勇者、餅を焼く
◇◇◇
ギルドの資格停止が始まると、予期せず困った事が色々あった。
冷静に考えると困らなきゃ罰にならないんだから当たり前なんだけどさ。ただ2週間ポーション販売の委託販売が出来ない程度に考えていた事を少し反省すると同時に、別に知っていたからと言ってイズミを売る選択肢がないのだから同じか、と1人で頷いた。
草は沢山あるし、資格停止が明けたら多量に委託しようかと思い瓶を買いに来たがまず瓶が買えない。
「悪いな、シロウ。『一般人』向けの販売は行ってないんだよ」
馴染みの道具屋店主が申し訳なさそうな顔でそう言った。
「あ、あー……まじっすか」
爺ちゃんに引き取られてすぐにギルド登録をしたので、当たり前の事過ぎて今まで知らなかった。ギルドの会員で無いと利用できない店があるのか。
さて、困った。多量の薬草を煮詰めた煮汁からポーションを作ろうと思っていたがどう考えても瓶が足りない。
うむむと悩みながら店主の翻意にわずかに期待して店先に立っていると、後ろから声がかかる。
「代わりに買いましょうか~?」
最初は自分に言われていると思わなかったので、振り返らなかったがよく考えると自分以外に客は居ないし何となく聞き覚えのある声だったので振り返る。
そこには俺より少し年上くらいの赤茶っぽい長い髪の女性が買い物籠を持って立っており、俺と目が合うとニコリと微笑んだ。
「えーっと……あっ、ギルドの出納係の人」
毎週会話をしているとは言え、いつもと服が違うと大分雰囲気が変わるから数秒誰かわからなかった。でもすぐに判ってよかった。
心の中で自画自賛をしていたのだが、出納係のお姉さんは幾分不満げにため息をついた。
「割と長い付き合いな気がするけれど、もしかして私の名前覚えていないんですか?『出納係の人』って……。あ~、お姉さん悲しいな~」
「えっ、いやっ、勿論知ってますよ!?ただ、ちょっと今瓶が買えなかったショックでど忘れしちゃって……」
我ながら訳のわからない言い訳をしどろもどろと身振り手振りをつけながらにすると、出納係のお姉さんはクスリと笑う。
「ん~、どう考えても嘘っぽいけど……今回だけは大目にみましょうか。ネイサ・グリンスリーっていいます。いつも名札も付けているし、書類にも書いてあるんだけどなぁ」
わざとらしく困った風を装う出納係さん改めネイサさん。
「イズミちゃん以外の女性の名前は覚えられないのかな?」
と、訳のわからぬ事を急に言い出したので毅然と否定する。
「いや、それは無いっすね。そんな事より、瓶。代わりに買ってくれるんすか?超助かるっす」
「いいですよ~。どのくらい買いましょうか?」
「そっすね、とりあえず……200くらいあれば」
60本を1週間で売り切ったのだから、2週間で120本。冒険して200の緻密などんぶり勘定だ。
「おおっ、攻めますね~。それじゃ、おじさんポーション瓶200本くーださいっ」
「あいよっ」
おまけしておくぜ、と新作の乾燥薬草と匂い袋を貰った。
ネイサさんは『いつもありがとう』と言ったが、俺なんてずっと通っているのに一度もそんなもの貰ったことは無い。
200本となるとかなりの量で、担いで帰ろうと思ったがひ弱な俺の筋力では立ち上がることが出来なかったので台車を借りることにした。
おまけしておくぜ、と言われたので少しだけ腑に落ちなかったけれど助かる事には違いない。
俺がガラガラと台車を押して歩くと、ネイサさんも何故かニコニコと着いて来る。
「えっと、どこか行かれるんですか?」
「ううん、ただぶらぶらしてるだけ」
「休みなんすか?」
「そうよ~」
そして会話が止まり、台車のガラガラ音だけが響く。
何で会話が止まると妙な罪悪感や無力感が湧いてくるのだろう?相手もそうなのだろうか?
