4.真綿で首を絞めるように
窓の外を見るアレクの瞳に城下の明かりがきらきらと揺らいでいる。その視線を追うように奏も窓の外を見た。
久しぶりに会うアレクは少しだけ痩せたように見える。
疲労のせいかどこか陰鬱さが漂い覇気がない。
最近はお互い忙しく顔すら見れない日も多かった。本当は今日だって会えないはずだったが、どうやらローレンツが手を回してくれたらしい。怒りっぽい友人に、奏は心のなかで感謝する。
この部屋に入った時、アレクは直ぐに奏の怪我に気がついた。ぐちゃぐちゃになった踵を見て痛ましげに顔を歪めたかと思うと、怒ったように奏の手を引いて部屋の中の椅子に座らせる。そしてどこからか道具を持ってきて彼自ら丁寧に手当てをしてくれた。
優しく触れる手が擽ったくて、胸が温かくなる。
奏がアレクに「ありがとう」と言うと、彼は驚いたように目を瞠って、そして泣きそうな顔になった。
驚いて声を掛けようとしたが、彼が奏を抱き上げたことでタイミングを逃す。そのままアレクは出窓に腰掛ける。
アレクは黙っていた。彼はどこか言葉を探しているようであった。なんとなく大事な話をされる気がして、奏はアレクが話し始めるのを待つことにする。
真っ暗闇の中、ぽつりぽつりとオレンジ色の光が頼りなげに揺らめく。
「カナデ、僕と一緒に逃げようか」
唐突にゆっくりと彼が言った。
思わずアレクの顔を見上げる。
「国も、民も、親も、兄弟も全部捨てて、二人で生きよう」
以前の快活な笑顔はなりを潜め、アレクは似合わない静かな笑顔で遠くを見つめている。
「この国じゃない、何処か遠くで暮らすのも悪くない」
抱く腕に力が込められる。彼はこてりと奏の頭に頬を寄せると、あやすよう擦りつけた。
「ここ最近、ずっと考えてたんだ。南西の国なんてどう?気候も暖かくて寒がりなカナデにはぴったりなんじゃないかな。あぁでも東の国もいいな。貿易が盛んで食べ物が美味しいんだ。君と一緒ならきっとどこでも楽しい」
奏は何も言わなかった。ー…言えなかった。
ただ悲しくて、それをアレクに悟られないように彼の胸に顔を埋めるしかできない。
「君が私の隣にいるなら何もいらない。…それができないなら、いっそのこと二人で死んでしまおうか」
囁くように彼が呟く。
聞き慣れた穏やかな声音に、奏は追い詰められた人間の姿を見た。
言いようのない感情が涙となって溢れ出す。
誰よりもこの国を愛して、民のためにすべてを捧げてきた人だった。街を見て、民を見て、目をきらきらと輝かせる、そんな人だった。
豊かな国にしたいと、寝る間も惜しんで勤しむ姿を嫌と言うほど見てきた。
そんな彼に、王族の誇りも、国も、命も、全部を捨てさせる選択を自分はさせてしまった。
もう十分じゃないか。
奏が小さく頷くと、アレクの強張った体から力が抜けていった。奏を抱え込み深く、深く息を吸うと、そっと体を離す。
「もっと早く決断すれば良かった。私が至らないせいで君に酷い怪我までさせて…。要らぬ言葉も沢山言われただろう?余計な負担をかけてしまって、本当にすまない」
後悔を滲ませた声に胸が締め付けられる。
奏が首を振ると、そっとまた抱き締められた。
「これから準備で忙しくなるだろうから。今だけ、もう少し甘えさせてくれ」
アレクがゆっくりと目を細めて微笑んだ。その目に映る自分を見る。
幸せそうに微笑む彼に、奏は唇を噛み締めた。