7.それぞれの思いと決意
放課後、理玖は雅樹に言われた通り、中庭へと向かうことにした。
雅樹が掃除当番と聞いていたので、少し遠回りして中庭へと行こうと考えた。
「そうだ、借りたい本があったから図書室に寄っていこう。」
国語の授業で図書室を利用した勉強時間があり、その時に見かけた本が気になったので、理玖はそれを借りようと図書室へと向かった。
「でも、放課後に図書室なんて開いていたっけ?」
開いていなかったら仕方がない、と考えながら図書室の前へと辿り着いた理玖は、スライドドアを開けた。
「あっ、今日の利用は16時半までですので、お早めにお願いします。」
図書室の中に入ってきた理玖に気付いた女子生徒が声をかけてきた。図書委員だろうか、受付をしている女子生徒を見るのは理玖は初めてだった。壁にかけられている時計を見ると、16時少し前だった。
理玖は記憶をたよりに、気になっている図書がある本棚へと向かう。目的の本棚の前には別の女子生徒が立っていた。
「あっ、睦美さん。」
「えっ?あ、三守君。珍しいね、図書室で見かけるのって。」
「この前の授業で気になった本があってさ。」
「へぇ、どんな本?あっ、この本棚にある本だね?当ててみようか。」
睦美は少し無邪気になって話す。
「どうぞ、きっと分からないと思うけど。」
「言ったなぁ。ん~、きっとこれだ。「天使達が舞い降りた台地」、どうかな?」
睦美は本棚から本を一つ手に取って、理玖に見せつける。理玖は無邪気に話す睦美を見て、理佐と似ているな、と思った。
「残念でした、違います。その本って面白いの?」
「違いましたか。えっと、この本はタイトルから想像出来ないラストを体験出来るかな。ネタバレするのはどうかと思うから、まあ少し悲しいお話の本ということだけ伝えるね。」
「そうなんだ。タイトルからは幸せを感じる内容に思えるけど、悲しいお話なんだね。睦美さんはその本が好きなんだ?」
「ん~、ラストシーンは頂けないけど、途中は結構感動するから、私は好きかな。理佐も読んだことあるよ。」
「へぇ、理佐も結構本読んでるよね。ちなみに正解はこれです。」
理玖は睦美の横に立って、目的の本を手に取った。
「英語のタイトルだね、「The road to the future」、未来へと続く道かな?もしかして、中身も英語?」
「そうなんだよ。前にラジオ番組で紹介された事があって、とても引き込まれるストーリー性を絶賛していたんだ。結構人気があるのに翻訳されていない事が不思議だって言ってた。」
「へぇ、そうなんだ。この本は知らなかったよ、表紙を見ても、なんか引き込まれそうで面白そうに見える。」
本の表紙には、山の上に少年が立っている。そして少年が見ている方向には欧米にありそうなお城や近未来の建物、ピラミッドや大海原など、色々な景色が描かれていた。
「小説ではあるんだけど、少年と共に行動しているような、なんかRPGみたいなお話になっているみたい。」
「なるほど、冒険するお話なんだね。ちょっと気になるかも、三守君が読み終わったら次借りてみようかな。」
「じゃあ、なるべく早く読むね。」
「いいよいいよ、理佐のことだってあるんだしさ、ゆっくりで大丈夫だから。」
両手を振りながら遠慮する睦美から言われた言葉に、理玖は少し悲しい気持ちになった。
「睦美さんは、理佐が引っ越しすることは寂しいよね?」
「それは、友人が離れてしまうのは寂しいよ。でも、理佐が大丈夫って言っているんだし、向こうでも寂しい想いをしないように応援しようと思う。」
その言葉で、理佐から睦美にここに住み続けたいという話はしていないという判断をした。
「睦美さんと理佐は良い友人どうしだから、離れても大丈夫そうに思えるや。」
