もし魔王だったら
◇◇◇
卵を割られた母鳥が怒りの声で空気を震わせれば、冒険者たちは力を振り絞り心を奮わせて目の前の巨大な怪鳥類に立ち向かった。
ナシュアの殺した父鳥に捕まってか、自身らで塔を上って来た彼らはイズミの姿を見るまで完全に心が折れており卵を温める母鳥の餌となるのを待つだけのはずだった。
その彼らが今また母鳥と対峙している。
割れた卵とその中身を見て立ち尽くすイズミは、シロウの言っていた言葉を思い出していた。
――勇者と言うのは人に勇気を与えられる者だ、と。
そうか、私が彼らに勇気を与えてしまったのかとぼんやりした思考の中でイズミは考えていた。
危険度が高いだろう緊急依頼を勇んで受ける冒険者だけあって腕も確かだ。卵は次々に割られていき、母鳥の鳴き声は怒りと言うよりも悲しみを強く帯びるように聞こえる。
「イズミ!」
白蛇ハクの声でイズミはハッと我に返ると即座に剣を抜く。
剣には風魔法が纏われていて、イズミの一振りで怪鳥は大きく吹き飛び灯台の壁を破壊して外へと吹き飛ばされる。
「すげぇ!」
「一撃か……」
口々に感嘆の声を上げる冒険者達を他所にイズミは心配そうに壁に空いた穴を見つめる。
どうかそのまま逃げて欲しい、と願う。
だが、その願いは届かなかった。
バサッと力強い羽ばたきが聞こえたかと思うと、母鳥が穴から再び姿を見せる。
イズミがギュッと唇を噛み締めたその時、ようやくナシュアが到着した。
「わり、遅れた」
二人目の四極天の登場に冒険者達は唖然とする。
「武の極致……ナシュアまで!?」
「……どうなってるんだ?」
母鳥は再び塔内に入ると、そこから動かずにジッとイズミを見る。
ナシュアはイズミをグイっと押しのけて母鳥に近づく。
そして音も無く剣を抜くと母鳥の首が落ちる。
母鳥の足元には割れた卵達があった。
母鳥は、割れた卵の元へと戻って来たのだ。
「お疲れさん、あんたらも命があってよかったな」
冒険者達をねぎらうナシュア。
超が付く有名人からのねぎらいに興奮する冒険者達。
「さっ……サインいいですか!?」
「あっ、俺も!」
「はは、慌てんな。俺は逃げも隠れもしねぇからよ」
得意げにサインに応じるナシュアがふと横を見ると、すでにイズミはいなかった。
◇◇◇
「ただいま」
夕方前頃、笑顔でイズミは帰って来た。
「おかえりなさいませ、イズミ様」
執事長から借りた使用人の制服を着てイズミを出迎えると、イズミはクスリと笑う。
「普通にしててよ」
「おう、お帰り」
イズミは手を後ろに組んで物珍しそうに俺の周りをクルクルと回りながら俺を眺めてニヤニヤとする。
「へぇ、意外と似合うんだね」
「だろ?俺もそう思う」
軽口を叩くとイズミも満足そうに笑う。
「お部屋まで案内していただける?」
俺は軽く頭を下げる。
「ご案内いたします、お嬢様」
「ふふ、もううちで働きなよ」
俺とイズミのやり取りをニコニコと見守る執事長の姿が目に入ったが気にしない事にする。
イズミは部屋に着くとボフっとソファーに身体を投げ出し、大きく長く息を吐く。
「お疲れ」
「……んー、ありがと」
「ほい、飲むか?」
高級そうなクリスタルグラスにポーションを入れて差し出す。
「ありがと」
ゴクゴクゴクと一息に飲み干す。
「ぷはー、おいし~。生き返る~」
飲み終わると両手を天井に伸ばして背伸びをする。
「元気出た」
使用人の服の上着を脱いで椅子に掛ける。
「元気無かったのか?」
「あ、せっかくだからまだ着ててよ。似合ってるよ、本当」
何となくはぐらかされた様な気がするが、とりあえず上着を羽織り、ボタンを留める。
イズミが話したくない事を無理に聞き出してもしょうがない。ポーションのお替りを出して様子を見る事にする。
