暗転
「魔王様、あんたら話合いに来たんじゃないんか?殺し合いがしたいなら乗ったるがのう」
百獣姫シアンに召喚されて現れたのは、熊よりも二回り程大きな体躯を持つ爆心鬼ナギオウ。獅子と鬼を混ぜた様な風貌の魔物である。人間よりの見た目をしているシアンやヴィクリムと違い、いかにも魔物といったナギオウの登場に、広場は騒然となる。
そして、ナギオウに諭されたイズミは、苦々しい顔をしながらハクアの剣を鞘に納める。その様子を見てナギオウは満足げに笑い、用意された巨大な椅子にドカッと座る。
「座りんさい。ガハハ、それにしても魔王様によう似ちょるわ」
イズミは憮然とした顔で椅子に座り目を閉じる。代わりにジーオが口を開く。
「話し合いをする気はあるみたいだね」
「あたし達は最初からそう言ってますよ?そもそも、あなた方の世界が存続していること自体があたしらの気まぐれだと言う事をお忘れなく」
その言葉はカルラとイズミのプライドを刺激する。
「は?」
「こら、一々挑発に乗るな」
ジーオがふたりを仲裁して、話を続ける。事実、他の魔物はともかく四天王は別格だと言うことは対峙するジーオも肌で感じている。一度だけ刃を交えたシアンも、強さの底は全く見えない。
「……君たちの望みは?」
「魔王様の幸せ」
シアンは躊躇いなく、短く即答する。ヴィクリムも、ナギオウもその点に於いて全くの異論はない様子。
「私の幸せは、あなた達が滅ぶ事よ」
明確な敵意を持ってイズミは三人に告げ、シアンは悲しそうに眉を寄せる。
「ワシらが死ねばアンタァ幸せになれるんじゃな?」
ナギオウは腕を組んだまま問いかける。ジッと力強い瞳でイズミの瞳を見つめながら。
「……そう言ったつもりよ」
「ウヒヒ、一応妥協点を探らせてもらいましょうか。魔王様にこちら側に来ていただければ、ワタクシ共は文句はありません。もちろん、降りかかる火の粉は払いますがね」
「それは出来ない。イズミは僕たちの仲間だ」
ジーオは即答する。イズミとしてもそれはできない。そうすれば、この魔物との争いは終わるのかもしれない。だが、それは自身が魔王であると、自分のせいで村が滅んだとシロウに知られる事になる。それだけは耐えられない。
「仲間、のぅ」
ナギオウはチラリとシアンを、ヴィクリムを見る。
「ほんなら見せてもらおうか」
そう言って立ち上がる。反射的にイズミとジーオ、カルラも身構える。少し距離があるとは言え、民衆が囲むこの広場での戦闘はリスクが大きすぎる。
「魔王様を頼むぞ」
ナギオウは、巨大なその手でシアンの頭を優しく撫でる。
「え、ナギオウ。まさか」
シアンは眉を寄せてナギオウを見上げる。
ヴィクリムもナギオウが何をするかはもうわかっている。いつもの不気味な薄笑いが、この時だけは消える。
そして、次の瞬間。ナギオウは山をも震わす咆哮を上げる。
丸太のような左腕を振りかぶり、鋭い爪を振りかざす。
ジーオが、カルラが、イズミが動き出す。
その鋭い爪が彼らに向かう事は無かった。ナギオウの左手は、自らの首を落としたのだ――。
三人は何が起こったのかが咄嗟には理解できず、一瞬遅れてイズミに戦慄が走る。四天王の死、それはつまり封印が一つ解ける事を意味する。
8年前のあの日の様に、イズミに施された封印が一つ解け、魔王の力が顕現する。
――気が付くと、イズミの目に映ったのは、破壊された広場と燃え盛る黒い炎だった。
広場にはたくさんの人がいた。
その広場が破壊され、燃えていた。
「え……」
少し横に移動した場所で椅子に座る四天王の二人が見えたが、シアンは申し訳なさそうに微笑んでイズミの後ろを示した。
事態が飲み込めず、促されるまま後ろを振り返る。
そこには傷だらけのジーオとカルラの姿があった。
剣を地面に立て、膝をついたジーオがイズミを見る目でイズミは全てを悟った。それは仲間を見る目では無かった。
「あ、あぁ……」
カランと音を立て、伝説のハクアの剣が落ちる。
――8年前と同じだ。これは、私がやったのだ。
広場は悲鳴と喧騒と炎に包まれて、立ち尽くすイズミの足は、手は、口は震えていた。




