魔女の家
魔女の家
◇◇◇
「おいっ、小僧!爺さんは他にも何か言ってないのか!?ユニコーンは男前にしか寄ってこないとかよ!?」
烈火のごとく怒り狂う俺とイズミの恩人であり『武の極致』と称されるナシュアおじさん。ユニコーンがすり寄って来た件についてご立腹である。
『黙って角置いて消えろ!』と彼が叫んだら、躊躇いなく岩に角を叩きつけてへし折りナシュアの目の前に一本丸ごと置いて立ち去った。
「愛されてるねぇ、ぷぷぷ」
魔道士カルラが本当に楽しそうにニヤニヤと馬鹿にしたように笑う。
「男前にしか寄ってこないならジーオの方に寄っていきそうなものだけど」
イズミがそう呟くと、ジーオは後ろに花が見える様な満面の王子様スマイルをイズミに向ける。
「ははっ、やっと素直になったねイズミ。やはり僕の美貌に酔っていたんだね?」
イズミは露骨に嫌そうな顔をして手を横に振る。
「えっ、ごめん。そう言うところが無理。顔の造形を一般論で言っただけなんだけど」
「無理!?」
何だかこの人らいつもワイワイやってんな。
「あのー、ユニコーンの角は何に使うんすか?余ったら少しでいいからもらいたいんすけど」
「うん、なんか毒を中和する触媒にするみたいだね~。これから私工房に戻って調合に移るけど……見学してく?」
「え、いいんすか?」
なるほど、調合ってのは薬師だけじゃなくて魔道士もするよな。「知の極致」とまで呼ばれている人の工房だなんて滅多に見る機会は無い。
カルラはコクリと頷いて、意味ありげにイズミを横目で見て薄笑みを浮かべる。
「うん。イズミがいいならね」
何だそりゃ、と思ったがもしかしてイズミの神獣ハクでの移動が関係しているのか?
イズミを見ると、腕を組んだまま指をトントンとしてイライラしているように見える。
「悪い理由なんて無いでしょ」
「オーケー。じゃあ今回はちょうど男女別だね。僕らは先進んでいるから少しゆっくりしてくるといいよ」
「はーい、ジーオありがと」
そう言うとカルラは地面にガリガリと何かの魔法陣を描き始めた。
「それじゃ行こうか、イズミ、シロウくん。じゃ、転移したら消しといてね」
「あぁ、ごゆっくり」
「土産買って来いよ」
「無視無視」
手招きされてカルラの描いた魔法陣に入り、光ったかと思うと天井の高い屋敷にいた。
「え」
いくつもの釜や寸胴が並ぶ工房なのだが、うちとは違い高い天井に備えられたステンドグラス越しに差し込む陽光が幻想的な雰囲気を醸し出している。ほのかな風に乗ってふわりと何かの薬品の匂いが鼻をくすぐる。
きちんと整理された工房には塵も埃も落ちてはいないように思う。
ぽかんと口を開けて阿呆みたいに佇む俺を満足気にニヤニヤとみているカルラ。
「カルラの屋敷よ。彼女は世界のどこにいても専用の魔法陣でここに戻ってくることができるの」
「……まじかよ。初めて聞いたぞ、そんな魔法」
「うん、公表してないもん」
得意げにドヤる『知の極致』カルラは棚から世界地図を取り出して広げて見せる。
「シュゲール高地はここで、この屋敷のある王都はここね」
「えっ、大陸越えっすか?あの一瞬で?」
「ふふん、もっと褒めていいんだよ?」
「で!戻る時は、『私の』ハクでジーオの所に戻るんだよね」
「あらあら、何で急に大きな声出すの?イズミ」
「別に出してないし」
あぁ、なるほど。全く仕組みはわからないが、イズミの白蛇ハクとジーオの黒蛇ノワが繋がっていて、カルラは魔法陣で瞬時に基点に戻れるのか。
「……いつも妙に帰ってくるの早いと思ってたけど、これと関係ある……よな?」
