いつもと違う場所で、いつもみたいに
◇◇◇
「お帰りなさいませ、イズミ様」
城から余り遠くない貴族たちの邸宅が並ぶ高級住宅街にイズミの本宅はある。
イズミと俺が門を通り扉を開けると、使用人たちがズラッと並び同じ角度で頭を下げて久しぶりの主の帰還を喜んだ。
「もう、普通にしてていいって言ってるのに」
使用人たちの歓待を喜びながらも困った顔でほほ笑むイズミに、責任者らしい初老の執事はほほ笑みながら頷く。
「これが私共の普通でございますので」
「……ありがと」
主のお言葉に執事は頭を下げる。
「もったいないお言葉でございます」
執事他たくさんの使用人達は、イズミがいつ帰ってきてもいいように毎日家を整えているそうだ。
「お金勿体ないからやめて、って言ってるんだけどね」
リビングのソファに腰を下ろしイズミはため息を吐いた。
俺もイズミの向かい側のソファに腰を下ろすが、底なし沼の様に身体が沈み込んで一瞬慌てた。
「他の四極天もそんな感じの待遇なのか?あぁ、ジーオさんは別として」
「うん、ちょっと離れた所にお屋敷あるよ。後で行く?」
「……いや、いい」
となると、以前訪れた『知の極致』カルラの屋敷はご近所なのか。それにしても、あのナシュアって人と豪邸ってなんかイメージが噛み合わないな。
部屋を見渡すと見るからに高級そうな調度品が飾られている。
「こう言うのはイズミのセンスで飾ってんの?」
「……私が飾ると思う?何も置かないと殺風景だからって勝手に置かれるの」
「なるほどな、納得。あ、本読んでいいか?10日しか借りられないからさ」
「うん、勿論。自分の家と思ってくつろいでていいよ。……って、私が言うのも何か変だけど」
別に正真正銘イズミの家なんだから何も変じゃないけどな。
「そんじゃ遠慮なく」
そう言って無遠慮にソファに寝転がり本をめくる。
「夜はカカポ村の郷土料理を作ってくれるってさ」
同じようにソファにゴロゴロしながらイズミは呟いた。
「マジか。……つっても山菜とか猪肉とかの類だろ?あんまり覚えてないけど」
「ふふ、まぁお楽しみに」
イズミが手をかざすと、聞こえるか聞こえないかくらいの音量で音楽が流れる。
俺はソファで本を読み、イズミはクッションを抱いてウトウトとしている。休日の午後っぽいまったりとした空気と時間が流れる。
身の丈に釣り合わない豪邸だが、不思議と居づらさを感じないのはイズミがいるからだろうか?不思議なもんだ。
緩やかな、時の速度。
大賢者ゼル……爺ちゃんが書いた本を読む。
左ページと右ページにそれぞれ古代文字と現代語訳が書いてあり、注釈や解説が記されている。それによると、一口に古代文字と言っても、年代によって大きく言葉が異なるようだ。
よく考えてみると当たり前で、300年前と4000年前で同じ言葉が使われているわけはないもんな。文字自体が違う場合と、文体が違う場合と、文字だけ流用した暗号の場合があるようだ。
そして、薬学に於いてはその植物の名が異なる場合や、既に絶滅してしまっている場合があるそうな。
たからユニコーンがモノケロースと言う呼称をされていたのか、と一人納得した。その年代はそう呼ぶのが一般的だったのかもしれないな。
暫く読みふけっていて、ふと気が付くと机に焼き菓子が置かれていて、チラリとイズミを見るといたずらそうに笑った後で何やら口パクで俺に語りかけてくる。
生憎読唇術の嗜みはないので、眉を寄せ凝視するともう一度やってくれた。
やはりわからない。
最初は『お』の形だと思うんだが。
「普通に喋れよな」
そう言うが、首を横に振りまた口パク。
「お……い……」
同じ口の形が続く。
急にわかった。
「わかった!お、い、し、い、よ、だ!」
にっこりと満面の笑みでコクリと頷く勇者様。
また口が動く。
「せ、い、か、い?」
パチパチと拍手をしながら頷くイズミ。
「ふふふ、邪魔してごめんね。美味しいから食べてみて」
やっと声を出しての会話だ。
「意外とわかるもんだな」
「古代文字の解読もきっと一緒だよ。何年前だろうと同じ人間の考えだもん」
「なるほどな」
確かに一理ある。500年前に書かれた神話の神々のラブストーリーにだって、決して荒唐無稽な感情は描かれていないのだから。
しっとりとした焼き菓子を手に取り食べる。
何とも上品な甘みと言う奴だ。食べるときに音がしないようにこのチョイスなのか。
「食べ過ぎるとご飯食べられなくなるからね」
口パクで『オッケー』と答えると眉を顰められ「ちゃんとしゃべってよ」と苦言を呈される。
何という理不尽。
結局、その日の夜はカカポ村の郷土料理とやらが出たが、不思議と懐かしさは感じなかった。
どんな料理かよりも、誰が作ったかが懐かしさに関わってくるのではないか?と感じた。
「おいしいけど懐かしくは無いって」
主の言葉に執事と料理長は頭を下げた。
「いや、わざわざ言わなくていいだろ」
「お店で食べてるなら言わないよ。でも私達の為に懐かしい味を作ってくれようとしたんでしょ?なら言ってあげないと意味無いじゃない」
「あ、でもおいしいっすよ。……懐かしいかどうかは正直覚えてない面が強いからなぁ」
フォローと言うか、正直な感想に頭を下げたまま料理長は答える。
「覚えていなくても食べればわかります。育った味とはそう言うものです」
「じゃあ次にシロウが来た時にリベンジね」
イズミは挑発的にクスリと笑うと、料理長はやはり頭を下げたまま『ありがとうございます!』と力強く答える。
何に対してのお礼なのか少し考えてしまったが、挽回の機会を頂戴できた事に対してのお礼なのだろうと自己解決する。
「普段イズミがいない時は何をしてるんですか?」
触れていいか悪いかわからなかったが、気になったので聞いてみると責任者と思しき初老の男はニコリと微笑み事も無げに答える。
「今日の様にお帰りになった時の為にお屋敷を整えております」
俺はイズミを見る。
「だってさ」
「うん、知ってる。ねぇ、今日は一緒の部屋で眠ろうよ!昔みたいにさ、眠くなるまで色々話しながらさ」
「はぁ!?何言ってんのお前、寝る訳ねーだろ。別々に決まってんだろ」
至極当然な俺の言葉を聞いて、イズミは口に手を当てて挑発的な笑みを俺に向ける。
「あ、そう。シロウは私の事そういう目で見てるんだ?たった一人の幼馴染として昔を懐かしもうと思ったのになぁ。でも、ありがと。そういう目で見てくれてるんだぁ。へぇ。やっぱりあれ?私と一緒の部屋で眠ると色々まずい感じ?」
「バカ言ってんじゃねーよ。何の問題もねーよ。いいぜ、昔みたいに怖い話で小便漏らさせてやるからな」
「勝手な思い出捏造しないでくれる?漏らしたのはシロウでしょ?」
「あれ、そうだっけ」
そんなこんなで平和な一日が過ぎる。
いつか、魔王とやらを倒せばこんな風な毎日が続くのだろうか?




