4.思い出は未来へと動き出す
消毒液のような、少し鼻につく臭いがする白が基調の廊下。左右対称、綺麗にドアが配置されており、ドアの上部に部屋の名称が記載されている札が取り付けられている。
一番近くの部屋の札には「第二内科」と書かれていた。
廊下を少し歩く。曲がり角を曲がると白い服を身に付けている女性とぶつかった。頭には白い帽子もかぶっている。衝撃で身体に少し痛みを感じながら女性を見てみると、まるで探し物が見つかったかのような表情をしてこちらを見ていた。
「ぶつかってごめんなさい。えっと、理玖君だよね?お姉さんが探していたよ。さっ、私と一緒にいこう。」
女性が手を伸ばしてきたので、その手を握った。女性はにっこりとしながら、目的の部屋へと導いていく。
階段を下ったりして、結構歩いた所で女性は立ち止まった。
「はい、着いたよ。中でお姉さんが待っているはず。」
ドアの横にホワイトボードの様な板が貼りつけられているが、特に何も書かれていなかった。
「失礼します。」
女性はコン、コンとノックをしながら中に声をかける。
「…どうぞ。」
中から男性の返答が聞こえてきた。
女性は一度こちらの方を向いてからドアを開けた。中には立っている男性と椅子に座っている女性がいて、女性は手で顔を覆いながら、すすり泣いている。男性の目にも少し涙が滲んでいるのが見えた。
女性の横には少し大きめのパイプベッドが設置されていて、周りには色々な機械も並んでいる。
ベッドには人が寝ているのが分かるが、顔は白い布で覆われているため、一体誰が寝ているのかが判断できない状態であった。
男性がベッドに近づいて顔を覆っているシーツを取った。女性が眠っているのが分かった、とても心地よさそうに見える。
「理玖、よく聞くんだ。母さんは、朱理母さんの心は、天国に旅立って行ったよ。」
「う、うう…。」
椅子に座っている女性の泣き声が少し大きくなる。頭に鋭い衝撃が走る。目の前で眠っている女性と触れ合っていた記憶が走馬灯のように頭の中を巡っていく。その記憶達で悲しみを覚え、視界が真っ白になっていった。
「ん…。」
朝を知らせる太陽の光が部屋の中を照らす。理玖は眩しさで身体が覚醒する。
「う~ん、朝か…また悲しい夢を見てしまったかも。」
少し身体を伸ばしながら時計を見る。時計の針は6時の方向を指していた。
「6時…まだそんな時間か。でも起きようかな。」
理玖は起き上がって窓へと近づき、レースカーテンを開けた。外からさらに陽の光が降り注いできて、部屋の中は一気に明るくなった。陽の光があまりにも眩しかったので、理玖はとっさに顔を手で覆った。
「うわっ、眩しい。今日も良い天気になるな。」
寝間着姿から制服に着替えて、理玖は階段を降りた。一階に着くと同時に玄関から久美が入ってきて理玖に気が付く。
「おはよう、理玖。結構早めの起床だね。」
「おはよう、姉さん。良い感じで目が覚めたから、そのまま起きてきた。」
「そっか、じゃあ朝ご飯手伝ってくれる?」
「うん、わかった。洗面所に行ってからいくね。」
久美は朝に強いタイプで既に髪も整えられており、ナチュラルなメイクもされていて、いつ訪問者が来ても大丈夫な服装だった。どうやら郵便物を取りにいっていたようで、手には新聞とチラシや封筒を持っていた。
「あっ、そうだ。理玖に郵便がきてるよ。」
久美は郵便物の中から、ひとつの封筒を理玖に手渡す。
「手紙?誰からだろう?」
寝癖でぼさぼさの髪をかき混ぜながら理玖は久美から封筒を受け取り差出人を確認する。封筒は茜色で流れるように描かれた雲が特徴的なもので、裏には箕鳥鈴香と、差出人の名前が書かれている。
「あっ、鈴香からだ。」
「鈴香ちゃんからの手紙はいつも素敵な封筒に入っていて素敵だよね。今でも理玖に気があるのかも。」
久美は少しにやつきながら声をかけてくる。
「な!?鈴香はそんなこと思っていないよ!」理玖は少し心臓をドキドキさせる。
「きっと素敵な女子高生になっていそうだね。さっ、顔を洗ってきて、朝ご飯の用意をお願いね。」
「もう、からかわないでよ。」
手紙の内容確認は後回しにして、理玖は洗面台へと向かった。
朝食中、話題は鈴香からの手紙で盛り上がっていた。
「鈴香さんからの連絡ももう5年になるのか。」久志が味噌汁を飲みながら話す。
「毎シーズン送ってくるって、理玖に本気としか思えないよ。」
「だからそんなんじゃないって。ただの友達として手紙交換しているだけだよ。」
「理玖が思っていなくても鈴香ちゃんはそう思っていないかもよ。もう高校生だもんね。きっと可愛くなっているよ。」
「理玖は鈴香さんと理佐さんとの、どちらかを決めないといけないわけだな。隅に置けない奴だ。」
「わっ、ほんとだ。理玖はとってもモテて大変ですね、それとも二人共お付き合いしますか?」
「もう、二人してなんなのさ!ご馳走様でした!」
理玖は朝食で使った食器を急いで片付けて、自分の部屋に向かった。
「あらあら。」
「理玖の青春も慌ただしくて楽しそうだな。」
家を出る時間まで少しあるので、理玖は鈴香から届いた封筒を開けた。
箕島鈴香は小学校5年までこの町に住んでいたのだが、夫婦の離婚により引っ越しすることになって、今は母と一緒に四国の町で暮らしている。
理佐と同じく、近くに住んでいたので、理玖とはよく遊んでいた幼馴染みだ。引っ越しをした後に届いた手紙に返信したことが文通の始まりで、今でもやり取りをしている仲だ。
鈴香と一緒にいた頃は負けず嫌いで意地っ張りな面があり、髪も短髪で結構ボーイッシュな雰囲気を持っていた。
鈴香とはこの町を出て行ってから1度も会っていないので、今はどんな感じになっているかは理玖は想像ができなかった。
封筒の中には便箋が2枚入っていた。その2枚も水色で夏らしい雰囲気をしている。
理玖は便箋を読み始めた。
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やっほ~理玖。木々も紅葉し始めて少し肌寒くなってきたけど元気にしてる?
あたしはもっちろん元気にしてるよ。元気すぎて困っちゃうくらい。
いつもはもう少し遅く送ってるのに早めに送っちゃってごめんね。
なにしろ大ニュースがあるんだから!
それは、今度理玖の町に行く事が決まったの!
ねっ、大ニュースでしょ?
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「え、鈴香が来る?マジ?」