灯台の上で
◇◇◇
翌日、イズミは『お仕事いってくるね、シロウお留守番よろしく』と言いナシュアと出かけて行った。
留守番も何もこの家には沢山の使用人達がいて、殆ど帰ってこないイズミがいつ帰ってきてもいいように完璧に家を維持してくれているのになぜ留守番が必要なのか。
沢山の使用人達と共にイズミを見送った後でそんな疑問が頭に浮かび、横で微笑む執事長に伺ってみる。
「皆さんがいるから留守番いらないっすよね?」
初老の執事長は微笑みを崩さずに首を横に振る。
「イズミ様は『シロウお留守番よろしく』と仰いましたので。シロウ様をこの屋敷に留めるのも我らの仕事のうちかと」
「はは、なんすかそれ」
でも、何となく気持ちはわかる様な気がした。
誰もいない家に『ただいま』って言って帰るのは少し寂しいもんな。
「じゃあお言葉に甘えて遠慮なく全力でゴロゴロさせてもらうっすよ?」
俺が挑戦的な笑みでそう言うと、執事長はにっと小さく口元を上げた。
「望むところでございます」
分不相応な豪邸だが、イズミの家と言うだけで不思議とアウェー感は無い。『知恵の樹』で借りてきた本でも読みながら帰りを待たせてもらうとしようか。
とりあえず風呂に入ろうと思い、欠伸をしながら浴場に向かう。
キリガミヤ邸は当然風呂も豪華で広い。
服を脱ぎ、左肩にうっすらと残る傷痕に目をやる。
記憶は無いが、8年前村が滅んだあの日にできた傷痕だ。
成長につれて大分薄くなったが、歯形の様に見える。
要するに、イズミに助けられていなかったら俺も魔物に食われていたと言う事だ。
身体を流し、下手したらうちと同じ位の広さの浴槽にざぶんと浸かる。
「ふ~……」
何もしていなくても朝風呂は気持ちがいい。
今回の仕事は魔王討伐とは直接関係の無いちょっとした魔物退治だと言っていた。
帰ってきたらちゃんと『お帰り』と言ってやらなきゃな。
◇◇◇
「もう。せっかくのお休みなのに」
港町の灯台が魔物に占拠され、警備兵にも被害が出ているとの報告を受けてイズミとナシュアはやってきた。
四天王や魔王の影が見えるような大きな件では無い為、本来はわざわざ二人が出向くような案件ではない。『勇者』や『四極天』とまでいかずとも名の通って実力のある冒険者は多く存在するので、各ギルドに緊急依頼が回る事になる。
緊急依頼はハイリスクハイリターンが常の為、腕に覚えのある冒険者達がこぞって向かうのだ。
今回はその緊急依頼をナシュアが受けて、イズミも無理やりに連れてきた格好だ。
まさか四極天が来るとは思わず、ギルド長も驚いていたようだ。
少し先にある火の消えた灯台を眺めながらナシュアは笑う。
「悪いな、おくつろぎの所邪魔しちまって」
「わかってるなら止めてよね」
「まぁ、そう言うなって。灯台が復旧しないと船の航行にも支障がでるだろ?すると世の中の物流にも影響が出るわけだ。それにもう何人も冒険者の被害が出てるわけだし……」
「そんなに正義感溢れた人じゃない事くらいは分かってるつもりですけど?」
得意げに話すナシュアを白い目で見てため息を吐くイズミ。
ナシュアが悪戯がバレた子供の様にペロッと舌を出すと、イズミは嫌悪感を隠さず後退りする。
「うっわ、いい歳したおじさんのその仕草は殺人的ね」
「……俺だって傷つくぞ?言葉を選べよ」
昼のうちに片づければ夜には灯台に火がともせるだろうか?