「何それ。そういう三守君はどうなの?理佐の事が気になってるんだよね?」
「えっ!?それは…。」理玖は少し頬を赤らめた。
「理佐もそうだけど、三守君も奥手だからなぁ。私が恋のキューピッドになっても良いんだよ?」
「それは間に合っているよ!あっ、他の用事があるから、この本を借りていくね。」
理玖は速足で受付に行き、本を借りて図書室を出て行った。
「本当に、二人共初々しいんだからなぁ。私も良い人見つけないと。今日はどうしようかな…。」
図書室から出て、中庭へと理玖は急ぎ足で向かった。到着した時には既に雅樹が中央にある噴水の前で待っていた。今は冬に近づこうとしているので噴水は機能していなく、水も排水されている。
「おっ、やっと来たか。どこで道草食っていたんだよ?」
理玖の姿に気付いた雅樹は、座っていた噴水の縁から立ち上がる。
「悪い。ちょっと図書室に用事があって、少し遅くなった。」
「そっか、俺の用事より優先する事って気になるけど、まあいいや。じゃあそこのベンチで話そうかな。」
「お、おう。」
雅樹にエスコートされるように理玖は噴水の脇にあるベンチに座る。その横に雅樹も座る。
「それで、話したい事っていったい何だよ?」
「それは、築木さんの事だ。」
雅樹は真剣な表情で理玖に向かって話す。
「え、理佐の事?どういう内容で?」
「幼馴染ってやっぱり良いよな。お互いを名前で呼び合っているし、それだけでもう離されている感がある。」
「何なんだよいったい?」
「俺は築木さんのことが好きになっている。高校生活を一緒に過ごしている内に築木さんの行動や考えに惹かれたんだ。」
「雅樹、理佐のことが好きなんだ。」
理玖は心臓音が高鳴っているのを感じた。
「ああ、お前はどうなんだよ?」
「え?どうって?」
「決まっているだろ。築木さんのことが好きじゃないのか?いつも一緒にいるから付き合っていると思っていたけど、どうやらそうじゃないみたいだし。それだったら、俺にもチャンスがあるんじゃないかって思ったんだよ。」
「そうなんだ。」
「だから、理玖は築木さんのことが好きじゃないのか?彼女にしたいと思わないのか?」
雅樹は理玖に少し近づいた。その行動に圧倒されそうになる理玖。
「俺も理佐のことが好きなんだと思う。」
「思う?」
「ああ。好きなんだけど、彼女にしたいと思ったりもするけど、遠くに行くって知ったら簡単じゃないよな、って思ってしまって…。」
「…なるほどな。それくらいの意志しかないんだな。だったらあきらめてくれ。」
「え?それは…。」
「俺は明日にでも、築木さんに告白しようと考えている。もちろん遠距離になるけど、俺の心は揺らぐことはないぜ。遠くに行ったくらいで考え込んでしまうなら、その恋は本物じゃない。」
雅樹の言葉がナイフの様に理玖の心に刺さる。
「……そうかもしれないな。」
「なんか時間を作ってまで話をして損した気分だぜ。どっちが勝利するかのライバルだと考えていたのに。」
「そっか。いや、雅樹と理佐ならお似合いだと思うよ。」
「そういうわけだから、築木さんの心を動揺させるような話はしないでくれよ。」
「分かった。でも雅樹の告白を受け入れるかは理佐次第だからな、いい結果になると良いね。」
「ああ、頑張ってみるさ。じゃあ帰るわ、また明日。」
「ああ、また明日。」
理玖は雅樹が見えなくなるまで噴水の前で見送った。
「そっか、雅樹も理佐のことが。…俺はどうしてこんなにも頑張れないんだろうか。」
理玖はかがんで自分の足元をしばらく見つめる。
「いやいや、そんなんじゃ駄目だ。自分だって理佐のことが好きなんだから、雅樹に負けないように頑張らないと!ファイトだ俺!」
理玖は立ち上がって、両手を上げて気合を入れた。