9.落ち着かない日の始まり
次の日、朝の日差しに刺激され、理佐は目を覚ました。
「ふわぁ、今日も良い天気。ん?ちょっと騒がしいな。」
部屋の外で物音が聞こえていたので、理佐はそっとドアを開けて部屋の外を覗いた。
「わっ、おじさん。おはようございます。」
「あっ、理佐ちゃん。おはよう、起こしちゃったかい?」
廊下には理佐の叔父、颯天がバタバタと家具を運んでいた。
「ううん、いつもの時間に目が覚めたから大丈夫。それより、どうしておじさんがいるの?」
「ああ、隼人が仕事で忙しいみたいじゃないか。忙しすぎて引っ越しの準備もままならない、って連絡をもらってね。」
「そうなんだ。でも、おじさんも仕事があるんじゃないの?」
「ちょうど今日はお休みを頂いていたからね。今日一日は頑張らせてもらうよ。」
颯天は家具の他にも工具箱を持っていた。家具を解体するのか、と理佐は思った。
「そうなんだ、わざわざお手伝いありがとうございます。」
「いやいや、好きでやっている部分もあるしね。理佐ちゃんは学校で勉強を頑張ってくるんだよ。」
「はい。」
「じゃあ、僕はあっちの部屋に行くね。」
颯天はそういうと理佐の部屋の奥にある部屋へと入っていった。
「私も用意しないと。あっ、寝起きのままおじさんと話してた…。」
理佐は少し赤面した。
顔を洗い、髪を整えた理佐はダイニングへと向かった。コップに水を注ぎ、飲んでいるところで真奈美がダイニングに入ってきた。
「お母さん、おはよう。」
「理佐、おはよう。そうそう、言い忘れていたけど、今日は颯天おじさんが来ているから。」
「うん。さっきおじさんに会ったよ。手伝ってくれて助かるよね。」
「本当に助かるわ。だから今日一日忙しいから、夜ご飯は総菜とかになると思うけど、良い?」
真奈美はそう言いながら、理佐用の朝食をテーブルに置く。今日の朝食はワンプレートで、ベーコン、目玉焼き、食パンが載せられている。
「うん、大丈夫だよ。後はやっておくから、お母さんは他の用事をして。朝ご飯ありがとう。」
理佐はコーヒーをレンジで温めなおしながら話す。
「ありがとう。洗い物はまとめてするから置いておいて良いよ。じゃあ、気を付けて学校に行くのよ。」
「うん、分かった。」
真奈美は少し慌ただしい動きでダイニングを出ていった。時計を見ると、登校時間も近づいていたので、理佐も少し急ぎで朝食を摂ることにする。
「いただきます。」
同時刻ごろ、理玖は早めに支度を終えて、家を出るところだった。
「今日はちょっと早く出るのね。どこかに寄るの?」
久美が話しかけてきた。
「うん、ちょっとポストに寄ってから学校に行く。」
理玖は久美に昨日書いた手紙を見せる。ポストは学校方面とは逆方向にあるので、理玖は少し出る時間を早めた。
「鈴香ちゃんへの返信ね。何を書いているか気になるなぁ。」
「賢二さんのライブの話だよ。さすがに行くことが出来ないからね。」
「ハイキングを止めて、皆でライブへ行っても良いのよ?」
「ちょっと、俺の気持ちを知ってて言っているでしょ?」
「ふふ、そうね。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
理玖は家を飛び出すように出て行った。
「……いったい、どうなるのかしらね。」
久美は少し考える仕草をしながら、キッチンへと戻っていった。
理佐は自分の部屋へ戻って、部屋着から制服に着替えていた。
ブラウスとスカートを着て、ブレザーを羽織って細かい部分を整えると、クローゼットに備えられた鏡の前に立つ。
「もう、あと少ししか着れないんだね。」
理佐が通う高校の女子制服は赤のチェックのスカートと紺のブレザー、そして胸元には赤のリボンが付いている。リボンの色で学年が把握出来るようになっている。
「でも、むこうの高校は服装自由みたいだし、この制服で通うのも良いかも。」
カバンの中身をチェックして、身だしなみを整える小物入れも用意する。
「よし、今日も頑張ろう。」
「ふぅ、なんとか朝の回収時刻に間に合った。」
理玖はポストに鈴香への手紙を入れて、回収時刻を確認する。回収時刻まで5分前だった。
「ここの郵便は朝早い回収あるから、スピーディな対応で助かるや。」
理玖が用意した鈴香への手紙の内容はこう書かれていた。
けん兄すげぇな、この調子でプロの道を歩いていけるんじゃないか。
久しぶりにけん兄が奏でる音と歌を聴いてみたいと思ったよ。
でもライブの日は他の用事があっていけないんだ、せっかくこっちに来るのにごめんよ。
姉さんと兄さんと一緒に予定があるんだ。だから、家に来られても誰もいないから。
鈴香に会いたいとも思うけど、たまたま都合が悪くて。
これについてはまた埋め合わせをするから、本当にごめんな。
それと、今月末に理佐が引っ越しするんだ。場所は熊本だから鈴香の方に近づくね。
少し前に理佐から聞いたばかりだから、突然で驚いたよ。
また幼馴染がいなくなるから、寂しくなるよ。
また鈴香がこっちに来る時があったら、その時は会おうな、約束だ。
ポストに手紙を入れ終えた理玖は学校へと向かう。学校とは反対方向に来たので、少し早歩きをする。
「よし、今度はハイキングの件だ。」
授業を受けている理玖は、少し考え込んでいた。
「…(どう言おうかな)。」
などと考えながら教科書を見ていると、後ろから雅樹が指でつついてきた。
「おい、なんかボーっとしていないか?何かあったのかよ?」
つつかれた理玖は先生の行動を見ながらゆっくりと後ろに向く。
「まあ色々とね。」
雅樹は手書きで文字を書いた紙を理玖に見せる。それを読むと「まさか築木さんのことじゃないよな?」と書かれていた。
理玖は一瞬動揺したが、平静を保とうとする。
「違うさ。」
「そっか、まああまり考えすぎると疲れるだけだぜ。」
「そうだな。じゃあちゃんと授業を受けますか。」
「ああそうだ、学生は勉強が仕事だしな。」
雅樹の言葉に頷いた理玖は、前を向くとまた考えモードに入った。
「どのように話していくか…。」