6.素直に慣れない気持ちと
「この式からですね、こうして…ここをこう変えて、こうしますと、公式と同じになります。この様に、この式は公式と同様に扱われると証明が可能です。」
教室では数学の授業が行われている。ここで学んでいる生徒達は、ほとんどが進学希望なので、授業に向き合う姿勢がしっかりとしている。中には先の内容を学んでいたりする生徒もちらほらといたりするが、前に出て解いたりするのも積極的なので、特に目立たない環境になってる。
「あ~、眠い。昨日、あまり眠れていないのが響いているか…。でも、ちゃんと勉強はこなさないと。」
理玖は少し面倒くさそうに黒板に書かれた式をノートに書き写す。すると、理玖は後ろから肩をポン叩れた。スマートに叩かれたので、先生も気付いていない状況だ。
「なあ理玖。」
小声だが、はっきりとした口調で素早く話してきた生徒は「柏田 雅樹」。
性格はしっかりとした方で、妹がいるらしく他の生徒への面倒見も良い。勉強も出来る方で、理玖は少しライバル心を抱いている。理玖とは今年度初めて一緒になったクラスメイトである。
「何だよ、授業中に質問する内容か?」
理玖もサッと後ろを向き、小声でも聞こえる様に返答する。
「まあまあ、この内容より進んでいるから大丈夫だろ?そんな会話より、放課後空いてる?」
雅樹は理玖に時々こうして話しかけてくる。頑張っている時に声をかけられた時は一度は無視をするが、相手は折れてくれないので、ほとんどは会話をしてしまう。
「…時間取れるけど。」
理玖は少し考えてから返答した。
「そっか、ちょっと教室では話しづらいことがあるんだ。付き合ってほしい。」
「話?分かった、どこに行ったらいい?」
スマートに会話をしているつもりだが、内心は「(この展開はもしかして!)」と雅樹が何を考えているのかドキドキしている状態だった。
「ありがとな。じゃあ放課後に中庭で待っていてくれ、俺は掃除当番だから。」
「了解。」
キーン、コーン、カーン、コーンとチャイムの音が鳴り響いた。先生も板書していたチョークの手を止める。
「この辺りは共通試験にも出る可能性が高いからちゃんと勉強しておきましょう。それでは、これで授業を終わります。」
皆は立ち上がって、先生と同じタイミングで礼をした。
「それじゃ、頼むぜ。」
昼休みの前の休み時間はいつも雅樹は購買へと昼食を購入しにいくので、急いで教室を出ていった。
「何の話を出してくるのやら…。」
理玖の頭は考えることで一杯になっていた。
昼休みになって、理玖は食堂で昼食を食べる用意をしていた。久美から弁当を渡されているから、どこでも食べる事が出来る。教室で食べるのも落ち着けるが、こうやって賑やかな場所で食べる事も理玖は好きだった。今日の弁当はオムライスが目立っていて、それにローストビーフもあって、少し豪華な内容だった。
「ここ大丈夫かな?」
弁当を広げていると机の向かい側から声をかけられる。
「理佐。大丈夫だよ、どうぞ。」
「ありがと。」
理佐も弁当を用意しているので、教室で食べたり、食堂で食べたりしている。理佐は理玖に向き合うように座った。理佐の弁当は卵焼きや肉じゃがなど、和風がメインの弁当になっている。
「(一対一か…)いつもは睦美さんとかと食べているのに、珍しいね。」
「うん、ちょっと聞いてほしいことがあるの。」
「え、うん。」
「えっとね、前も聞いたんだけど、理玖はどう考えていたりするのかなぁ?って。」
「前にも聞いた事って、何の話?」
理玖は引っ越しの話という判断をしているが、理佐から聞き出すことにする。
「私が、引っ越しすることについて。」
「引っ越し?それは、前にも言った通り仕方がないことでしょ。おじさんの転勤なんだし。」
「それはそうなんだけど。ここにいられる方法もないのかな?って考えたりもするの。」
理佐がそういう展開を話してくるとは理玖は考えてはいなかった。
「ここにいられる方法?理佐だけが残るにはどうすれば良いかってこと?」
「うん、そう。熊本へ行っても大丈夫だとは思っているけど、やっぱり慣れた環境で進学を目指す方が確率は良いよね。こっちの方が選択肢も多いし。」
「なるほど、選択肢の多さは確かにそうだね。でも、経済的に考えると難しいだろうね。」
「いっそのこと、理玖の家にお邪魔するのはどうかな?バイトだってしているから、生活費は出せると思うし、久美さんとも一緒に生活出来るって楽しそう。」
理佐は少しわくわくしながら話す。
「(そこまで考えているのか。) えっ!?一緒に住むってこと?さすがに話が飛躍しすぎていると思う。友達だからって、一緒には…ね?」
理玖の話したいことを考えた理佐は、答えが出たのか頬を赤らめた。
「あ!うん、そうだね。さすがに一緒に住むのは飛躍しすぎているね。ちょっと早すぎだと思った。」
「(早すぎって、そういうことか?) うん、まだ睦美さんとかと一緒に生活する方が現実的ではあると思うけど、部屋数とかに余裕がなさそうな気がするね。」
「睦美のとこか…、難しいかもしれないけど、可能性はあるね。」
「えっ、本気でここにいようって考えているの?」
「えっ?うん、そういう可能性もあるなぁって考えてたよ。理玖は私と一緒にいられたら嬉しい?」
「(ここでその質問か!?) あっ、まあうん。理佐と一緒にいられたら嬉しい気持ちはあるけど、おばさん達が寂しい気持ちになったりするんじゃないかな?」
「あ…それもそうだね。お母さん達の気持ちを考えると、私の考えは間違ってそうだ。」
すっと冷静になる理佐。
「転勤がなくなったら良いのにな…。」
「そこまで考えたら駄目だよ。きっと向こうに行ったら行ったで、良いことに巡りあえるさ。俺だって連絡するし。」
「…うん、そうだね。この話は考えないことにするよ。ありがとう、理玖。」
「俺に出来ることがあったら、いつでも相談してね。」
「もう、そういうことは皆に言っちゃ駄目だよ。好きになっちゃうから。」
「え?それってどういう意味…?」
理佐は再び頬を赤らめる。その表情を見て、理玖も少し頬を赤らめた。
「あ、別に意味はないよ!それより、もうお昼休みが終わるね。ご馳走様!理玖も早めに教室に戻るんだよ。(もう、私のバカ、バカ)」
そう言うと、理佐は弁当を仕舞って、食堂を出て行った。
「なんか、理佐の普段見せない一面を見た気がするや。」
理玖も弁当をさっと食べ終えて、教室へと急いだ。