シロウとイズミ
最終話
◇◇◇
――あれから、一年が経った。
まず、世界で変わった事。
王都の広場に俺の銅像が出来た……、らしい。らしいと言うのは、俺はあれ以降王都に行ってないし、これからも行くつもりが無いから、要するに俺とは関係のない話だ。
「えへへ、本物より格好良かったですよ?王子様に感謝ですね~」
「……うっせぇ、誰がするか」
と、悪態を吐きながらも手は休めない。今は庭の柵を作っているところだ。
「別にわざわざ仕切りなんて作らなくてもいいじゃない。私達しか住んでないんだからさ」
トンテントンテンと小気味の良い音で槌を打ちながらイズミが言う。
イズミの言うように、ここカカポ村には家は3軒しかない。あ、旧キリガミヤ家を入れれば4軒か。どちらにせよ、土地は余りまくっているので、イズミの言い分もまぁわかる。
「今はな」
短くそう答えると、イズミはにこりと微笑む。
「そっか」
わざわざ声に出しては言わないけれど、いつかこの村が嘗てのカカポ村の様に、辺鄙ながらも、のどかで平和な村になって欲しいと願う。
だが、その趣旨はイズミには伝わっていなかったようで、真っ赤な顔で俺の顔を覗き見る。
「こっ……、子供が出来て、大きくなったら家増やさなきゃだもんね!」
「えぇっ!?イズミちゃん子供いるんですか!?きゃ~、すごい!人類の神秘!」
「いやいや、いねぇから。勝手な妄想だから」
シアンの傍らでやり取りを眺めていたハクがツンツンとシアンを指差す。
「シアン、時間だよ。ジーオが呼んでる」
「え~、今良いところなのにっ!ちょっと行ってきますね」
そう言ってグニャリと空間に消えた。
「頑張ってるね、シアン」
「だな」
シアンはジーオからの要請を受けて、1年前の戦いで荒れた王都の復興事業を手伝っている。山ほどの大きさのあの鬼みたいなやつや、統率の取れた狼たち、魔物とは言え彼らはシアンの合図無しでは人を襲う事はしない。
最初こそ王都の人達も抵抗があったようだが、振り返ってみるとあの時王都にも現れた彼らは人々の避難活動を行っていた事に気が付き、次第に溝は埋まった。
シアンの容姿や性格に依る所もあるのだろう。
忙しそうに王都に行っては、お土産にお菓子を貰ってくる。
そして、そのお菓子とヴィクリムのお菓子のバトルが始まるのだ。
「ウヒヒヒヒ、シロウ様イズミ様そろそろ休憩の頃合いでは?今日はシフォンケーキと桃紅茶に致しました」
「わぁ、おいしそう!食べよ」
「シアンの分は僕もらっちゃお」
「ウヒヒヒ、ダメです。とっておきますので、ウヒヒヒ」
ヴィクリムは、菓子のレシピを読んだり作ったりしながら毎日を過ごす。
本人が直接言ったわけでは無いが、何となく菓子店を開きたさそうなのを言葉の端から感じる。
「ウヒヒヒヒヒッ、うまァいっ!」
自分のケーキを自画自賛しながら紅茶で流し込む彼を見ると、とっても不安になってくるが、それこそシアンが一緒に店でもやれば中和できるんじゃないかなぁとか勝手に思ってみる。
ハチミツのシフォンケーキは自画自賛するだけあって大変美味しゅうございました。
そして、魔王。
これはもう政治やら情報操作やらそう言う話になってしまうのだが、――結論から言うと、イズミの罪は晴れた。
ジーオは、全ての罪をラータに押し付けた。
それが正しいかどうかは置いておいて、交易都市シャヤルでの暴走も、カカポ村の襲撃も、王都クアトリアでの戦いも、虚実を織り交ぜてその全てをラータの罪にしてしまった。
恐らくそれはジーオにしか出来ない仕事だったのだと思う。
そして、ラータの策謀の一端を担ってしまった事を悔いて、彼は王位継承権を辞退して今は王都の復興に尽力している……らしい。
おやつを食べ終わると、村はずれの墓地へと向かう。
村が一望できる高台に、3つの墓石が並ぶ。あー、並ぶと言うと語弊がある。2つ並んでいて、離れた所にもう1つ。そして、その2つにはそれぞれ剣が置かれている。
「ケーキ、おすそ分け。食べる?」
そう言って墓前に小さく切ったケーキを置く。
墓と言っても、この下には何も埋まっていない。
ただ、勝手に見ていて欲しいと思ったから勝手に置いた。
勇者ハクアと、魔王クロバと、ナシュアの墓標。
黒羽の黒刀はどっちの墓前に供えようか少し考えたが、まぁ名前からしてクロバが元々の所有者っぽいのでクロバの墓に供えた。
ナシュアは……王都の彼の家から持ってきたよくわからない短刀。これでいいのかはわからないが、何も無いよりはましと笑って許してくれると期待している。
いつか、もう何百年経った後で、もう少し発展して、笑顔があふれる村になるのを見ていて欲しい。
その時は、あんた方の生まれ変わりとか弟分・妹分の子孫も、きっと村には溢れていると思うから。
