ダストロ村、新月の夜
◇◇◇
「よし、坊主。見張り交代だ」
「あざっす」
結局デストリギス討伐は、俺達以外の冒険者も受託していたようで合計3組の冒険者で見張りと巡回を行う事にした。
成功報酬プラス討伐者に手当てが加算されるそうだが、正直それはどうでもいい。任務をこなしてペナルティーを免れることが一番の目標なのだから。
討伐目標は村を襲ったデストリギス一匹。真っ黒な外殻に覆われた大型のサソリのような魔物らしい。
無骨そうな中年冒険者と見張りを交代し、詰め所代わりに村長が用意してくれた屋敷の離れに戻ると、村外の巡回に出ていたもう一組が戻っていた。20代前半くらいの3人組だ。
俺とハク、おじさん、20代の3人の合計3組5名でこの依頼をこなすことになる。
「おつかれっす」
「あぁ、お疲れ様。沢まで行ったけど特に異常は無かったよ」
3人のリーダーらしい背のひょろ高い優男・ジルチはニコニコと笑う。職業は射手で、等級は橙。
「それじゃあ後は交代で見張りね~。一旦休憩にしましょっか」
残る二人は聖職者風の女性・ミアラと、目が隠れるくらい黒髪を伸ばした寡黙な剣士ゴウ。共に等級は橙らしい。
おじさんは等級を口にしない為、おそらく橙以下だろうと想像がつく。
因みに冒険者の等級は下から順に、紫・藍・青・緑・黄・橙・赤、銀・金、白銀、虹だ。
俺は青で、イズミは虹。
◇◇◇
「戦力的にはどうなんだ?」
休憩時間は詰所にいても特にやることも無い為、警戒がてら村をブラブラとしたり野草を調べたりする。
「橙3人に、黄色1人、そして青が1人に僕。よっぽどの突然変異個体で無い限り大丈夫だと思うよ。元々そんなに好戦的な生き物じゃないし、平均的には黄1人でどうにかなるレベルの種族だね」
と、神獣ハク様のご見解。
「なるほど、じゃあ青1人は自殺行為って事だな」
ハクは俺を見てニヤリと笑った後コクリと頷く。
「そう言う事」
戦力的な不安が無くなったのは大きい。
村をブラブラと歩いていると、ワーワーと子供たちの遊ぶ声も聞こえる。
「あっ、ゆうしゃさま!」
その中の一人がブラブラと歩く俺達を見るなり指さし大声で叫ぶ。
「ほんとうだ!おーいっ!」
「ちがうよっ、ぼうけんしゃだってママがいってたよ」
「どっちだっていいだろ。おーいっ!」
口々にそんな事を言って、子供たちは大きく手を振る。
一応後ろを振り向いてみるが、俺の後ろには誰もいない。
その動作を見て、ハクは呆れ笑いで俺の背中を軽く叩く。
「君の事だろ。手でも振ってやりなよ」
俺が?と思ったが、イズミならきっと振るだろうと思った。子供達が少しでも安心できるように、と。
覚悟を決めて大きく両手を振ると、子供達から歓声が上がる。
「何匹来ても俺達が全部倒すから!安心して遊んでろよ!」
うんとかはいとか元気よく返事が返ってきたかと思うと、今度はこちらに駆け寄ってきてワイワイと囲まれる。
改めて依頼書を見る。
ある日の昼下がり、突然1匹のデストリギスが村を襲来した。幸い発見が早く、避難は順調に進んだそうだが、逃げ遅れた3人が命を落としたそうだ。そして、それ以降も村の近くでの目撃情報や、足跡は糞などの痕跡が多く見つかっている為、理由は分からないがまた襲撃の機会を窺っているものと思われるとの見解だった。
依頼を受けた俺達が来るまで子供達は一歩も外に出る事は出来なかった為、今日は久し振りの外遊びらしい。
「ねぇ!まほうつかってみて!まほう!」
言われるまま、宙に風・水・火魔法を用いた真空二層式魔道釜『ホムラ壱式』を出すと、子供達からまた歓声が上がる。
「すげぇ!」
「かっこいい!」
「ねぇねぇ!おねえちゃんはつかえないの?」
「……お姉ちゃん」
ハクは子供が苦手な様で、引きつった笑いを浮かべる。
「おねえちゃんのかみのけ、まっしろできれい!」
「え、あー、うん。どうもどうも……」
まるでいつもの俺を見るかのような歯切れの悪い受け答え。人のふり見て我がふり直せって言うからな、気を付けよう。
しばらく子供達にもみくちゃにされた後で、手を振って別れる。
「イズミの気持ちが少しはわかったかい?」
子供達から離れ、ようやく安心した表情を見せたハクは手櫛で髪を梳かしながら横目で俺を見て言った。
