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5.祝福とミモザ


街に祝福の鐘が鳴り響く。

今日はこの国の王太子アレクサンダー・オルド・ウィルソンと、隣国の王女ジェシカ・ウォレンとの結婚式だ。

ふたりの姿を一目見ようと沢山の人が王城前に詰めかけて大変な騒ぎになっている。街中は花で溢れて、皆笑顔で口々に祝いの言葉をつむぐ。

国全体がふたりの結婚をよろこび、お祭り騒ぎだ。


奏は人々の合間をうように家路いえじを急ぐ。

買った焼き立てのパンは、浮かれた店主に沢山おまけしてもらえたおかげで両手で抱えなければいけないほどの量になった。


きっとこの国で、この結婚を心の底から祝えないのは自分だけだろう。

焼き立てパンのいい匂いでさえ、今の奏を癒やしてはくれなかった。



去年、奏はアレクにある薬を盛った。

それは薬にもなるが、量を間違えると毒にもなる薬だ。いわゆる忘却薬をくれたのはこの国の王だった。


「時間の無駄じゃったな」


冷たく言い放つ王の言葉に、その通りだと奏は思った。

自分と彼が一緒になることはとても難しいことだと理解していた。それでも世界の中心は自分たちで、自分たちにできないことなどないと、そう夢見るくらいにはまだ子どもだった。


夢から覚めた先にあるものは、理路整然りろせいぜんと並べられた現実だけだ。


あの日、アレクは絶望を煮詰めて作り上げた夢を奏に語った。

夢を追い、現実にあらがい、疲れ果てた彼はまさしく限界だった。


奏には三つの選択肢があった。

一つ目は、彼を説得して王妃になるのを諦めないこと。

二つ目は、彼と一緒にこの国を出ること。

三つ目は、彼と一緒に死ぬこと。


そして奏が選んだのは、そのどれでもない、彼の手を離すことだった。

彼と一緒に生きることを諦めたのは、奏だった。




最後は走るように家に帰ると、とうとう限界を迎えた奏は声をあげて泣いた。

無性に家族に会いたかった。そんな都合の良い話なんてないけれど、神様、どうか家に返して、と何度も何度も願う。

なぜ自分がこんなに辛い思いをしなくてはいけないのかとその理不尽さに怒って、そして、傷ついた心が痛くて、泣いた。


奏の声は、彼らの結婚を祝う声に掻き消されていく。


泣いて、泣いて、一体どれ位時間が経ったのか分からなくなった頃、ようやく涙も涸れ果てた。ぼーっとする頭でベッドに潜る。


気絶するように眠った次の日。

出かけようと扉を開けると、玄関先に萎れた花束が置かれていた。


黄色いミモザの花。

奏はただその花を見つめることしかできなかった。


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