きっと、300年後には人々の記憶からは忘れられる、ナシュア好みのハッピーエンドになると思うよ。
そうだ、もう一つ。
イズミの権能は、消えた。
黒い翼も、吸命も。ラータと共に、消えた。
仮定と想像の話でしかないけれど、直前にラータが最大出力で吸命を使ったからではないか?とカルラは考察した。
例えばイズミの魂と言うビー玉があって、そこを覆うラータの生命がその魂を支配した。
最大吸命で際限なく王都の民の命を吸い込み、ビー玉は肥大する。
そして、俺の未熟な転生封印術は、その外側だけに働いたのではないか?と。
何とも都合のいい解釈だが、学術的な裏付けは知の極致様のお仕事であって、俺の仕事ではない。
――何千人、何万人が犠牲になったのか。イズミは知らないし、死んでも教えるつもりは無い。
日が少し落ちてから夕方までは草採りの時間。
大体こうやって一日が終わる。
草採りには、ハクはついて来ない。
籠を3個用意して、裏山へと向かう。
子供の頃は、絶対に入ってはいけないと言われた山。夜こっそり抜け出して向かおうとしたが、余りの怖さに入り口迄つく前に断念したっけ。
今見ると、何て事は無い明るく綺麗な森だ。
鳥や、虫や、獣の声が方々からする。
ブチブチと草をむしり、籠に入れる。
小一時間ばかり黙々と続けていると、作業に飽きたイズミがしゃがんだ俺の背中におぶさってくる。
「シーロウッ」
「うおっ、何だよ」
「えへへ、何でもないけど。ほら、アレだよ。シロウにくっついてないと権能出ちゃうからさ」
知ってて見え透いた嘘をついてくる。
「はいはい、おばあちゃん。もう権能出ないでしょ?」
「うふふふ」
満足そうにぶらぶらと動くイズミさん。どうやらもう草を採る気はないようだ。
権能と言えば、イズミの超速再生は吸命に由来していたようだった。魔力の大部分も失ったイズミは、今は普通に怪我をする。
胸の傷も、そのままだ。
一度謝った事があるが、『シロウ以外に見せるつもり無いから別に』とケロッと言われた。
権能がラータと共に封印されたと言う事は……300年後、今度はラータが魔王として転生するのだろうか?
ハクアの封印と違い、未熟な俺の不完全な封印術だともっと早く彼は転生するのかも知れない。
もしかすると、その時には俺もイズミもいないかもしれない。けれど、その時は――
どうか、彼に優しい世界であって欲しいと強く願う。
人の命を食らったとしても、前世で沢山の命を奪ったとしても、それでも新しく生まれてくる命には絶対にひとかけらの罪も無いのだから。
俺も、イズミもいなくても、俺達の子供やその子供やそのまた子供がいて、ハクやシアンやヴィクリムがいる。
根拠は無いけれど、それならきっと大丈夫な気がしている。
「あ」
「ん?」
一枚ブチリと草をむしり、イズミに手渡す。
「ほら、魔王様の草。四葉だぞ」
イズミは草を受け取りながらも困惑した表情で首を傾げる。
「んんん?」
「いや、知らん?クローバー。クロバと似てるだろ。四葉のやつは幸運の象徴って言われてるんだぜ」
イズミはキラキラとした瞳で、掌の四葉を眺める。
「へぇ」
その表情を見て、ピンと思いつく。
「イズミ、ちょっと後ろ向いて待ってて。すぐ出来るから」
「……うん。いいけど?」
少し経ち、待ちくたびれたイズミから声がする。
「もーいーかい」
「まーだだよ」
「すぐって言ったじゃん、もうっ」
「はいはい、お待ちくださいねっと」
イズミの頭に白い花冠を載せる。
「ほれ」
「えっ?……わぁっ。ふふふ、すごいね」
頭から花冠を手に取りご満悦のイズミ。
「この花さ、さっきのクローバーの花なんだぜ」
「へぇ、白なのにクロなんだ?」
「いや?異国名だと、シロツメクサって言うみたいだな」
イズミは納得したように一度頷く。
イズミの手から冠を取り、また頭に載せる。
「ほい、これで魔王からお姫様に早変わりってわけだ。ははは」
軽く笑っていると、イズミは泣くのを堪えるようにギュッと口を結んでいる。
「……どうかしたか?」
「もう1つ作って。……クロバにもあげたいから」
「オッケー」
俺はニッと笑い、またしゃがんで草むしりをする。
また背中にイズミの重みを感じたかと思うと、服の上から左肩をはむっと噛んで、もにょもにょ何かを呟いた後で顔を上げる。
俺は気にせず草をむしる。
その草は薬になり、冠となり、300年を越えて魔王をお姫様にする。
遠回しに言えば、草をむしれば魔王が滅んだと言えない事も無い。
……ってのはさすがに少し言い過ぎだろうか。
――これは、魔王を倒す勇者の物語ではない。何十年もすれば、誰の記憶にも残らない、取るに足らないハッピーエンド。
俺と、イズミの変わらない日常風景だ――。