魔法に出来なくて薬師に出来る事って、もしかしたらこう言う事なのかも知れないなと思ったが魔法による自白とかもできそうだと思いついて、それも何か違うよなと思い直した。
イズミはソファに深く腰をかけながらクリスタルグラスを両手で持つ。
俺は制服を着たままもう一つのソファに寝転がり借りてきた本を読む事にした。
恐らく10分位の時間が経った頃、イズミは言い辛そうに口を開く。
「……大きい鳥の魔物がさ、卵育ててたの。つがいで」
本越しにイズミを見ると、イズミも俺を見ていて目が合った。
次の言葉を待つまでも無く、言いたい事はわかった。
イズミは魔物を討伐に行ったのだから。
「……辛かったな」
◇◇◇
シロウの言葉にイズミは困った顔で微笑む。
「……変じゃない?」
魔物を殺して、悲しむのは。
イズミの問いかけにシロウはコクリと頷く。
「じゃない」
「ならよかった」
ほっとした表情を見せ、クッションを抱きまたソファに沈み込む。
「シロウがいる時でよかった。一人だと落ち込んじゃったと思うから」
「なるほど、じゃあ俺のお陰で世界は救われると言っても過言では無いわけだ」
明らかに過言ではあるが、イズミを元気づける為に得意満面の笑みでシロウがそう言うと、さも納得と言った様子で深々とイズミは頷く。
「そうなるね」
「いや、明らかにならねーだろ」
「ふふ、何よ自分で言っておいて。あっ、何かおやつ食べる?もう食べた?」
「いや、まだ。ずっと本読んでたから」
「へぇ、偉いね。今何か頼むね」
恐らく風魔法で扉を開けると、扉の向こうに待機していた使用人におやつとお茶を頼む。
今日のおやつはドライフルーツのパウンドケーキ。
「よろしく」
頭を下げる使用人に軽く手を振るイズミ。
ぱたんと扉が閉まる。
そして、暫くしておやつとお茶が運ばれてくる。
屋敷の人達はイズミが酒に弱い事を知っているようで、パウンドケーキには洋酒は使われていなかったが、その代わりに特殊なブレンドをしたハチミツを使っているそうだ。
「シロウはさ」
ケーキを二切れ程食べた後で、思い出したようにイズミは口を開く。
「何だ?」
「もし、魔王だったらどうする?」
ケーキを頬張ろうと口を開けたまま数秒固まるシロウ。
「……マジ?」
「あっ!ううん、違う!勿論例えだよ、例え!」
フーッと安堵の息を漏らした後でケーキを再開するシロウ。
「ビビらすなよ。そうだなぁ……、どうするって言っても」
モグモグとケーキを頬張りながら右上の方を見て思案する。
ニコニコと微笑んではいるが、ジッとシロウの言葉を待つイズミの手は少し汗ばんでいる。
「俺の意思とかは?今のまま?それともなんか急に悪に染まる感じ?」
何を細かい事を、とイズミは思ったが、それだけ真剣に考えてくれていると気付き少し嬉しくなる。
「基本的には今のまま。でも、封印が解けるごとに少しずつ力が増して浸食されるかも知れない……とかは?」
いつの間にか双方ケーキを食べる手が止まり、シロウは腕を組み頭を捻る。
白蛇のハクは内心ハラハラしながらチラリとイズミを見る。
「そうだなぁ……」
そうだなぁループに入ったかと思うと、シロウはにこっと楽観的に笑う。
「イズミが止めてくれるだろ。……ってのは、あり?」
イズミは嬉しそうに笑う。
「あり。でも腕の一本二本は覚悟しておいてね」
「二本って両手じゃん」
「ふふ、そうね。じゃあもし……」
――私が魔王だったら?
と、口から出そうになったが何とかイズミはそれを堪える。
「ううん、何でもない。一切れあげるよ。おいしいよね、このケーキ」
イズミはケーキを刺したフォークを風魔法で口元まで運ぶ。
「サンキュー」
おやつは再開され、ハクは一人ひっそりと安堵の息を漏らす。




