百獣姫のお戯れ
◇◇◇
とある地方都市。
街の中央広場沿いにある教会の屋根には一人の少女が座り、月が影を地面に落とす。
「沢山いるねぇ」
視線の先を行きかう人々を眺めてニコニコと楽しそうに少女は笑う。
日は落ちて、月が昇っているが沢山の人で賑わっている。
「ま、いますな。季節を問わず繁殖が出来るところが人間の最大の長所ですのでね」
傍らに立つ獄殺卿は得意げに微笑み、人間の長所を百獣姫シアンに述べる。
「私達魔族はあんまりだもんね~。ま、それも自然の摂理としては当然か。弱いものは強いものより増えないと絶滅しちゃうもんね」
「その通り。だからちゃーんと人間は保護しなければいけませんよ?ウヒヒヒ」
「まぁね~。勿論わかってるよ。取り合えず50人くらいいいかな?」
獄殺卿ヴィクリムは懐から手帳を取り出してパラパラとめくる。
「ふむ、この地方は食べ物のせいかあまり味もよくありませんし……まぁいいでしょう」
シアンはニッコリと笑う。
「はーい、オッケ~」
大きく息を吸い込むと、月に向けて大きく長い遠吠えをする。
隣に立つヴィクリムは耳を押さえて迷惑そうな顔をしているが、シアンは特に気にしない。
空気の振動が止むとぐにゃりと空間が歪み、狼を熊程の大きさにした様な巨大な魔物が3匹現れる。
狼たちはタっと地面に降り立つと、主の指示を待ちピシッと微動だにせずお座りの姿勢をとる。
急に現れたその3匹に対して、人々は様々な反応を見せた。
ある者は声を上げその場を走り去り、またある者は何かの余興と思い遠巻きに恐る恐ると見守る。
匹の魔物はお座りの姿勢を崩さず、瞬きすらしなかったので、作り物かと思い近づく者もあった。
ふらふらと千鳥足で近づいてきたその男性は、仕事帰りに酒を飲んだ後だろうか?酒の勢いもあってか、同僚と思しき男性が止めるのも聞かず『巨大な狼の置物』に手を伸ばす。
「ははは、大丈夫。大丈夫だって。本物の訳ねぇだろ?」
実際にはもう少し呂律の回らぬ物言いであったが、そのような内容の事を言い狼の鼻先に触れると、鼻先は湿っている。
「お?何だこれ、よくできてんじゃねぇか」
そのまま狼を撫でまわし、髭を引っ張る。
その間も狼は微動だにしない。
「50人。3人で割ると~?」
教会の屋根でシアンが楽しそうに言うが、広場の人らには当然声は届かない。
だが、狼には届く。
真ん中の一匹が一瞬早く『オン!』と短く吠える。
それにやや遅れて左、右の順に吠える。
その鳴き声を聞いて、何かの魔法が切れた様に騒然とする広場。
「正解!答えは16と余り2でした。じゃあ3人合わせて50人食べていいからね。それじゃよ~い、はじめっ!」
重ねて言うが、広場の人々にはシアンの声は聞こえない。
だが、その声を合図に狼たちの『おあずけ』は解け、広場は地獄絵図の様相を呈する。
「人間は匹じゃなかったです?数える単位」
目を細めて満足げに地獄絵図を眺めるヴィクリムはシアンに問う。
「人間は『人』でしょ。動物は匹。あっ、知ってる?ウサギって『羽』なんだよ」
「あぁ、左様ですか。どうでもいい知識ですな。豆知識ならぬ塵知識。ウヒヒヒヒ」
「はぁ~?自分から聞いておいてそんな物言いってある?しかも間借りしてる立場でさ」
「それを言われると弱いですな。ウヒヒヒヒ」
おあずけの解除から1分と経たずに、狼たちはまた綺麗に整列をしてお座りをする。
広場は不気味なほど静まり返った。
シアンは狼たちを見て嬉しそうに頷く。
「おいしかった?また遊ぼうね」
狼たちは嬉しそうに一吠えすると、またぐにゃりと空間が歪み彼らの姿は消えた。
「魔王様、来てくれるかな?」
「さて、どうでしょうな。継続は力なりと言う言葉もありますし、続けるのがいいでしょうな。あっ、それはそれとして、最後の『おいしかった?』は皮肉ですかな?この地方の人間は味が落ちると私が……」
「あー、はいはい。わかったわかったって。それじゃあ今日のところは帰ろうか」
◇◇◇
「サラスラットの街が……?」
地方都市サラスラットに突如現れた魔物により、50人の命が失われた。
その報がジーオの元に届いたのは翌朝の執務中だった。
判を押す手を止めてジーオは首を傾げる。
サラスラットの街は、近くに山も森も無い。
それなのに突如としてその大きさの魔物が現れるだろうか?
「その魔物達は?」
ジーオの問いに報告者は首を横に振る。
「わかりません」
「……そうか」
ジーオは腕を組んで考える。
魔物の行方が『わからない』、と言う事は今はすでにサラスラットの街にはいないのか?
熊程の大きさの魔物が、誰にも気づかれずに街の中央に現れると言うのは野生の魔物ではありえない。
空を飛ぶタイプの魔物であれば可能かもしれないが、理由なく広場に降り立つなんて事はまずない。
誰かが召喚した?
予期してか、予期せずしてか。
そのどちらの場合でもきっと口を割ることは無いだろう。
どちらにせよ、もし今後同様の事が起こったとして、瞬時に50人の人を襲う魔物の相手は街に常駐の警備兵の手には余るだろう。
全ては想像でしかないが、考える程に嫌な予感がする。
ジーオは顔を上げて報告者を見る。
「僕が行こう」
その言葉に報告者の顔がぱっと明るくなる。
机の書類を纏め、身支度を整える。
「準備ができ次第すぐに向かう。街の方にも話を通しておいてくれ」
「ハッ!」
嫌な予感がするとは言え、他の三人に召集をかける程では無いとジーオは考えた。
この若さにして『技の極致』と称されるその実力には一切の誇張も忖度も無い。純然とした彼の実力と努力と才能によるものだ。
熊だろうが、虎だろうが、龍だろうがほとんどの魔物は彼の錆びた剣のさらなる錆びとなるだろう。彼の代名詞とも言える古の宝刀『アマツの異国刀』。錆びたその刃は、常人が扱えば枝も切れない鈍らだが、持ち主の腕前次第でいくらでも切れ味を上げる刀だ。
大概どんな魔物が出ようが問題ない。これは過信では無く、絶対的な自信だ。
「他の奴らには声かけないの?」
ジーオに巻き付きながら黒蛇のノワが問うが、ニコリと微笑む。
「僕一人で十分さ。皆折角のお休みだしね」
ノワは呆れ顔でジーオに白い目を向ける。
「それはジーオだって同じでしょうに」
「イズミとシロウくんはお芝居を見に行くんだよ」
「だから、それもあなただって……もういいわ」
ニコリと微笑み部屋を出る。
ここ王都からサラスラットまでは馬車で一週間、早馬で三日。カルラの魔法陣は近くには無い。
「風魔法で行くよ」
身支度を終え、イズミ達への芝居の券を手配して、城の屋上に立つ。
「は~い」
剣の柄に手を当て『集え』と呟くと、次の瞬間ジーオの身体は空に舞い、風のように飛び去った。




