3.思い出のアルバム
理玖と別れてから自宅に帰った理佐は、食事やお風呂を終えて自室のベッドに三角座りで丸まっていた。
部屋の床には淡色の絨毯が敷かれており、空模様のカーテン、ストライプ柄の壁紙で彩られ、気持ちが高揚する雰囲気が感じられた。家具は学習机と本棚、小さなテーブルとシンプルな構成でまとめられている。
制服は壁掛けにかけられていて、理佐はジャージ姿の私服に着替えている。
「ああ言っちゃったけど、理玖は気づいたかな?結構鈍感だから、どうだろう…。」
電気は点灯しているが、音が無い部屋で一人でいるのは、なんだか寂しくも見える。
「あっ、そうだ。」
ベッドから立ち上がった理佐は、本棚から一冊のアルバムを取り出した。アルバムはプラスチック製で表紙には「My Memories」と書かれている。
理佐はアルバムを1ページずつとゆっくりとめくっていき、あるページで手が止まった。
「あ、これ。」
アルバムに収められている写真には、理佐と理玖が、そして他のクラスメイトらしき人物が二人、四人一緒に写っていた。バックには大きな水槽が写っており、数メートルもあるマンタが泳いでいるのがL判の小さなサイズでも確認できる。
「中学の遠足で行った水族館。少しの時間だけど、理玖と二人で歩いたよね。」
理佐の頭の中でその時の状況を思い出す。
~
水族館の中は水槽を目立たせるために照明が少し暗めに設定されている。水が沢山ある状況なので、館内の温度は外気温より少し低くなっており、ひんやりとしていた。
理佐は身体を左右に忙しく動かしながら、水槽の中を泳ぐ生き物達を笑顔で眺めていた。
理佐達の周囲は夏休みという時期なのか、家族連れやカップル達がそれぞれ楽しんでいる。
「あっ、理玖、こっちこっち。あの奥に見えるお魚さん、なんだか面白い顔してるよね?」
理佐が水槽の中を指差しながら、理玖の方を向いて話す。魚は目の周りに黒い丸模様がある特徴的なフォルムをしている。
「たしかに、まるでパンダみたいな顔をしているな。」
理玖も水槽を覗きながら楽しそうに返事をする。
「ほんと、パンダに見えるね。あっ、あっちにはペンギンが泳いでいるよ!」
理佐は速足で別の水槽へと移動する。
「こらこら、ゆっくり行動しないと、他の人にぶつかったら危ないぞ。」
などと語り合いながら水族館を楽しみ、最後にある大きな水槽でクラスの友達と一緒に写真を撮った。
~
「楽しかったな。そういえば水族館がリニューアルしたって新聞に記載していたっけ、また行きたいなぁ。」
次のページを開くと、校門に文化祭と描かれている大きなモニュメントが設置されている場所で、友人達と並んでいる理佐が写っていた。
「この時はちょっと気まずい関係になったんだよね…。」
~
文化祭が開催される二日前、高校一年生の理佐達はクラスで運営する模擬店の看板を作っていた。模擬店の内容は、子供達に喜んでもらう事を考えて、駄菓子屋と屋台のゲームを企画し、それぞれのイラストを美術道具で描いている最中である。
「理佐、そっちの筆を取って~。」
「あ、うん。」
友人が理佐の近くに置いてある筆を要求してくる。理佐は手をのばして筆を取り、友人に筆の軸部分を向けて手渡す。
「はい、どうぞ。」
「ここってこういう感じで大丈夫?」
今度はイラストの内容について、別の友人が理佐を呼ぶ。理佐は美術部に入っている事もあって、看板作りの原画担当を任されている。
「あ、そこはこういう感じで修正してくれると良いかな。」
「ほんとだ、その方が可愛いね。」
理佐はノートに簡単に修正箇所を説明した。複雑な修正はお願いはせず、無理のない内容で友人達にお願いするように努めた。
「結構多いけど、明日の放課後までに完成するのか?」
男子生徒の一人が少し苛立ちながら話す。彼は野球部に所属していて、運動は得意だけど、こういう作業が苦手なほうと見られる。
「……。」
その声に理佐は答える事が出来ず、ただ頑張ってほしいなと心で思うだけだった。
「話している時間があったら手を動かす。皆に喜んでもらう為に完成させるの。」
「終わったら、文化祭を目一杯楽しめるんだし。少しは協力しようぜ。」
男子生徒の周囲にいるクラスメイトが声をかける。
「そうだな。皆で成功した時の嬉しさは分かるし、もう少し頑張るぜ。」
「その意気だぜ。」
「やるじゃん、惚れちゃうかも。」
男子生徒は絵の具が顔に付いている事も忘れて勢いよく筆を走らせる。理佐はよくない空気にならずに良かったと思った。
そんな雰囲気で色々と話しながら頑張っていたが、長時間の作業で皆も疲れてきたのか、会話もだんだんと減ってきていた。
「…水を交換してくる。」
理玖は随分と汚れた水が入っているバケツを持ち上げて教室を出ようとした。
「あっ!」
「えっ!?きゃっ!」
「わぁ!」
勢いよくバシャーン!と水が看板にこぼれ出した。理玖は落ちていた筆を踏んでしまい、転んでしまったのだ。
「お、おい何やってんだよ!」
水性の塗料で描かれた看板の数枚が、汚れた水によってまだら模様に変化していく。
「あ~、看板が台無し~。」
「もう少しだったのに…。」
「…ごめん。」
理玖は隣に座っているクラスメイトに聞こえるかくらいの微かな声で謝罪する。
「せっかくここまでやったのにな。もう止めだ、止め。」
男子生徒が数人、教室を出ていく。
「本当にごめん!」理玖はもう一度、教室に響くような大きな声で謝る。
「でも、理玖君はわざとしたんじゃないよ。模造紙だって予備があるし、明日だってあるんだから間に合うよ。」
近くにいた女子生徒が雑巾を持って、水を拭き始める。理玖も一緒に雑巾を持って片付け始めた。
「今日はこれで終わりにしよう。成功を祈って、明日頑張りましょう。」
片付け終えた理玖は、何も言わずに鞄を持って教室を出て行った。
「あいつ、何なんだよ。」
「理玖…。」
理佐は心配そうな表情をしながら教室のドアを見つめる。
「さ、私達も帰ろ、理佐。」
「うん、そうだね。」
次の日、看板は精一杯頑張って完成したのだが、理玖は会話をする事なく黙々と作業をしているだけだった。
それから、理玖とは少し言い合いになったりしたが、普段の会話が出来る程度に関係は戻った。
~
「結局、理玖とはあれっきり一緒に何かをする事無かったよね。」
理佐はベッドに仰向けに寝転んだ。
「何かか…。」
少しすると眠気が襲ってきたので、アルバムを片づけた。
「ふわぁ、そろそろ寝ないと。」
理佐は布団に潜り込み、目を閉じた。
「理玖と何かしたいな…。」