闇夜の草むしり
◇◇◇
「……頭痛い」
シロウのベッドで目を覚ましたイズミは考える。
瘴気の谷を越えて、魔王四天王の一角『獄殺卿ヴィクリム』の城へとたどり着いた。そして、決戦前にシロウの所へと来て、朝食を食べ、なぜだかたくさんの冒険者にお酒を振る舞われ……ジョッキ一杯分だが、そのお酒を飲んだ。
記憶は無いが、シロウの部屋にいると言う事は……シロウが運んでくれたのだろう。
念の為布団の中をチラリと覗くが衣服の乱れは無いようだ。
とりあえず、フーッと安堵の息を漏らすとそのまままたもぞもぞと布団にくるまった。
布団は当然シロウの匂いがして、イズミは一人で顔を弛めた。
「ふふ」
「起きてんのか?」
頭上からシロウの声がしてイズミは固まる。
一秒にも満たない時間の思考の後で、イズミは何事も無かったように布団をめくる。
「おはよ」
「おう、おはよう。何笑ってたんだ?」
「さぁ?夢でも見てたんじゃない?」
「いい夢見てたんなら何よりだ。ほれ、薬。二日酔いに効くらしいぞ。なった事無いから知らねーけどな」
湯気の立つどす黒い色の液体が入ったカップを受け取る。
「……ありがと」
「しかし、イズミにも弱点あるんだな。じゃあアルコールの霧とかを噴霧すれば勝手に自滅するのか?四天王に知られたらまずくないか?」
背もたれを前にして椅子に座り、真面目にそんな心配をするシロウを見てクスリと笑うイズミ。
「それは平気だよ。基本的には遮断できるし、うっかり飲んでもすぐ分解か中和が出来るもん」
「じゃあ何で酔っぱらってたんだよ」
さすがにそれは言い過ぎだろうと、シロウも口を挟むが、イズミは首を傾げる。
「みんなの気持ちを分解していいの?」
「あー、なるほど。ダメだな、うん」
「ふふ、でしょう?」
「とにかくお前はあんまり人前で酒飲まない方がいいぞ」
照れ臭そうに言うシロウを見て、青ざめるイズミ。
「え、……何かした?私」
「あぁ。テーブルの上に乗って、服を脱いで踊りだしただけだ」
「なっ……」
イズミは絶句して記憶を検索する。
だが、記憶は無い。
真っ赤な顔でジッとシロウを睨む。
「……嘘よ」
「おっ、よくわかったな。……ぶっ」
瞬時に枕がシロウの顔を襲う。
「下らない嘘はやめて」
「へいへい。いいから茶飲めよ」
まだ恨みがましい目でシロウを睨みながら、禍々しい色の薬をチビリと一口飲む。
「……にが」
顔をしかめて少し舌を出すイズミを見て呆れ顔のシロウ。
「熱いのを一気に飲むんだぞ。その一連の動きが術式にもなってるんだから。薬術一体ってやつだな」
「……本当に?」
「俺を信じろ」
シロウの言葉を聞き、イズミはクスリと笑う。
「今嘘つかれたばっかりなのに?」
「あ、それは――」
言い訳を始めるより速く、イズミは湯気の立つカップをグイっと傾けると、ゴクゴクと一気に苦い薬を飲み干した。
「にっが」
飲み終わるとイズミはブルっと一度身震いをして、また舌を出した。
「それが効くんだろうが。ほい、口直し」
冷えたポーションを一瓶渡す。
「ん、ありがと」
ポンと蓋を開けて、やはりまたゴクゴク飲む。
勇者イズミ・キリガミヤ、本日三度目の一気飲みである。
飲み終わるとイズミは満足げに息を吐く。
「は~、おいし」
「治ったか?」
「ん」
背伸びをすると、ぴょんとベッドから降りる。
「治ったわ」
「そりゃよかった。つーか、もっと寝ててもいいんだぞ?出発までまだ時間あるんだからさ」
「だって起きちゃったんだもん。ポーションもう一本頂戴」
「毎度あり」
「ケチ」
「いやいや、こっちも商売なんでね。勇者様」
「いいじゃん。戻ってきたら払うからさぁ」
「……しょうがねぇなぁ」
◇◇◇
それから、少し散歩をして、夕飯を外で食べる。
まぁ、割といつも通りだ。
イズミは帰ってくるのだから何も特別になどする必要はない。
結局夕飯も俺が立て替える事になってしまった。
「……お前なぁ。絶対に返せよ」
「ふふ、返すってば。……そう言えば」
道行く馬車を見て、思い出した様にイズミは口を開く。
「朝はどうやってシロウの家まで連れてきてくれたの?」
「おんぶだよ」
イズミは即座に否定する。
「嘘よ」
「本当だよ。つーか、お前が言ったんだろ?『おーんーぶー』って」
イズミは真っ赤な顔で俺を睨む。
「……そんな嘘ついてどうしようって言うの?」
「ま、信じなくてもいいですがね。あの時店にいた人間は皆知ってるし」
ハッと思いつき、勢いよくハクを見る。
「ハク!ハクは私に嘘つかないよね!?」
気まずそうに、白蛇は顔を逸らす。
「……えーっとねぇ、イズミ。本当に言い辛いんだけどね」
「嘘ぉ……」
泣きそうな困った顔をするイズミ。
「ははは、むしろ人気は上がったんじゃねぇ?親しみやすいとかそんな感じでさ」
「……重かった?」
気にするところはそこか?と思ったが、正直に答える。
「思ったより軽かった」
「そっか、よかった」
それでいいのか?
「変なところ触ってないよね?」
「……そんな余裕あるわけねーだろ」
「ふーん、どうだか」
そんな風に何でもない話をしながら街をぶらぶらと歩く。
「ねぇ、そう言えばシロウ。今日は薬草集めしないの?」
「……誰かさんが家で眠ってましたんでね」
「今から行こうか。ほら、月も綺麗だよ」
イズミの指さす方を見ると、確かに月は明るく大きい。
満月では無いが、満月だけが月では無い。
「夜になると森には魔物が出るんだよ」
俺が言うと、イズミは得意げに鼻で笑う。
「へぇ。私がいても?」
「……あー、魔王も尻尾を巻いて逃げ出すかもな」
「行こ!さぼらないように見張っててあげる」
「うわー、いらん気遣い。いるならお前も手伝えよ」
結局、草むしりをするところまでいつも通りになってしまった。
いつもと違うのは、空に浮かぶのが太陽じゃなくて月と言う事か。
カゴいっぱいになるまで俺は草をむしり、イズミは何を言うでもなくニコニコとそれを眺めていた。
当たり前だけど、魔物なんて一匹も出なかった。