そんな事を考えながらトコトコと灯台に向かう。
風に乗って少し血の匂いがした気がした。
「それで?何か話があるんでしょ?」
イズミの言葉にナシュアは大きくため息を吐く。
「何だよ、わかってんじゃねぇか。無駄に俺の繊細な心を削るんじゃねぇよ」
「金剛石が繊細と言えるならナシュアの心も繊細かもね」
「ははは、よくわかんねぇ例えだな。そんじゃボチボチ本題のコソコソ話と行こうか。議題1、今後はヴィクリムを含む四天王と対峙する機会が増えるだろうが、ほかの二人への説明はどうするか?」
イズミは困った顔で笑う。
「……どうしようか?」
「続けて議題2、あの小僧にも伝えた方が――」
「嫌」
ナシュアの言葉をイズミは遮る。
「シロウに伝えるのは嫌。……って言うか無理。絶対無理」
「無理ったってお前なぁ……、いつか必ずバレる日が来るんだぞ?」
イズミはナシュアを見てニコリと微笑む。
「バレない方法、一つあるの。ナシュアが協力してくれたらだけどね」
「バレない方法?それこそムリに決まってんだろ。言ってみろよ」
微笑みながら首を横に振るイズミ。
「秘密。その時になったらね」
「……どうせろくな考えじゃねぇんだろうなぁ」
「それでも、シロウに知られるよりずっとずっといいよ」
ナシュアは首をゴキゴキと鳴らしながら空を見ると上空を旋回しながらこちらの様子を伺っている魔物に気が付く。
「そんじゃ、議題2は否決って事で。1に戻ろうかね」
「んー……」
旋回している魔物は鳥を大型にして爬虫類と混ぜたような容貌で、時折鳴き声を上げる。
ギャア、ギャアと言う鳴き声が最後に一度ギャッと短くなると、次の瞬間その魔物は旋回を止めて落下してくる。
数秒後にズズンと音を立てて地面に落下をする。首の付け根には片刃の剣が刺さっていた。
ナシュアの剣だ。
「怪鳥類か。おそらくつがいで子育てでもしてんだろ。旦那は飯を取ってきて、奥さんは巣で子育てってか」
いつの間にか剣を放っていた様で、首から剣を抜きヒュッと血を払う。
「……行こ」
イズミは不機嫌そうに上を見る。
「おう」
ナシュアは入口へ向かうが、イズミは風魔法を用いてひゅっとその場から飛び立つと次の瞬間には灯台の頂上にいた。
「おっそ」
「……くそったれ」
◇◇◇
降り立った灯台の屋上から一つ降りるとそこには身構えた怪鳥がいた。ナシュアの言葉を信じるなら雌だ。
「ゆっ……勇者イズミ!?」
「助かった!」
数人の死体と、いくつかの骨、そしてみたところ6人程の生き残りがいた。
生き残りの面々はイズミの事を知っていて、その姿を見て自身らの生存が確定したことに安堵した。
母鳥の後ろの衣類や植物で作られた巣には丸まった犬程の大きさの卵が4つ程見えた。
イズミはゆっくりと母鳥に近づき、母鳥も威嚇の声を上げる。
そして、ある程度近づいたところでぼそりと呟く。
「何処かへ行って」
イズミは眉を寄せ、困ったような、悲しそうな顔でそう言い放つ。
冒険者たちでは無く、母鳥に。
彼らには聞こえない程の声で、母鳥に。
「あなたの家族は殺したわ。あなたは子供たちを連れて何処かへ行きなさい。そしてもう人には近づかないで。……伝わるでしょう?私の言葉なら」
威圧的に、慈悲を込めて、悲しむようにゆっくりと近づきながらイズミは母鳥を諭す。
この鳥型の魔物に人語を理解する知能があるとは思えないが、イズミは人語で話しかける。
だが、これは人語であって人語では無い。
『魔王様のお言葉』だ。
母鳥は一度目を丸くしたあとでイズミをジッと睨む。
そして、一度短く答える。
彼女がクルリとイズミ達に背を向けたその瞬間、卵の一つがバリンと鈍い音を立てて割れ、中身が飛び散る。
卵には矢が刺さっていた。
サァッと血の気の引くのを感じたイズミが振り返ると、一人の冒険者が弓を構えているのが目に入り、後ろから悲鳴にも似た母鳥の雄叫びが聞こえた。
割れた卵からは、孵化直前だった雛鳥になるはずだったものが見えた。




