魔王四天王とみんなの力
◇◇◇
取り合えずイズミと朝食を食べる事になる。
莫大な資産を持つ勇者イズミ・キリガミヤ様は『奢るよ』と仰るけど、一寸の虫にも五分の魂と言う言葉もあるように、俺にだって意地がある。当然割り勘である。
勇者としてのイズミは、その強烈な力と整った容貌、そして村を滅ぼされた悲しい過去から、とにかく人気がある。
だが、今現在実質の故郷とも言うべきこの街では、イズミに対して騒ぎ立てないと言う暗黙のルールが存在する。なので、食事をしていても特別に多くの人に話しかけられるわけでは無い。
「順調っすか?」
イズミの行きつけの定食屋で、厚切りのハムを切りながら世間話をする。
「うん。これから決戦」
スクランブルエッグを口に運びながらサラッと壮絶な文言が飛び出してくる。
「えっ」
俺と同様に店内も一瞬ざわめいた後、しんと静まる。
話しかけてこそ来ないが、皆イズミの話は耳をそばだてて聞いているのだ。
「聞き間違いでなければ決戦って言ったか?」
「言ったよ?言わなかったっけ、谷越えたら四天王がいるって」
眉をひそめてお茶を飲む。
「……聞いたよ。思ったより早かったから驚いただけだ」
「ふふ、頑張ってるからね」
魔王四天王の一人『獄殺卿ヴィクリム』とやらの居城に迫ったイズミ達4人は、決戦に備え各々一度それぞれの時間を過ごす事になったそうだ。――ナシュアを除いて。
城の目前まで来て?
「何でそこまで行ってわざわざ皆一度戻ってくるんだよ」
俺の問いにイズミ付の神獣・白蛇のハクはため息を吐き、イズミはニコリと微笑んだ。
「だってさ、……戻ってこれなかったら嫌だもん」
ハクのため息の理由が今更分かった察しの悪い自分が嫌になる。
いつも怪我一つ無く、涼しい顔をして帰って来ているので勘違いしていた。
イズミは毎日お遣いをしているんじゃないんだぞ!?魔王を倒す為に旅をしているんだ。まして、今度戦うのは魔王四天王だ。単純に考えても上から5番以内の強さなのだろう。
何千、何万といる魔物たちの中で。
気が付くとギリっと歯ぎしりをしていた。
重ね重ね自分が情けない。
だが、よかった。
ほんのつい先日、同じような情けなさを味わっていたから。
俺はピッと勢いよくテーブルに置かれたイズミの伝票を取る。
そして、笑顔を浮かべたつもりだったが、きっと引きつった笑顔になっていた事だろう。
「バーカ。湿気た事言ってんじゃねぇよ。しょうがないから貸しといてやる。帰って来たら返せよな」
イズミは一瞬驚いた顔をしたが、ニコーっと満面の笑みを浮かべる。
「ふふふふ、ご馳走様」
「……奢りじゃねぇって言ってんだろ」
癪だが、カルラに感謝と言う他無い。あの魔女が俺のちんけなプライドかなんかそんなものを一度思いっ切りへし折ってくれたおかげで、今ギリギリの所で切り返せた。
イズミはまだ嬉しそうにニコニコと笑っている。
「失礼します!」
急に後ろから野太い大声が聞こえて来て、俺もイズミもビクッと飛び上がる。
迷惑そうにイズミが振り返る先には屈強な冒険者風の大男が両手にジョッキグラスを持ち、直立していた。
「失礼ながらお話を聞かせて頂きました!」
「……プライベート中なんだけど」
ギルドを出た後は極力イズミに接触しない事がこの街の暗黙のルール。
だが、大男はお構いなく声を上げる。
「街はお任せください!世界は頼みます!失礼します!」
そう言って右手のジョッキグラスを一気飲みすると、左手のジョッキグラスをイズミの机に丁寧に置き、深々と頭を下げて立ち去った。
呆気に取られて、不覚にも気が付かなかったのだがその大男の後ろにもまた別の大男がいた。
同じ様にジョッキグラスを二つ持ち。
そして、そのまた後ろにも。
なんかもうずらっと。
「失礼します!」
――そして、ある種の儀式の様に同じ流れが繰り返される。
◇◇◇
