2.突然のお知らせ
放課後、午後の授業が終わった学校では生徒達が部活動に励んでいたり、下校せずに友人達とおしゃべりしていたりと、それぞれの時間を楽しんでいた。
理玖が授業を受けている2年4組の教室は、生徒達の話し声もなく静まり返っていたが、窓際で理玖と女子生徒の二人が立っていた。
「引越し!?いきなりどうして?」理玖は驚きの表情をしながら話す。
「お父さんの仕事で転勤が決まったの、私だってびっくりだよ。」
女子生徒の名は築木理佐。身長は理玖より少し高く、髪を後ろで一まとめにしているポニーテールが特徴的だ。
理玖とは幼稚園からの幼馴染みで、互いの家は近くにある。高校までずっと一緒に進学してきた仲なので、お互いを信頼し合っている。
「転勤か…隼人おじさん最近忙しくしていたし、それは仕方がないか。」
「……。」
理玖の返答に対して理佐は返事をせず、どこか不満な表情をしていた。
「それで、転勤先は何処へ行くの?」
理玖は理佐の寂しい気持ちに気が付いたのか、なるべく明るく話すように気を付けようと思った。
「えっと、九州の熊本。」理佐は窓の外を見ながら話す。
窓の外からは部活動を頑張っている生徒達の声が聞こえてくる。この学校は文武ともに全国大会に出場をしたことがあるくらいの強豪校で、外ではバスケやテニスの体育会系の部活が盛り上がっていた。
「熊本か、結構遠いな。いつ引っ越すことになっているの?」
「来月の頭には転勤先に行くんだって。だから今月末の水曜日にお引越し、いきなり過ぎてやんなっちゃうよね。」
理佐は頑張って微笑みながら話す。
「それまでは学校に来るんだよな?」
「うん。学生は勉強が仕事だからって、両親に言われているよ。引っ越すまでは一緒に通おうね。」
高校までは家から徒歩圏内で、二人はほとんど一緒に通っている。
「もちろんだ。そういえば、向こうでの高校は決まっているの?」
「それは大丈夫。ここの姉妹校に通うことになっているの。面談だけで転校出来るみたい、すごく助かるよ。」
「へぇ、姉妹校に転校かぁ。頑張って合格した甲斐があるよな。でも、いつも顔を見ていたのに、会えなくなるのって寂しいよな。」
その言葉に刺激されて、理佐はまた落ち込んだ表情になる。
「そうだね…。でも、向こうで新しい友達が出来ると思うし、連絡だって出来るし、寂しさはほんの少しだけだよ。大人になったら必ず会おうね。」
「そうだな。それにしても大人かぁ。理佐は頭が良いし、それに家事だってこなせるし、仕事も選り取り見取りだろうな。」
「私、そこまですごくないよ。理玖だって勉強が出来るから、将来は教授とかになっていたりして。」
「今度会う時が楽しみになるくらい頑張らないとな。引っ越しまでまだ二週間あるんだ、ここでの楽しい事は全部やっておけよ。」
「うん、理玖も一緒に楽しんでくれるよね?」
「仕方がないな、休みの日だって付き合ってやるさ。」
「ふふっ、ありがと。」
理佐に笑顔が戻ってきていた。
「それじゃあ、帰ろうか。」
「うん。」
二人は机の上に置いていたカバンを持って教室から出ていく。二人が出て行った教室は、また明日の賑やかさを待つのだった。
帰り道ではすでに陽が傾いており、木々も朱色に染まるくらいの空の下で理玖と理佐は並んで歩いていた。
高校は丘の上に建っており、理玖達が住む住宅街まではほとんど下り坂になっている。なので、朝の通学は坂道を登るのがそれなりにきつかった。
途中の道には小洒落たカフェもあったりして、学生が集まっていたりもしている。
「ねぇ理玖、私と理玖が初めて会った日の事を覚えている?」
「え、初めて会った日の事?たしか、幼稚園が休みだったよな。」
理玖は少し難しい表情をした。
「あれ?覚えていないの?あの時の理玖はかっこよかったのになぁ。」
少し残念そうな顔をする理佐。
「かっこよかった?えっと…悪い、あんまり覚えていない。いったいどんな出会い方だったっけ?」
「もぉ、少しは覚えておいてほしいな。」理佐はあきれた顔で話す。
「ごめん。幼稚園の時って、ずっと遊んでいた記憶があるから、一場面を思い出すのって難しいや。そんなにかっこよかったの?」
「まったく、あきれるよ。うん、あの時の理玖は私にとってすごくかっこよく見えた。」
「そ、そっか。」
懐かしむ理佐の横顔を見て、少し心拍数が上がる理玖。
「うん。引っ越してきたばかりでまだ友達もいなかった時、公園で一人で遊んでいたら、からかってくる男子が数名いたんだよね。それを見つけた理玖がたった一人で私を助けてくれたんだよ。」
「ああ、なんか記憶の片隅にある気がする。」
「うそ、ほんとに~?」
「ほ、ほんとだよ。」
「あの時理玖が助けてくれたから、今も楽しくいられている気がする。ねぇ理玖、私がいなくなると寂しい?」
話が一気に加速したので、驚く理玖。
「えっ、何をいきなり!?それはまあ、友達がいなくなるのは誰だって寂しくなるよ。」
「友達と離れ離れになる寂しさですか。私はそれ以上の寂しさだよ。」
理佐は少し頬を赤らめて話す。
「え、それってどういう意味?」
「それは自分で考えてみて。あっ、もう交差点だ。それじゃあ私はこっちだから、また明日ね。」
理佐は理玖に軽く手を振って、住宅街の中を走っていった。
「あ、ああ。また明日。」
理玖は少しの間、交差点で立ちすくんでいた。
「いったい、何なんだよ…。理佐は俺の事が好きってことなのか?」
ベッドの上で理玖は考え込んでいた。
「…考えていても仕方がないか。とりあえず、一緒にいられる時間を大切にしないとな。」
「理玖~、ご飯が出来たぞ~。」
階段下から久志の声が聞こえてきた。その声に反応したのか、理玖のお腹からグーと音が鳴った。
「今行く~。」
理玖は大きな声で返答した。それからすぐに着替えを済ませて、ダイニングへと向かった。