四極天と四天王
◇◇◇
ジーオさんからイズミ邸に使者が来て、所用が入って行けなくなってしまったとの言伝を受けた。
「……どうせ勝手に気を使ったんじゃないの?」
呆れ顔のイズミ。
「何に気を遣うんだよ」
「さぁ?何だろうね。ま、でも本当に仕事かもしれないしね。折角のお休みだし、こっちはこっちで楽しくやろ」
「うーっす」
身支度を整えて、鏡の前でクルリと一度上機嫌に回るイズミ。
「お芝居まで時間があるから王都を案内してあげるね」
「つーか、王都は普通に歩けるのか?」
「平気でしょ、多分」
ニコニコと楽観的にイズミは笑う。
だが、やっぱりそれは希望的観測に過ぎなかった。
ギルドを出たら原則イズミには不干渉との暗黙の了解を守っている俺たちの街とは違い、王都の人々はたまにしか市中に現れない勇者イズミに大騒ぎとなる。
そして、大多数の人々はイズミの隣にいるのがジーオでない事が納得できない様子だった。
「イズミ様~!」
「誰なんですか!?その男は!」
「ジーオ様は!?」
「幼馴染のシロウくんに決まってるでしょ!」
なんと俺の名前を知っているコアなファンまでいるのか。男のファンよりも女性ファンが多い事が意外に感じる。
イズミは眉を顰めて『プライベート』を連呼するが、そのうち諦めて防御障壁を張って物理的に遮断することにした。
「人気者は辛いっすなぁ」
横目でイズミを見ると困った顔でため息を吐く。
「お芝居の時は平気かなぁ」
「そんな心配かよ。つーか、こないだみたいに変装すればいいだろ」
「やだ」
「やだじゃねーよ。子供かよ」
ムスッと子供の様に頬を膨らませて、言葉を続ける。
「だってせっかくのお出かけなんだもん」
「お前がしないなら俺がするぞ」
そう言うとクスリと笑う。
「何でシロウがするのよ」
「だって俺の事知ってる人いたじゃん。ははは、地味に有名人だぞ」
「……私の幼馴染だからでしょ」
結局妥協案として、帽子と伊達メガネをかける事に同意してくれた。
王都のお店は、カカポ村よりも俺達の住む街よりもオシャレで、綺麗で、値段が高い。
芝居とやらが行われる王国劇場までの道すがら、色々なお店を眺めて楽しんだ――。
◇◇◇
突風がサラスラットの街に吹く。
次の瞬間、封鎖されている中央広場にタっと降り立つジーオ。
その姿を見て警備兵たちは目を丸くするが、次の瞬間ビシッと直立をして敬礼をする。まさか、ジーオ自らがこんなに早く来るとは夢にも思わなかった。
「ジーオ様!」
服をパンパンと払い、皆を安心させる為にニコリと微笑むジーオ。
「遅くなってすまない。状況は?」
「現状、異状はありません!」
「件の魔物は?」
「影も形も……、街の外に出た痕跡もどこかに潜んでいる形跡もありません」
ジーオは悲しそうな顔で辺りを見渡す。
「犠牲者を弔いたい」
「ハッ!」
街は静まり返っていた。
訳も分からず突如として50人の命が失われ、未だ血の臭いが取れない広場。
本来ならお昼時の今、賑やかな笑い声が響いているはずだ。
それを思うとジーオは悔しくて、悔しくてギリっと歯ぎしりをした。
50人の命が失われたと言う事は、その何倍も悲しむ人がいる。
ジーオは錆びた刀を覆う煌びやかに輝く鞘を地面に突き立てて大きく息を吸い込むと、そのスマートな風貌からは想像出来ないような大声で叫ぶ。
「どうかまた、この街に笑顔が戻るように!……魔物を!魔王を滅ぼす事を誓う!クアトリア王国第一王子、ジーオ・アズマギア・クアトリアの名に懸けて!」
静まり返った街。
そこには沢山の人が息を潜めて暮らしていた。
四極天ジーオの声を聞き、広場は地鳴りの様な歓声に包まれる。
◇◇◇
――その邂逅はすぐに訪れた。
昼夜を問わず広場に置いた椅子に座り、街全域の警戒を行っているジーオ。
またこの街で惨劇が起こる保証は無い。
だが、手がかりは何も無い。
些細な変化も見逃さぬように目を閉じて集中していたジーオが目を開ける。
月は影に遮られる。
影は少女の物だった。
「こんばんわぁ。わっ、超綺麗な子」
フワリと宙から舞い降りる少女は四天王の一人『百獣姫』シアン。
ジーオはニコリと微笑む。
「こんばんは。可憐なお嬢さん」
「可憐だなんて、そんな……。えへへ」
頬に手を当てて照れる素振りを見せるシアン。
「単刀直入に聞くよ。先日の魔物……君の仕業かい?」
シアンはキョトンとした顔で首を傾げる。
「うん、普通にそうだけど」
その刹那、ジーオの神速の抜刀がシアンの首を両断する。
だが、落ちたのは狼の首。ゴトリと地面に落ちて、血が噴き出す。
「……うっわ、何今の速度」
トンと屋根の上に腰を下ろしながら引きつった笑みを浮かべるシアン。
チラリと一瞬狼の死体に目をやりながらシアンを見る。
――間違いなく斬った感覚はある。幻術の類では無いはずだ。
平静を装いながらも困惑するジーオ。
だが、シアンもそれは同じだった。タイミング的にも、硬度的にも斬られるはずなんて無いのに、と。
シアンは感心した様子でジーオを眺める。
「さっすが魔王様の今のお仲間ね。名前は?覚えてあげる」
「……ジーオ・アズマギア・クアトリアだ。次は外さない」
「ジーオ、ね。私はシアン。人呼んで、『百獣姫』シアン。本当は魔王様に来て欲しかったけど、あなたにも会えてよかった。うふふふ。」
ニコニコと上機嫌に足をパタパタと振るシアンの言葉を聞いて違和感が重なるジーオ。
「……ちょっと待て。さっきから何を言っている?」
シアンは首を傾げる。
「ん?素敵な男性に会えてよかったって話だけど」
「違う、それじゃない!……魔王はもう甦っているのか?」
一瞬眉を寄せるシアン。
「あれ?あなたは知らないの?」
意地悪そうににひっと笑う。
「うふふ、おかしいね。デカいのは知ってたみたいだけど、あなたは知らないんだ?」
「待て!何を言ってるんだ!」
「続きはまた二人きりの時にしよ。じゃ、またね」
「おい!」
「あ、そうそう。この街にはもう手は出さないからね。その方があなたのメンツも立つでしょ。じゃあね~」
パチッとウインクをしたかと思うとシアンは姿を消す。
視線の先には月のみがある。
ジーオは大きくため息を吐く。
「……どうかしてる。魔物の言う事を真に受けるなんて」
(魔王は、……もう復活している?デカいのは知っている?)
心配そうにジーオを見上げる黒蛇のノワの頭をよしよしと撫でる。
「報告に行こうか」
「そうね」