謎の儀式の列が途切れると、俺達のテーブルはジョッキグラスでいっぱいになっており、置ききれないジョッキグラスは隣のテーブルに置かせてもらっている。
朝っぱらからすごいアルコールの臭いだ。
「……何であの人ら朝から酒飲んでるんだよ」
「しょうがないでしょ、夜勤の任務だってある訳だし」
テーブルのジョッキグラスを眺めて少し嬉しそうに困った顔をする。
「……私お酒弱いんだけどな」
因みに飲酒に関する年齢制限は国によって異なるが、この国は15歳で低濃度のアルコールは解禁されるのだ。
イズミがチラリとハクを見ると、ハクはコクリと頷き口を開く。
そして、いつかの様にその口に手を入れると中から真っ白な刀身の剣……ハクアの剣を取り出す。
取り出すと言っても、店内なので柄の部分だけ。
「集え」
次の瞬間、イズミに差し出された全てのジョッキグラスからふわっと一滴ずつ宙に浮かび上がった。
まるで、雨を逆再生したかのようなその光景。
無数の一滴は集まりひと塊になると、ちょうどジョッキグラス一杯分程の量の塊として宙に浮かび、イズミの目の前に置かれた空のジョッキグラスの上でパチンと弾けるように流れ落ちてジョッキグラスを満たす。
イズミは躊躇なくジョッキグラスを持つと、グイっと一気にそれを飲み干す。
ゴク、ゴク、と音がして、イズミの喉が動きジョッキグラスの中の液体が減っていく。
そして、ジョッキグラスが空になると勢いよくグラスを机に置く。
あまりに勢いよすぎてグラスは割れる。
「……おい、イズミ」
イズミを見ると、顔は真っ赤で目は座っていた。
そして、嬉しそうに満面の笑みを浮かべジョッキグラスの取っ手だけをもった右手を掲げて大きな声を上げる。
「みんなありがとう!大好きよ!」
ウオォォと地鳴りの様な歓声が店内を包む。
恐らく、この店内で俺だけがシラフ。
チラリとハクを見ると、ハクも呆れ顔でため息を吐いている。訂正、俺とハクだけがシラフ。
◇◇◇
この街の良いところは公平な事だと思う。
あんな盛り上がりを見せたにもかかわらず、俺はきっちりと俺とイズミの分の料理代を請求されて、支払った。ちなみに、残ったビールは冒険者さん達がおいしくいただきました。
別に何も不満な事は無い。本当に。
2週間の謹慎明けで、懐が寂しいが別にそれは関係の無い話だし。
本当に。
「おんぶ」
あの後、赤ら顔で目の座ったイズミは俺に向かって手を広げてそう言った。
「は?」
「おーんーぶ」
明らかに酒に酔ったイズミは言葉を繰り返した。
後ろに目は無いが、視線が明らかに背中に刺さる。
「……いや、お前さ。子供じゃないんだから」
「おーんーぶっ」
イズミは説得に応じる様子は無い。
本当におんぶをしなければならないのか?
そもそも恥ずかしいとかそれ以前に俺とあまり身長の変わらないイズミをおんぶできる自信が無い。
そして、どこへ連れて行けばいいんだ?
と、考えてイズミの屋敷へはどこにいても馬車で送迎がある事を思い出した。
「そうだよ、馬車呼ぼうぜ。そしたらすぐお前の家に――」
ジッと俺を見るイズミの顔が少し悲しそうな顔をした気がした。
俺は大きくため息を吐く。
「……落としても知らねぇぞ。ガキの頃以来おんぶなんてした事ねーんだから」
しゃがんで、背中を向けたので表情はわからない。
「うん!」
勢いよく、背中に飛びついてきたその声は明かった。
◇◇◇
イズミを背負い、店を出る。
思ったより軽かった事と、ハクのサポートもあり何とか家まで連れていけそうだと感じる。
「今回だけは大目に見ておくよ」
「……俺に言うんじゃねぇ」
イズミはすぐにスースーと寝息を立てる。
きっと徹夜だったのだ。
ハクが言うには集合は翌朝らしい。
「……勝てるよな?普通に」
「勿論さ」
ハクは頼もしく頷いた。
世界を救う為に戦う幼馴染。……を、救う為に俺の頭は必死に二日酔いの薬のレシピを思い出していた。