イズミの気持ち。期待される気持ち、と言う事だろうか。
俺はコクリと頷く。
「……きっと、ほんの少しだけだけどさ。明日からも元気に外で遊ばせてやりたいよな」
「僕は子供ってうるさいから嫌いだけどね。まぁでも傍から見ている分には元気が一番だよ」
◇◇◇
その日の夜は新月だった。
月明かりの無い漆黒の闇、寝静まる村に見張り台の鐘の音が大きく無遠慮に鳴り響く。
「シロウ!」
ハクに声を掛けられるまでも無く鐘の音で目を覚まして飛び起きる。
「……来たか」
心臓が大きく速く拍を打つが、足の方には血が行き届いていないかのような錯覚を覚える。
手を何度か握っては開き、感覚を確かめる。
鐘は一度で無く、何度も何度も、何度も何度も鳴り響いた。
緊急依頼の内容は村を襲う魔物デストリギス1匹の討伐。
対する戦力は俺とハクと、無骨なおじさんと、橙等級の3人。
「魔物襲来!魔物襲来!村民は速やかに避難せよ!魔物襲来!魔物襲来!」
両手で鐘を鳴らしながらおじさんは声を張り上げる。
「デストリギス襲来!現在確認できるだけでその数……10以上!繰り返す、敵の数は10体以上!……訂正!その数……現在28!」
「なっ……」
その声を聞いてハクの顔色が変わる。
「子供達は皆村長の家へ!急げ!あわてるな!」
村の有志が避難活動を開始する。村長の家は一番高台にあり、有事の為に一番頑健なつくりになっている。だが、当然ながら村人全員を収容する事は出来ない。最優先は子供だ。
村の周囲には幾重かの板塀があり、デストリギス達は板塀に取り付き始める。破られるのも時間の問題だ。
「ハク!行くぞ」
おじさんは鐘を鳴らし続けて村人たちに避難を促し、3人組はデストリギスへと向かう。
俺達も向かわなければ!
だが、ハクは不安そうな引きつった笑いを浮かべてぼそりと小声で信じられない事を呟く。
「……シロウ、逃げよう」
「は……?」
一瞬何を言っているのかわからなかった。
「……流石に冗談言っている場合じゃないぞ」
「いやいや、冗談って……。僕の話理解してる?好戦的でないデストリギス1匹と黄等級1人って言っただろ!?君たちの戦力は?青が1!黄が1!橙が3!後は僕?よしんば橙達が倒せて10って所か?そして、黄色が1?残りは?計算できる?」
身振り手振りを付けて早口で、珍しく慌ててハクはまくしたてる。
仮に30として、残りは19。
俺が言葉を発する前に、ハクは目を逸らしながら申し訳なさそうに口を開く。
「……それだけの数は僕には無理だよ」
「何言ってるんだよ。いつもすごい風魔法使ってるだろ!?いつかの森のやつだって!」
森の薬草を一瞬で集めた風魔法。実はあれはイズミでなくハクの魔法だと言っていた。
「……僕は増幅器みたいなものなんだってば。あの時はイズミの力を使って魔法を使っただけで、本当は僕自身はそれほど強い魔力は……持ってないんだ」
いつものふてぶてしさは影を潜めていた。やれやれ、全く。本当に俺は他の人の事を知らなすぎる。
ハクはハッと思いつき、顔を上げる。
「そうだ!ノワに話してジーオに助けを乞おうよ!彼はいいやつだからきっとちゃんと謝れば……」
なるほど、どんな仕組みか魔法か知らないけれどハクとノワはそれぞれ繋がっていて距離を超えて瞬時に行き来ができる。
俺はハクの頭をポンと叩く。
「それ、いい考えだ。子供の避難もやってくれると助かる。そっち、任せていいか?」
「はぁ?そっちも何も君も来るんだろ!?」
俺は大きく息を吐き肩を落とし俯いて頭を掻く。
「……そうだなぁ。本来俺はそんな性格なんだと思うんだよ。どう考えたってそっちの方が合理的だし、安全だしさ」
「だろ?普通に考えればわかるだろ!?そもそも依頼は一匹だ!前提が違うんだから依頼未達成になんてなる訳が無い。何なら僕が証言してやるよ!だから……」
俺は顔をあげて真っすぐとハクを見る。
「子供達に約束しちまったから」
『何匹でも倒す』と。
「だからそっちは頼んだ。そろそろ行くぜ!来てくれて助かった!」
「シロウッ!」
詰め所を出て村の端へと走る背中に、俺を呼ぶハクの声を感じたけど振り返りはしなかった。
鐘は鳴り響き、人々の喧騒が聞こえる。
きっと、あの日のカカポ村の様に。




