは御免だぞ」
「なーに情けない事言ってるんだよ。あんな魔物の大群に飛び込んでおいてさ」
そう言って俺の背中を軽くポンポンと叩く。
俺は大きくため息を吐く。
「ケガしても知らねぇぞ……」
「僕が?」
「俺が」
「あはは、君かよ。まぁまぁ、そうならないようにフォローはしてあげるよ」
盗人がこのドアの向こうにいるかもしれないのに、ハクは楽しそうに俺の背中をまたパシパシと叩く。
一度大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。
「よーし、わかった。じゃあ3で行くぞ」
「は~い」
「3」
と同時にハクは勢いよく扉を開ける。
「え」
「うおっ!?びっくりしたァ!」
ハクの行動にフリーズした俺は、次の瞬間野太い驚き声で解凍される。
玄関の中には屈強な大男……四極天の一人『武の極致』ナシュアがいた。
「ガハハ、何だよ小僧。朝帰りか?てめー、イズミに言いつけんぞ」
朝から酒でも飲んでるのかと言うようなテンションで俺の背中をバシバシと叩くナシュア。
「ゲハッ、痛ぇっす。つーか何で勝手に家入ってるんすか。鍵かけたつもりなんすけど」
「あ、敬語使わなくていいぞ。俺今紫等級だからお前の方が上位だぞ、ははは」
「マジっすか」
目を丸くした俺の表情がお気に召したようで、上機嫌でまたナシュアは笑う。
紫等級と言う事はギルドの階級で一番下だ。それこそ駆け出し冒険者の等級だ。
確かにジーオが言っていた。イズミを追わずに、今まで四極天として得た地位と財産を全て捨てたと。
「……イズミのせいでですか?」
きっと申し訳なさそうな顔で俺はナシュアを見たが、彼はニヤリと自信満々に笑う。
「いや?俺の為だ。そもそもお前らを助けたのは誰だと思ってんだよ。最初から覚悟の上なんだよ、こっちは。ほいほい殺すくらいならあのまま殺してるわ」
また一人、イズミの味方がいた。
不覚にも少しグッと来てしまった。
「泣く?」
ハクが楽しそうに俺の顔を覗き込む。
「うるせぇ」
俺の周りをうろちょろするハクの姿を見てナシュアは本気で困った顔をする。
「あれ、お前いいの?マジで。イズミが居なくなった途端女作るなんて……」
ナシュアの言葉に眉を寄せて、露骨に嫌悪感を示すハク。
「女って僕の事?ハクだけど、僕」
「えっ、お前女だったの!?」
ナシュアも知らないなら俺が知る由もないよな。
「まぁそのくだりは俺もやったんでいいとして。何か用っすか?」
「あー、そうだな。本題に入ろう」
ナシュアは頭を掻くと、打って変わって真面目な表情で口を開く。
「海の向こうのアルバって街で突如巨人が現れて百人近く死んだ」
何処からともなくそんなものが自然に発生するはずは無く、各国はこれを魔王の侵攻と捉えたそうでそれぞれの国の精鋭を送り込むそうだ。
「イズミがそんな指示をするとも思えんが、何であれ多くの死者が出た。俺としてもどうしたものかと考えていたんだが、思ったんだ。……爺はイズミをどうするつもりだったのか、と」
仮にも大賢者と呼ばれる程の人物が、ただ憐憫の感情のみで魔王の生まれ変わりを保護するとは思えない、と。
「んで、直接聞いてないまでもお前何かヒント持ってないかと思って伺ったってわけだ」
横を見るとハクは大あくびをしている。
「もう僕眠っていいかい?」
「あぁ、朝帰りだからな。ゆうべはお楽しみだったのか?ガハハ」
「君もう帰れよ、バーカ」
朝から一人下品な話題で笑うナシュアに、今年最高の白い目を向けるハク。