「いやー、それにしてもギルドの資格停止って思ったより色々制限かかるんすね。飯がいつもより高かったり、森に入れなかったり、瓶が買えなかったり……、他にもあるんすか?」
そんな事てめーで調べろや案件だが、間を持たせる為の苦肉の策である。
だが、ネイサさんは嫌な顔せずニコニコと答えてくれた。
さすが、俺の週一の癒し。
「一定以上の長さの刀剣類の購入もダメですし~、魔物を狩るのもダメですし~、後日常的な事で言えば第三者への魔法の提供も違反行為に当たりますね」
「へ~、色々あるんすね。違反するとどうなるんすか?」
「勿論罰則金や、より長期の資格停止。更には資格剥奪って言うのもありますよ」
「ですよね……」
無知って怖いな。家のどこか探せばあるかな?ルール帳。
「あっ」
急にネイサさんは声を上げて口を押さえる。
「なんすか、急に」
彼女は口を押さえたまま俺の運ぶ瓶の箱を見る。
「……この瓶、何に使います?」
「や、勿論これからポーション煮詰めて瓶詰めしようかと」
ネイサさんは大きく肩を落としため息をつく。
「自己消費じゃ……無いですよね?」
あ、判ってしまった。
マジかよ。
「……え、違反すか?」
ネイサさんは申し訳なさそうにコクリと頷き、両手で顔を隠してうずくまる。
「ごめんなさい~。瓶を買う時点で判りきってた事なのに」
彼女が言うには無資格者の調合した薬剤は、他者に販売譲渡をする事が出来ないそうだ。
よく考えなくても当たり前の事で、どこの馬の骨か知らないやつが調合した薬を飲みたいか?って話だ。
ネイサさんは何度も謝るが、別に瓶は腐るわけでも無いので正直何でもいいと思う。
それにしても、ギルド資格証がそんなに大層なものとは思わなかった。
気がついた時には持っていたから、爺ちゃんには本当に感謝しかない。多分、新規で取るとなると中々面倒くさそうだ。
「そうだ!」
ネイサさんは急に大きな声を上げて立ち上がる。
「うお、なんすか急に」
「私がやればいいんだわ!シロウ君には補助って形にして貰って!」
なるほど、そう言う抜け道があるのか。ていうか良いのか?
でも、瓶は腐らないとは言え煮汁はすぐに悪くなるから助かるのは確かなのだが……。
「……や、マジでいいっすよ。悪いし、ネイサさんそんなに悪くないし」
「今日私が休日なのも神の思し召しだわ。シロウ君!善は急げよ、行こう!」
受付でニコニコシッカリとしているのは仮の姿なのだろうか?オフになるとニコニコウッカリに変身してしまうのか?
◇◇◇
何だかんだと家に付いて来てしまう。
「わ~、雰囲気があって素敵なおうち」
只の古びた工房付きの家屋なのだが物は言いようだな。
「早速やっちゃいましょうか」
ネイサさんは髪を結わえて腕まくりをする。
む、何か良いな。
結局、ネイサさんの監督の元俺も作業をする形でOKのようだった。
「じゃあ、私かき混ぜますね~」
「うっす」
何だか新婚みたいでドキドキする。迸る自意識よ。
作業をしていると呼び鈴が鳴る。
恐らくイズミだろう。
ポーションは……まだ調合してないからバレないか。
扉を開けるとやはりイズミだった。
「ただいま。お土産持ってきたよ」
「何か悪いな」
と、イズミの差し出した本を取ろうと手を出すが、ヒョイッと本が遠のく。
「……私は入れてくれなかったのに」
「……は?」
と、思った瞬間イズミの視線の先にネイサさんがいることに気付く。
「あはは、生意気に修羅場だね。いい気味だよ」
イズミに巻き付いた白蛇ハクの言葉に軽く殺意を覚えた。