2.何もわかってない
奏が異世界に飛ばされて早数年。
あれから奏とアレクは恋人になっていた。
既に城仕えをやめて城下町のお店で働いていた奏に、アレクはよく城を抜け出して会いに来てくれた。
そんな逢瀬を重ねる二人にローレンツはいつも怒っていた。
「お前は王族という自覚があるのか!?アレク!この国を、国民を守るという自覚はどうした!?城を抜け出すことがどれだけ危険か、どれだけの人間が迷惑を被っているのか理解していないとは言わせないぞ!恋に浮かれるのは勝手だがいい加減現実をみろ。この大ばか野郎が!!」
アレクに付いてきていつも怒るローレンツのことが奏は苦手だった。太子付きの騎士だけあってその怒気は凄まじく、いつだって恐怖に体が強張る。
「それにお前もだ!お前に会いにアレクがどれほどの危険を犯しているのか理解しているのか!?あぁ、そのお花畑の脳みそじゃぁ理解できないだろうな。いいか、アレクとお前とでは身分が違いすぎるんだ。苦労するのは目に見えている。なぜそれが理解できない?」
「ローレンツ」
アレクが低い声で制止すると、ローレンツはグッと喉を押しつぶされたかのように押し黙った。ギリッと歯を食いしばり、悔しそうに瞼を閉じる。
いつものやりとりだ。
ローレンツが怒ってアレクが制止する。ローレンツは王子であるアレクを尊重してそれ以上怒鳴ることは無かったが、次会う時にはまた同じことを繰り返した。
「身分違いを自覚しろ」
「王族としての自覚を持て」
そう繰り返す。
奏は理解しているつもりだった。
王子様となんの取り柄もない自分とでは釣り合わない。そんな事は百も承知で、それでも引き返せないほどに惹かれてしまったのだ。
ならばできるところまで努力するしかない。
何も持たない奏にとって唯一の拠り所であるアレクを失うことなど考えられなかった。
その後も二人の交際は順調に進み、ついにアレクは奏にプロポーズをしてくれた。
にべも無く頷いた奏は、間違いなく幸せの絶頂にいた。
「お前は何もわかっていない。お前達が好き合っているのは知っている。それを否定する気はないが、身分の違いっていうのはお前達が考えるほど甘くはないんだ」
ローレンツはその日もいつもと同じように奏に苦言を呈した。今ならばまだ間に合うと繰り返し説得してくる。何年もの間、何度も何度も聞かされ続けた言葉は、重みを失って奏に届いた。その頃には奏もローレンツに慣れており、彼から向けられる怒りの籠もった言葉でさえもあしらうようになっていた。
「……お前は。お前たちは何もわかってない」
ローレンツが苛立ちのまま呟いた声には哀しさが含まれていたことに奏は気付かなかった。
その数カ月後。
奏はアレクの婚約者として、再び城に住み始めた。