緊急依頼・魔王討伐
◇◇◇
「それでは、ホムラ様。委託販売のポーション200本、確かにお預かりいたします」
「よろしくおねがいしまっす」
魔導式真空二層釜『ホムラ壱式』のおかげで、工房に帰らなくてもポーションを作れるようになったのはデカい。直火で無く、火の魔法なので爺ちゃんに言わせると邪道なのかもしれないけれど最新技術とはそう言うものだと自分に言い聞かせる。
我が家のあるグズーリの街のギルドで無くても委託販売は出来るし、照会に少し時間は出来るが商品を預けたギルド以外での出金も出来る。
ただその場合手数料としてもう10パーセント取られるので、都合20パーセントが引かれる事になる。できれば預けたギルドで出金したいところだ。
このところ売り上げが良く、200本委託しても完売が続いている。
増産も一時考えたが、これ以上の精製は質が落ちると思うので欲をかかずに週200本でやめておく。
『何か味が落ちたんだよね」
悲しそうな顔で瓶を持つイズミの顔が浮かぶ。
それを思うと、いつかのカルラの時の様な怒りでは無い、何と言えばわからない熱い火が胸に灯るのを感じる。
どうか、いつか、イズミの手元に届きますようにとまるで少女の様な祈りを込めて委託販売に出す。
「お金入った?じゃあご飯にしようよ。この姿だと燃費が悪いんだよね」
白い髪をなびかせる少女にはそんな俺の感傷は関係ないようだ。
「……つーか、まだ違和感あるんですけど」
「蛇の姿やめろって言ったのは君だろ?」
「そりゃ言ったけどさ。言ったけど、服や下着や靴や何やら替えも含めてすでに結構な出費なんですよ、ハクさん」
ハクは小さくため息を吐いて呆れ顔で俺を見る。
「僕は買えなんて言って無いよ?君の都合だろ?」
「あー、はいはい。俺の都合ですいませんね、全くもってハク様の言う通りでございますよ」
嫌味を込めて言ったつもりなのだが、意外に満更でもない様子の少女ハクは『わかればいいんだよ』と満足そうに頷いた。
肩を落としつつ何気なくギルドの掲示板を眺めると、最上段に真っ赤な用紙の緊急依頼が沢山貼られていた。
『魔王イズミの討伐』
その字面を見ただけでカッとなり、反射的に俺はその何枚かを破り取る。
一瞬ギルド内がザワっとする。
「受諾ですか?」
受付の女性が事務的に俺に問い、ハクはへらへらと俺を宥める。
「はいはい、深呼吸深呼吸」
そう言われるからにはきっと険しい顔をしていたのだろう。言われる通りに二度ほど深呼吸をしてみると、また受付嬢が同じ質問をしてくる。
「受諾ですか?」
少し考えてみる。
俺が受けると言う事は、その分イズミを狙う輩が減ると言う事か。ほんの僅かかもしれないけれど、これも俺に出来る事と言えるかもしれない。
小さなことからコツコツと、だな。
「任務未達のペナルティはあります?」
受付嬢は首を横に振る。
よく見ると耳が長い。噂に聞くエルフと言うやつだろうか。
「いえ、特に。依頼主からしてもダメで元々の依頼ですので」
だよな、魔王倒せなかったからって罰が下るのは理不尽だよな。
「あっ、じゃあこれ全部お願いしまっす」
「では、受託でよろしいですか?」
「オッケーっす。受けます」
そこで初めて受付嬢はニコリと微笑んだ。
「はい、では緊急依頼7件を受け付けます。今この時より契約の効力が発揮されます。魔王イズミの討伐が6件、ダストロ村に出没する魔獣『デストリギス』の討伐が1件となっております」
「はい?」
間抜けな声を上げる俺を少し小馬鹿にしたようにエルフの受付嬢は言葉を続ける。
「デストリギス討伐の期間は10日間。任務未達時は違約金の発生と、ギルド資格の一時停止のペナルティが与えられます」
「えっ、ちょっと待って下さいよ。俺が言うのもなんだけど、普通受託の前に内容の確認とかってするんじゃないですか?」