「うん。ギルドの奥にも魔法陣があるの。……三人くらいしか知らないから内緒ね?」
「別にいわねーけどさ」
「解析とかされると嫌だから、厳密に管理できる所にしか置けないんだよねぇ。あっ、シロウくんの家にも設置してあげようか?そうすれば真夜中でも……」
「ハク。帰ろ」
呆れ顔でハクを見るイズミをニコニコと引き留めるカルラ。
「冗談だってば。着替えてくるからごゆっくり~」
そう言って奥へと消えていく。
◇◇◇
「それじゃ、調合をはっじめるよ~」
さっきまでの黒いローブとは打って変わった白いワンピースを着て、カルラは三角巾とエプロンを付けた。
「あ、そんな感じなんすか」
「うん、カルラのあの服は営業用だから。わかりやすいでしょ?」
驚くシロウを見てイズミが解説してくれる。
「あー、まぁね。確かに俺も魔道士っぽいって思ったもんな」
エプロンの後ろ紐を結びながら悪戯そうに笑うカルラ。
「一々説明するのもめんどくさいじゃん?勝手に見た目で判断してもらった方が手間省けるしね。そんな些事にリソースを割かれたくないの。あ、敬語じゃなくていいよ。私凄いだけで偉い訳じゃないから」
イズミはクスリと笑う。
「何それ」
「イズミもエプロン使う?」
「うん、借りる」
「オッケー。シロウくんもね」
「俺も?」
「見学に来たんでしょ?郷に入っては郷に従えって事」
「……了解」
当然のように可愛らしい絵柄のエプロンしか用意されていなかったので、せめて一番強いクマの絵柄にした。イズミはウサギで、カルラはリス。
「まず、これ見てみて」
カルラは暗い青色をした液体が入った水槽を指し示す。
「これさ、私が作った一滴で魔獣も昏倒する毒なんだけど。ここに……」
……いったい何を作ってるんだよ、と思う間に彼女はユニコーンの角を持ち、ちょんとその先を水槽に入れる。
すると、その瞬間水槽の水がパっと透明になる。
伝播とか浸透とか伝導とかそう言うので無く、淹れた瞬間にその水槽の水がパっと透明になった。
「……マジか」
カルラは手近にあったビーカーを手に取り水槽の水を掬い、シロウに差し出す。
「飲んでみる?」
一瞬躊躇したのを見て、そのまま自身でごくごくと飲み干す。
「ぷはー、おいしい。不純物ゼロって感じ」
「……マジかー」
「ふふ、さっきからそればっかり」
シロウを見てクスリとイズミは笑う。
「角1本丸ごとだと城一つが買えるような金額で取引されるみたいだよ?」
「マジか」
「もう、また」
角とおろしがねをイズミに手渡す。
「大根おろしの要領で半分くらいお願いね」
「うん」
「えっ、城!?」
「城と世界とどっちが大事?」
「……まぁ、世界か」
イズミは特に何のためらいも無く、受け取った角をおろし金でゴリゴリと削りだす。
シロウは興味深そうにそれを眺める。
「面白い?」
「普通」
「俺にもやらせてくれよ」
「いいからどこか見学してなよ」
そう言って根本の方からゴリゴリと削る。
「なぁ、頼むよ。俺にもやらせてくれよ。先っぽだけでいいから!」
手を合わせて頼み込むシロウのセリフに爆笑するカルラと、顔を背けるイズミ。
「あははは!いいじゃん、イズミ。ほら、先っぽだけでいいって。させてあげたら?」
「カルラうるっさい!バーカ!」
「なぁ、頼むって」
「うるさい!勝手にすればっ」
ポイっと角とおろしがねをシロウに放り投げてドカッと椅子に座り足を組み、ムスッとする。
「あーあ、怒っちゃった」
「これ全部粉にしちゃっていいんすか?」
「半分て言ったよ?」
「はーい」
初めて削るユニコーンの角は、大根より硬かった――。




