魔王四天王・『獄殺卿』ヴィクリム
◇◇◇
「おい、ジジイ。このガキどうするつもりだ?」
ナシュアは腕を組み、ベッドに寝かせた二人の子供を見下ろす。
ジジイと呼ばれた初老の男は困り顔で二人の寝顔を眺める。
「……どうするも何も。本当に予言通りだとするのなら、力の使い方を教えねばなるまいな」
ナシュアは溜め息を吐き、ガリガリと頭を掻く。
「……死んじまってた方が幸せだったのかねぇ」
初老の男はバシッと持っている杖でナシュアの頭を叩く。
「いてっ……!このジジィ!」
「バカたれ。二度と言うな。その子はお前に任せる。もしもの時は……」
男はわざともったい付けてそこで言葉を止める。
そして、ナシュアも言葉の続きを理解していて呆れ顔で頷く。
「わかってるよ、クソジジィ。もしもの時は……、俺が守ってやるよ」
ベッドで眠る二人の子供は、シロウとイズミ。
ナシュアの、八年前の記憶――。
「……む、寝てたか」
ナシュアは大きく欠伸をする。
右手には愛用の異国の片刃刀を持ち、辺りには無数の魔物の死骸が山となっている。
彼は立ったままでも睡眠が取れる上、眠ったままでも自動的に戦闘が行える程戦闘に熟達している。
他の三人を一旦帰しながらもナシュアだけは城の手前に一人残った。
これから皆が戻ってくるカルラの転送魔法陣の警護をしていたのだ。全員で戻ってしまうと、陣が消されたり、壊されたり、待ち伏せの危険もある。だから、一人は待機する必要がある。身内や特定の恋人がいるわけでもない彼はそれを志願した。
「お待たせ」
暫くして陣からイズミが出てくる。
「おう、早いな。もういいのか?」
周囲に積まれた魔物の死骸をちらっと見て呆れ顔をする。
「ナシュアも休みなよ。はい、差し入れ」
ギルドで買ったポーションを一本手渡す。イズミは気が付いていないが、シロウ製のポーションだ。
「おう、サンキュー。……つーか、お前酒飲んだだろ?」
スンスンと鼻を鳴らし、ナシュアは白い目でイズミを見る。
思わぬ指摘に慌てるイズミ。
「なっ……!?……何でわかるの」
血や死臭や瘴気の漂うこんな場所で、朝のたった一杯のお酒の臭いが判別出来る程鼻が良いと言うことだろう。
「いや、普通に臭い。いいなぁ、ズリィなぁお前だけ。酒の差し入れはねーの?」
「あるわけ無いでしょ、これから戦うのに」
「へぇ、勇者様はお飲みになられてるのに?」
「う……」
言葉に詰まるイズミを見て噴き出すナシュア。
「がはは、冗談だ。まぁ、ここ落とせば一旦帰れるからな。そのときのお楽しみにしとくわ」
不安そうな顔をするイズミを見て言葉を続けるナシュア。
「そう言えばさっき懐かしい夢見たぞ」
「夢?」
「あぁ。お前等をジジイの家に連れてきた時だな。ははは、あのガキがこんなでかくなるんだから俺もおっさんになるわけだよ」
イズミはクスリと笑う。
「大丈夫、ナシュアは昔からおじさんよ」
「……てめぇ」
「子供から見たら大人は皆おじさんに見えるのよ」
手ごろな岩をパッパッと手で払い、そこに座るイズミ。
「……じゃあジーオもおじさんなんだな?ガキから見たら」
「ジーオはお兄さんでしょ」
「ほーら、いきなり言ってる事が違うじゃねぇか」
鞘に納めた刀でイズミを指さすナシュアを呆れ顔で見てため息をつくイズミ。
「はいはい、訂正しますってば。ジーオは子供から見たらお兄さんで、ナシュアは昔からおじさん。これでいい?」
「……むぐぐぐ、ほんっとうにむかつく小娘だぜ」
イズミは岩に座り足をブラブラしながら微笑む。
「シロウがさ」
足をブラブラとさせ、落ち着かないのかポーションの空瓶を手でクルクルと回しながら、ナシュアの反応を待たずに言葉を続ける。
「魔王を倒したら、一緒に村を見に行こうって」
「あの小僧は行った事ねぇのか。……別にそんな区切りつけなくても、明日にでも連れてってやると言っとけよ」
イズミは微笑みながら首を横に振る。
「ううん、やだ。シロウと約束したんだもん」
腕を組んだまま心配そうに眉を寄せるナシュア。
「……んで、お前はなんて言ったんだ?」
「その時は、私も連れて行ってねって」
ナシュアはイズミにも伝わるように、わざとらしく大きくため息をつき、肩を落とす。
「……ひでぇやつ」
「だって、嘘はつきたくないもん」
視界の隅で微かに魔法陣が反応したことに二人は気付く。
「ま、嘘をつかないってのは一種の保身でもあるがな。騙してあげるのも優しさだとおじさんは思うぜ?」
「やぁ、お待たせ。早いね、イズミ」
魔法陣からはさわやかな笑顔を浮かべてジーオが現れる。
「ほら、この笑顔がおじさんに見える?」
ニヤニヤとジーオを指差すイズミと、舌打ちをするナシュア。
「……何の話だい?」
当然、ジーオには話がつかめない。
◇◇◇
予定時間ピッタリにカルラが現れて、四極天が揃う。
「俺とイズミで入る。ジーオとカルラは後詰めを頼みたい」
「四人しかいない戦力を分ける理由は?」
「村の因縁、で納得できるか?」
ジーオはじっとナシュアを見て考える。
「それは、僕とカルラがいたら果たせない物なのか?」
ナシュアはコクリと頷く。
「そうだ。話せるときが来たら話す」
「カルラとイズミの意見は?」
カルラは右手をひらひらとあげて発言。
「賛成って言うか、特に反対の理由なーし。戦力的には問題ないでしょ。なら城の前で万一の敵の搦め手を警戒するのもありなんじゃん?」
「イズミは?」
「……ナシュアと同意見」
ジーオはそのまま少し考えると、コクリと首を縦に振る。
「危なくなったらすぐ呼んでくれよ?」
「悪いな、わがまま言って」
「ナシュアの我儘は今に始まった事じゃないけどね、あはは」
軽口を叩くカルラをチラリと横目に見ながら立ち上がり背伸びをすると、ゴキゴキと首を鳴らす。
「さァて、それじゃあ乗り込みますかね勇者様」
イズミも立ち上がると、クルリとその場で一回転宙返りをする。
「行こう」
◇◇◇
魔王四天王の一人『獄殺卿ヴィクリム』の居城に向かうまで、一匹の魔物にも遭遇しなかった。
そして、何百年か前にはとある貴族の居城だったとされるその城に着くと、風も無いのにギギギと錆びついた音がしてひとりでに門が開いた。
イズミとナシュアは無警戒に門をくぐり、城へと入る。
目の前にはタキシードの様な正装をした、一人の大柄な人型に近い魔物が立っていた。
魔物は深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました。この様な所までご足労頂き、誠に至極恐悦の至りでございます」
その瞬間、ナシュアが神速の抜刀で首を落とそうと試みるが、刀の柄には既にイズミの手が置かれていた。
「だめ」
イズミはナシュアを見ず、ジッと魔物を見ながら短く告げた。
魔物は頭を上げるとニコリと笑い、右手で館内を示し二人を誘う。
「我が主もお待ちです」
執事風魔族に先導され、二人は城の奥へと進む――。