白蛇の化身は『面白くなってきたぞ』と言う顔で俺とエルフの双方をニヤニヤと見ている。
エルフの彼女はやや不機嫌そうに言葉を続ける。
「私言いましたよね?『受託でよろしいですか?』って。それであなたは『受けます』と言った。何か問題があります?」
「……いや、確かにそうなんすけど」
エルフの受付嬢は明らかに怒っている様に見える。
「あのー、何か怒ってます?」
「何か」
エルフの受付嬢は短く俺の言葉を復唱して、言葉を続ける。
「ジーオ様に暴言を吐いた事をもうお忘れなんですか?シロウ・ホムラさん」
「えっ、そんな事で!?」
「そんな事?」
エルフ嬢の表情がピクリと引きつった。
「シロウ、君は本当に馬鹿だねぇ。もう行こう、お腹空いたよ」
ハクが呆れ顔で俺の袖を引く。
これ以上問答をしても実りが無さそうなので、納得したわけでは無いが引きさがる事にしようか。やれやれ、全く不慣れな場所に来るとろくなことが無い。
◇◇◇
気を取り直して食事にする。
おかしなエルフ嬢のいるギルドから反対方向の大衆食堂だ。俺はオムレツでハクはエビフライを頼む。
「つーかさ、大賢者ってどのくらいすげーの?」
「光と闇を除く全ての魔法が扱えて、古今東西あらゆる言語を操り、神話から現代に至るまで全ての歴史の川が血の様に身体を巡っていると称される程にはすごいよ」
「……最早すごいのかもどうかわかんねぇよ」
普段は手足も無い蛇の癖に器用に箸を使いエビフライを食べるハク。おかずも主食も無い。エビフライだけだ。
「あはは、そうだねぇ。測る物差しが小さすぎると大変だね、うん」
「何言ってるのかわかんねーけど、バカにしてるだろ」
「いや?憐れんでるんだよ。あ、おかわりいい?」
「……どーぞ」
「わーい。すいませーん、エビフライおかわりお願いしまーす」
元気に手を挙げて注文をする。
「イズミはお前が人に変身出来る事知ってるのか?」
残すかと思いきや待ち時間に尻尾をバリバリと食べ始める白蛇の化身。
「勿論知ってるよ。長い付き合いだからね。ていうか、君が知らない事多すぎるんだよ。他人に興味なさすぎなんじゃないのかい?」
「へぇ、じゃあ一緒にお風呂入ったりとか?」
「あはは、本当にバカだな君。当たり前だろ」
「……あ、そーすか」
そうこうしているうちに追加のエビフライが到着する。
「確かにお前の言うとおりかもな。イズミの事、爺ちゃんの事、魔王の事、魔物の事……よく考えると何にもわかっちゃいないよな」
「僕の事もね」
サックサクのエビフライを頬張りながらハクは言う。
悔しいがまぁ、その通りだ。
「まぁ、そうだな。エビフライが好きな事とか」
「僕は君の事は大概知ってるけどね。別に知りたく無いのにさ」
本当に嫌そうな顔でサクサクとおいしそうな音を立ててエビフライを食べる。
「うまそうだな、一本くれよ」
そう言うとハクはその白い髪でお皿を持ち、サッと後方に退避させて俺を睨む。
「やだ。人の食べ物欲しがるなよ、物乞いじゃあるまいし」
「……腹立つな、この野郎」
そんな風に和やかに食事は続く。
◇◇◇
「さて、じゃあ早速行こうか。10日しかないんだろ、緊急依頼」
食堂を出てハクがクルリと回ると、白い髪が遅れてフワリと弧を描く。
まさかの乗り気な発言に少し驚く。
「え、まさか手伝ってくれんの?」
ジトッと白い目で俺を見る少女ハク。
「不服かい?」
「いや、不服っつーか意外」
ハクはまたクルリと一度回ると、珍しく嬉しそうに笑った。
「そうかな?イズミの味方でいる限り、僕は君の味方でもあるよ」
そして、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。
「ビリって依頼破った辺りまではまぁまぁよかったんだけどねぇ」
「はいはい、そりゃどうも……」




